Webアプリケーションのユーザーインターフェイス[5]

入力情報を預かる責任を果たせる画面デザインとは?
「ユーザーを尊重するということ」


ソシオメディア 上野 学
2005/10/19


 デザインの経験則

 前回の「お金を下ろせないATMの画面デザインを考える」では、そもそもシステムがユーザーの基本的な目的を達成させるものでなければ、いくら表層的なデザインを最適化しても意味がないのだというお話をしました。ユーザーの基本的な目的を達成させるためには、いうまでもありませんが、まずユーザーの要求をよく分析する必要があります。そしてそこから機能要件を決定し、画面の内容や画面遷移を考えていきます。使いやすいシステムを作り上げるためには、こういったユーザーインターフェイスやインタラクションのデザインをできるだけプロジェクトの早い段階で行う必要があるという話もしてきました。

 では実際に画面の内容や画面遷移を決定していくうえでは、どのようなノウハウがあるのでしょうか。1つは前回の繰り返しになりますが、ユーザーの基本的な要求を満たすということです。これはユーザーの要求が分かってさえいれば、そのシステムの有効性を確認するのは比較的簡単です。

 次に必要なことは、ユーザーインターフェイスやインタラクションデザインの経験則(ヒューリスティック)を理解し、それを実際の機能要件に合わせて適用することです。ソフトウェアのユーザーインターフェイスやインタラクションデザインに関しては、80年代にGUIが普及して以降、さまざまなメーカーや学術機関で熱心に研究が行われており、以前からあるプロダクトデザインや情報デザインにおけるノウハウ、ユーザビリティ関連のノウハウなどと合わせて、いくつもの経験則が語られるようになりました。それらは大抵、認知心理学や人間工学的な観点から論理的に解釈されて、画面や画面遷移をデザインするうえでの有効な指標となっています。

 また、WindowsやMacintoshといったOSが一般の人々にも広く利用されるようになって、ウィンドウ、アイコン、メニュー、プッシュボタン、ラジオボタン、チェックボックス、スクロールバーなどのGUIコントロールも見慣れたものになりました。これは、画面をデザインするうえで標準的なコントロールを用いればその意味や操作方法をいちいちユーザーが学習しなくても済むという利点となっています。

  一方、こういった原則的な方法論が充実することによって、まったく新しいデザインが生まれにくくなっていることも事実です。これまでの標準的な方法論と整合しないような表現は、ほとんどの場合に使いにくく感じるため、学習効率と実際の利用効率とのバランスにおいて、あるシステムの有効性を高めるためにどのようなユーザーインターフェイスが最も優れているのかを客観的に判断するのが難しくなっているのです。そのため、まったく新しい利用者体験を作り出そうとする場合には、現在の標準的な GUIコントロールや操作イディオムが持つ問題点を解消するだけでなく、新しいデザインが受け入れられるように、そのシステムのコンセプトや新規性の意味がユーザーインターフェイスのデザインから明確に伝わるような、アイデンティティのデザインを十分に行う必要があるのです。

 とはいえ、まずは基本的な経験則についてよく理解することから始めなければ良いデザインは生まれません。昨今のリッチクライアントの画面を見ていると、基本的なユーザーインターフェイスの経験則を理解していないデザイナーが作ったと思われるものが多く、ちょっとしたデザイン上のミスから全体の利便性を大きく損ねているものがたくさんあります。これではせっかくの技術や表現力も、かえって無秩序な世界をユーザーに押し付けるだけの有害なものになってしまいます。

 ユーザーのためにシステムがある

 テクノロジーの急速な進歩によって、人々の生活や仕事のスタイルは変容し、コミュニケーションの方法は多様化し、新しい情報の流通とサービスが創出されていきます。

 しかし現実には、テクノロジーが発達しても、人々の仕事は減るばかりか、むしろ増える一方です。コンピュータの処理能力が飛躍的に高まり、複雑な計算ができるようになっても、意図したタスクを実行させる手順や、出力される結果までが複雑化しているため、人々はそれを理解したりやり直したりするために膨大な労力を費やしているのです。

 複雑なシステムの動きを人に合わせて最適化するのがユーザーインターフェイスをデザインする者の仕事です。人の要求に応じて従順に処理を行い、人の間違いや知識の不足を補うようなユーザーインターフェイスを追い求めることは、コンピュータのパワーを人々が十分にコントロールできるようにして、ソフトウェアの操作方法ではなく本来の仕事の内容にユーザーが集中できるようにするための、大切な取り組みです。システムを構築する上では、たとえどんな技術的、予算的、そのほかの制約があろうとも、可能な限り、ユーザーがそれを利用して十分に目的を達成できるようにすることを命題としてデザインに取り組まなければなりません。ユーザーのためにシステムは存在するのであり、システムのためにユーザーが存在するわけではないからです。

 経験則その1:「ユーザーを尊重する」

 最初の経験則は、「ユーザーを尊重する」ということです。これはつまりシステムの信頼性を高めるために非常に重要なことです。ここでいう信頼性とは、いわゆる安定性や堅牢性といった技術的な話ではなく、ユーザーとシステムとの間の心理的な信頼関係のことです。ユーザーがあるシステムを利用するとき、そこに信頼関係がなければ、ユーザーは不可解なテクノロジー世界の中で主体性や自然な対話を失い、システムを利用してタスクを進める間、強いストレスを感じ続けることになります。

  システムの信頼性を高めるためには、そのシステムが、ユーザーのために存在し、ユーザーの利益を優先し、可能な限りユーザーの要求を満たそうと努力しているという姿勢を、インタラクションの中で表現していかなければなりません。つまり、システムは常にユーザーを尊重し、それを態度にして示す必要があるのです。

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 INDEX

Webアプリケーションのユーザーインターフェイス(5)
Page1<デザインの経験則/ユーザーのためにシステムがある/経験則その1:「ユーザーを尊重する」>
  Page2<理想主義的な視点の重要性/ユーザーの権利を不当に制限しない/ユーザーの健康に配慮する/ユーザーの労力を無駄にしない>
  Page3<ユーザーの時間を大切にする/ユーザーの意思を優先する/さらに具体的な経験則へ>

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