IT Market Trend第20回 HPの掲げるIT基盤「Adaptive Infrastructure」とは? ガートナー ジャパン株式会社データクエスト アナリスト部門 エンタープライズ・システム担当シニアアナリスト 亦賀忠明 2003/03/12 |
2002年、サーバ・ベンダ各社は次世代のITインフラストラクチャに関するコンセプトを相次いで発表した。Sun Microsystemsの「N1」、Hewlett-Packardの「Adaptive Infrastructure」、IBMの「Autonomic Computing」に加え、富士通、NEC、日立製作所も同様のコンセプトを発表している。なぜいま、次世代ITインフラストラクチャが語られるようになってきているのだろうか。「第19回 新生日本HPのサーバ戦略を分析する」の続きとして、本稿ではHPの次世代IT基盤「Adaptive Infrastructure」について、その内容を確認し、戦略性を分析する。 |
Adaptive Infrastructure登場の経緯
HPが掲げる「Adaptive Infrastructure」とは何か。HPによる日本語訳では「変化に順応するIT基盤」となっている。これはなかなか分かりにくいいい回しである。そもそも「Adaptive」という言葉自体が、一言で表しにくいので仕方ない面もあるのだが、端的にいえば、これは「ユーティリティ・サービス(HP的にはe-services)を提供するためのシステム基盤」、すなわち一種の次世代インフラストラクチャなのである。ユーティリティ・サービスとは、電気や水道などのように必要なときに必要なだけ、アプリケーションやサービス、ストレージなどを利用できるサービスのことだ。これにより、企業は余分な資産を保持し続ける必要がなくなる上、必要性に応じて利用することでコスト効率も向上するというメリットがある。
現在のAdaptive Infrastructureの姿は、2002年12月に新生HPからあらためて発表されたものである。しかし、もともとは合併前にCompaq Computerが、同社のサーバ製品「ProLiant」、特にブレード・サーバにフォーカスしたコンセプトとして掲げていた概念である。現在のAdaptive Infrastructureは、Compaq時代のコンセプトと構成要素を、現在のHPの製品とサービスにまで対象を広げ、再定義したものとなっている。HPは、Adaptive Infrastructureを以下のように説明している。
「Adaptive Infrastructureとは、ビジネスの変化に素早く順応し、適切なリソースを割り当てることによって、スピード経営と投資の最適化を実現するインフラストラクチャである」
Adaptive Infrastructureの構成要素
Adaptive Infrastructureは、サーバ、ストレージ、ネットワーク、ソフトウェアからなる最適化可能なシステム・スタックで構成される。
Adaptive Infrastructureの構成要素 |
出典:ガートナー データクエスト(2002年2月:HPの資料を基に編集) |
サービス提供型インフラストラクチャのメリット |
Adaptive Infrastructureの上位には、ビジネス戦略/プロセスおよびビジネス・ソリューションが構成される。こうしたビジネス・レイヤを含めたAdaptive Infrastructureのシステム構築には、HPのコンサルタント、インテグレーション、サポート/サービスによる「hp adaptive infrastructureソリューション」が提供されている。
一方HPは、Adaptive Infrastructureを「オープンなもの」である、と強調している。「パートナーとの協業により適材適所の選択や連携を推進していく」という。これは例えば、Application PlatformレイヤでのBEA SystemsやOracleとのアプリケーション・サーバ分野での協業を指している。
HPがAdaptive Infrastructureに積極的になる理由とは?
Adaptive Infrastructureについては、「他社に先行すべく、内容の強化、システム導入メリットなど、具体的な話としてユーザーに訴求できるように準備を図っている」とのことである。今後、「さらにメッセージを強化し、コンセプトを具体的なビジネスへと展開する」構えである。
では、なぜHPはAdaptive Infrastructureにそれほど積極的になるのだろうか。それには大きく3つの背景があると考えられる。まず、次世代のITインフラストラクチャ競争が、これまでのコンポーネント競争からシステム・スタック競争へと変化するという認識の下、他社に先駆けて体制を固めたいとする「将来的な競争の変化」を想定した動きだ。第2に、上述の構造変化に伴い、ユーザーのITインフラストラクチャも、これまでのコンポーネント・レベルの議論から、「システム価値をいかに最大化するか」ということに、より強い関心が向かう可能性が高く、こうした新たなユーザー・ニーズに対する答えを早期に確立しようとする動きである。第3は、合併によって複数の事業体が存在することになったが、これを統一するためのフレームワークがHP自身にも必要である、という見方が考えられる。
HPのAdaptive Infrastructureの優位性とは?
Adaptive Infrastructureには、ビジネス的要素も含まれているが、システム・インフラストラクチャという意味では、「UDC(Utility Data Center)」がその中核となる。UDCは2001年11月に米国で発表されたデータセンター向けシステム基盤およびソリューションであり、日本では2002年12月に最初のバージョンである「UDCリリース1.1」が発表された。現在、ほかのベンダからも同様のインフラストラクチャ・アーキテクチャが登場している(「キーワード:キーワードに見る2002年のサーバ・トレンド 2. 次世代情報システムを表すキーワード」参照)。だが、パッケージ化されたシステム基盤をすでにUDCにより実現している点で、HPは他社より一歩リードしているといえる。
ベンダ | コンセプト名称 | 発表時期 |
Hewlett-Packard | Adaptive Infrastructure | 2001年12月(Compaq)2002年12月(新生HPによる再発表) |
Sun Microsystems | N1 | 2002年9月 |
IBM | Autonomic Computing | 2001年10月 |
富士通 | TRIOLE | 2002年2月 |
NEC | VALUMO | 2002年10月 |
日立製作所 | Harmonious Computing | 2002年12月 |
表1 各ベンダの次世代インフラストラクチャ・コンセプト |
HPは、Adaptive Infrastructureを、将来的にユーティリティ・サービスを提供可能とする方向で進化させようとしている。一方で、ほかのベンダも同様の方向で戦略策定と内容固めを行っている。では、次世代インフラストラクチャに関し、どのベンダのコンセプト、スタックが優れているといえるだろうか。残念ながら、「現時点においては、各ベンダともに、スタックの構成要素の表現方法は若干異なるものの、コンセプトの方向性やアーキテクチャはおおむね似通ったものだ。さらに、それぞれが手探りといった状況であり、現時点でどのベンダが有利かということは判断できない」というのが答えである。このあたり、各ベンダのコンセプトの優劣に言及できるようになるまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。
ユーティリティ・サービスを提供するための次世代インフラストラクチャのコンセプトは各ベンダから出そろった。そういう意味では、現在は各ベンダがスタートラインに立った状態である。今後は、各ベンダともにスタックの整備と実績を積み重ね、数〜10年をかけて、究極のシステムの完成を目指すことになるだろう。重要なことは、このような次世代インフラストラクチャを機軸とし、市場がコンポーネント競争からシステム競争へと移行しつつあるということである。この認識に基づき、フォーメーションを確実に変化できるベンダが将来的な優位性を確保できるようになることはまず間違いないだろう。その中で、HPはどのような位置を占めることができるのか、今後のAdaptive Infrastructureの展開に期待したい。
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第19回 新生日本HPのサーバ戦略を分析する | |
キーワードに見る2002年のサーバ・トレンド 2. 次世代情報システムを表すキーワード |
関連リンク | |
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N1の概要 | |
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Harmonious Computingについて |
「連載:IT Market Trend」 |
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