SharePointでナレッジ・マネジメントはバラ色、か?

小川 誉久

2004/03/24


まずは定量化の容易なデータから

 風邪が流行すると、ヨーグルトの売上が伸びる。

 風が吹けば桶屋がもうかる式ではないが、ITの発達はいままで見えなかったビジネスの相関関係や構造を明らかにしてくれた。

 情報システム導入により、多くの情報がコンピュータ・デスクトップからたやすく参照できるようになった。全国のPOSをネットワーク化し、売上を全国規模で集計する情報システムがあれば、企業のトップは机上のPCから、営業地域や販売品目など、さまざまな角度から売れ筋情報を知り、意思決定につなげることができる。

 情報システムの導入が最も活発で、かつ大きな効果を発揮している分野は、金額(売上、利益)や個数(販売数、経過時間)など、対象を容易に定量化できる、いわゆる定型業務である。コンピュータの得意技は、(1)高速な数値計算、(2)大量の数値の記憶、(3)記憶した数値からの高速な値の検索などであるから、数字化が簡単な領域での活用は自然なことだ。データの素早い分析と活用により、顧客ニーズの新しい傾向をいち早くつかんだり、構造的な在庫を減らして原価を圧縮したりできるようになる。このように全社的な情報収集と意思決定を素早く実施するためのシステムとプロセスを、最近はBI(Business Intelligence)などと呼んでいるようだ。

次は定量化しにくい「ナレッジ」も

 1日の営業活動を終えて帰社した営業マンに上司が尋ねた。

「おい君、何か役立つ情報や意見があったら報告してくれたまえ」

 理想的な上司と部下の関係なら、営業マンは顧客と話して知ったこと、気付いたことなどを隠さず上司に報告するだろう。しかしこのとき上司に伝えられる情報は、その上司と営業マンにとって重要でなかったとしても、別の部門では何より役立つ情報かもしれない。あるいは、部内の別の営業マンにも教えてあげれば、みんなで成約数を伸ばせるかもしれない。

 こうした情報は、ぜひとも電子化して全社で共有するのが望ましい。ならば、営業情報を交換できるような電子掲示板を作成して、全営業マンが日々の営業活動で知ったことや気付いたことを自由に書き込んで情報交換すればよいだろう。

 このように、非定型の知識(=ナレッジ)を管理することはナレッジ・マネジメントと呼ばれる。掲示板システムを立ち上げれば、それまでは困難だった営業マン同士の情報交換が可能になる。幸い、セキュリティやアクセス管理にうるさいことをいわなければ、こうした電子掲示板システムの構築は非常に簡単だ。比較的安価なWebベースのグループウェアから選んでもよいし、Windows Server 2003を持っているなら、マイクロソフトが無償公開しているWindows SharePoint Services(以下WSS)をダウンロードして使ってもよい。

Windows SharePoint Servicesで構築したチーム・サイトの例
画面はマイクロソフトが販売するGroupBoardワークスペース(WSSのアドイン)を利用して構築したチーム・サイト。スケジュール管理やドキュメント管理、掲示板での情報交換(ディスカッション)などを行える。画面の「お知らせ」や「スケジュール」などWebパーツと呼ばれる部品を任意に組み合わせて独自のページを作れる。

 このWSSは、.NET Framework(ASP.NET)ベースのSharePointテクノロジで構築された、Webグループウェア構築用ソフトウェアで、Webパーツと呼ばれる部品(画面の「お知らせ」や「スケジュール」など)を組み合わせることで、Webブラウザで参照可能なWebアプリケーション形式のポータル・サイトを構築可能にする(WSSの詳細は別稿「特集:Windows Server 2003完全ガイド/Windows SharePoint Servicesがもたらす次世代チーム・コラボレーション」を参照)。WSSには標準で「ディスカッション掲示板」と呼ばれる電子掲示板も付属している。つまり手元のWindows Server 2003にWSSを追加インストールすれば、手軽に電子掲示板も構築できるわけだ。

 このWSSには、Webグループウェアを手軽に構築するという目的に加え、もう1つ、マイクロソフトのビジネスにとっては非常に重要な役割がある。それは、同社の収益の大きな柱の1つであるOfficeのさらなる普及と、旧Officeからのバージョンアップを促すことだ。

 もはやOffice単独の機能向上には、多くのユーザーが興味を失っている。恐らく、多くの読者も同感だろう。Officeのバージョンアップを進めるには、「キラー」となる何らかの価値が必要である。その一端を担うのがWSSなのだ(前版のOffice XPより、同様の目的でマイクロソフトは、SharePoint Team Serviceを提供していた。WSSは、このTeam Serviceの機能を.NET Framework上に新たに展開したものだ)。

 Office 2003には、WSS向けの支援機能があらかじめ組み込まれている。WSSの利用自体は旧版のOfficeでも可能だが、Office 2003を利用することで、より円滑なチーム・コンピューティングが可能になる。例えば下の画面は、Word 2003から、WSSのドキュメント・ライブラリにある文書を保存しようとしているところだ。このようにWord 2003では、保存先がWSSであるときには、WSSで規定された各種プロパティをWord 2003の保存時に指定することが可能である(旧版Officeではこのダイアログは表示されないので、別途WSSサイトをブラウザでアクセスし、プロパティを変更する必要がある)。これ以外にも、Office 2003ユーザーは、通常のWebページ単位の入力だけでなく、複数レコードをExcel風のシートで一括入力、Word/Excelから新しいワーク・スペース(情報共有用のページ)の作成などが可能になる。Office 2003があれば、より快適にWSSを利用できるというわけだ。

Word 2003でWSSドキュメント・ライブラリの文書を保存したところ
Word 2003でWSSドキュメント・ライブラリに保存しようとすると、保存時にこのようなWSS用のダイアログが表示され、WSS側で指定された各種文書プロパティ(画面の「次レビュー」や「公開予定」など)を入力できる。文書の保存と、WSSの情報変更をWord 2003で一括して実行できる。

 WSSは、営業所や企業の一部署など、あくまで小規模なチーム・サイトを対象としており、複数のチーム・サイトを串刺しにして検索したり、複数チーム・サイトへのアクセス管理を一元的に行ったり(シングル・サインオン)することはできない。こうした全社規模のチーム・サイト管理が必要なら、有償製品であるSharePoint Portal Server(SPPS)が利用できる(SPPSの詳細についても前出の記事「特集:Windows Server 2003完全ガイド/Windows SharePoint Servicesがもたらす次世代チーム・コラボレーション」を参照)。

マイクロソフトが描くシナリオ

 マイクロソフトが描くシナリオはこうだ。

 ITによるインフォメーション・ワーカーの生産性向上は不可欠である。これには現状のファイル共有といった原始的なレベルでなく、さらに高次元の情報共有が欠かせない。このためにチーム・コンピューティングを支援するのがWSSである。WSS自体は無償だが、インストールにはWindows Server 2003が必要である。従ってWSSが普及すれば、企業LANへのWindows Server 2003の導入も進む。旧版Office同様、Windows NT 4.0からWindows Server 2003へのバージョンアップは、マイクロソフトの企業向け戦略の大きなポイントである。

 WSSの導入により、取りあえずはWebブラウザ・ベースの情報共有が可能になる。しかしOffice 2003があれば、さらに便利にWSSが使える。クライアントPCへのOffice 2003の導入と、旧Officeからのバージョンアップを後押しできる。

 WSSベースのチーム・サイトはあくまで小規模なグループでの情報共有である。しかしそのようなチーム・サイトが社内に複数構築されるようなら、SPPSの導入により、それらを全社レベルの情報ポータルとして統合できる。

 以上のシナリオにより、現場のインフォメーション・ワーカーは、それまでは共有できなかった別部門や別営業所のスタッフの「知」を共有できるようになり、ワークスタイルが変革され、生産性とクリエイティビティの質が大幅に向上する。

 企業のトップは、従来からの定型情報だけでなく、インフォメーション・ワーカー1人1人が持つノウハウやアイデアなどといった非定型の情報も全社規模で統合し、ビジネスに活用できるようになる。

 こうして企業は強くなり、マイクロソフトは潤う。すばらしいWin to Winの(誰もが得をする)関係である。

情報公開を阻む障害

 しかし現実はこうは単純にはいかない。金額や個数などといった公明正大な定型情報と異なり、アイデアやノウハウなどといった非定型な情報は決まった形がない。何をどう表現するか、あるいはそもそもその情報を公開するかどうかの判断は、個人の力量とセンスとやる気に大きく依存している。WSSでしくみを作れば、誰もが喜んで情報を公開してくれて、情報共有が可能になるというのはあまりに楽観的な発想だろう。

 自分が公開した情報が、社内のどこかで役に立ったとして、それは自分の評価につながるのか。明らかな見返りがないのなら、余計な情報公開などしている暇があったら、目の前の利益を追求しようというのは当たり前だ。

 特に歴史的に個人主義になじみの薄い日本型組織では、目下の者が自分の意見をあらわにするのは簡単なことではない。特に、その意見が上司や先輩の意見と食い違うものだったりすれば、意見などせずに黙って胸に収めておくだろう。

 他人が失敗したという情報は非常に役に立つ。読者からもよく「失敗事例を取材してほしい」といわれるが、失敗例を話してくれる会社は実際には少ない。だれだって失敗は隠しておきたいものだ。社内限定だとしても、個人の失敗談が情報として公開されるのは容易ではないだろう。

 部署間の社内競合が存在するような大企業では、公開された情報が競合する部署の成績向上につながり、結果的に自分が損をする場合もある。

 ならば、業務命令で情報公開を強制すればよいと思うかもしれない。しかし情報があるかどうかもはっきりしない非定型情報では、強制によって効果があがるとは考えにくい。むしろ、大して役にたたない、都合のよい形式的な情報ばかりを公開して、本当に役立つ情報は隠すようになってしまうかもしれない。これではかえって逆効果だ。

情報共有を妨げる要因
明確な形を持たない非定型情報は、情報公開の有無から公開情報の内容まで、すべてがそれを公開する個人に委ねられている。情報公開が結果的に自分の損になるなら公開することはない。

小さなチームで試行錯誤

 それでは、本当に役立つ情報共有はどうしたらできるのか。役立つ情報を公開してもらうにはどうしたらよいか。

 結論からいえば、答えは分からない。しかし明示的なルールというより、個人の自由な発言が許されるような周囲の雰囲気とか、失敗を公表しても、失敗自体は笑ってやり過ごせるような空気などが必要なのではないか。もちろん最終的には、情報公開が個人の評価につながるような人事システムが必要だろうが、まずはその第一歩として、雰囲気作りが欠かせないように思う。

 こうした雰囲気作りを全社的にトップダウンで実施するのは簡単ではない。やはり、小規模な部署や営業所など、大声を出せば声が届く小さなグループから始める必要があるだろう。

 これまでは個人による情報公開だけに注目してきたが、どんな情報をどのタイミングで公開するのか、公開された情報をチームでいつどうやって評価するのかなどのしくみ作りも必要だ。重要なことは、これらの作業もいきなり答えが得られるわけではなく、業務内容や規模、情報共有によって目指す知的作業の量的/質的向上のゴールなどによって試行錯誤を繰り返す必要がある。

 つまり、アイデアやノウハウといった非定型情報の共有とその活用は、まずは小さなチームで始め、試行錯誤を繰り返しながら、各個人が使う気になるものであると同時に、それぞれが情報共有による見返りを感じられるようなしくみを積み上げていかなければならない。

 WSSがこの答えになるかどうかも分からない。しかしWSSでは、サイトで管理する情報リストや情報フィールドの項目、それらをどう表示するかなどいったサイト・デザインがプログラマでなくエンドユーザーに開放されている点に筆者は注目している。少なくとも、現場のリーダーに対し、いま述べたような試行錯誤を許してくれる器にはなるだろう。

 というわけで、WSSという器を使った社内の記事企画管理システムを構築中だ。もう数カ月もすれば、魅力的な記事企画が目白押し、といくとよいのだが……。End of Article


小川 誉久(おがわ よしひさ)
株式会社デジタルアドバンテージ 代表取締役。東京農工大学 工学部 材料システム工学科卒。'86年 カシオ計算機株式会社 入社、オフコン向けのBASICインタープリタの開発、Cコンパイラのメンテナンスなどを行う。'89年 株式会社アスキー 出版局 第一書籍編集部入社、書籍編集者を経て、月刊スーパーアスキーの創刊に参画。'94年月刊スーパーアスキー デスク、'95年 同副編集長、'97年 同編集長に就任。'98年 月刊スーパーアスキーの休刊を機に株式会社アスキーを退職、デジタルアドバンテージを設立した。現Windows Server Insiderエディター。

「Opinion」



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