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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(14)

REIT市場から分析する「ROE」指標の脆弱性

高田直芳
公認会計士
2011/5/12

投資家やマスメディアは、企業分析の指標としてROE(自己資本利益率)を絶対的なものとしがちだ。しかし、「借金を重ねる」という行為がROEを高める効果もあり、ROEの高さで企業価値を判断するのは早計だ。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年9月4日)

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不動産市況の低迷が負債余力を生む

 最適デット比率は節税効果を最大限に発揮させ、企業価値を最大にするものであるから、理論的には負債余力がゼロに近いほど望ましい。これは第6回コラムで紹介した、ノーベル経済学賞の「MM理論」に基づく。

 その点からすれば、〔図表5〕の右2法人(日本リテールファンドと野村不動産オフィス)のほうが、企業価値が大きいはずだが、実際には左端にある日本ビルファンドの株価(正確には「投資口価格」という)が最も高い。投資家にとっての根拠が、〔図表5〕の2行目にあるROEなのだろう。

 しかし、その解釈について、筆者は釈然としない。やはりMM理論に基づいて、最適デット比率まで負債を増やすほうが、企業価値は高まるはずだからだ。

 では、なぜ、〔図表5〕の左2法人(日本ビルファンドとジャパンリアルエステイト)の負債余力は大きいのか。これは不動産市況が長く低迷しているために、借り入れを増やしたところで積極攻勢をかけるだけの物件が存在せず、そのために実際デット比率を圧縮し、いまはじっと我慢をしているしかないのではないか、と推測される。

 最近の空室率について新聞や雑誌を見たところ(この記事の初出は2009年9月4日)、都心のオフィスビルでは5〜7%とされており、しかも10か月以上も連続して拡大し、数年ぶりの高水準だという。

 今後、不動産市況が回復し、空室率が低くなって不動産価額の上昇が見込まれるようになれば、実際デット比率を高めて不動産を購入し、それを担保に入れてさらに借り入れを増やす、という不動産担保と銀行借入金の「連鎖ビジネス」が繰り広げられることになるだろう。都心を歩いていると、「第11○ビル」や「第25○ビル」といった名称の建物を見かけるのは、そうした連鎖ビジネスの結果である。

 これを流通業界に応用したのが、2000年7月に経営破綻した百貨店「そごう」だ。当時、不動産バブルの最先端を走っていた同社は、例えば「心斎橋そごう」→「千葉そごう」→「柏そごう」→「札幌そごう」へと、巧妙に細工された「非連結」子会社が互いに債務保証を繰り返しながら、旧興銀や旧長銀などからの資金調達によって肥大化していった。

 起点となった「心斎橋そごう」が先月末に閉店して大丸へ売却されたのは、バブル経済最後の後始末といえるだろう。

ROEの高さに隠された「黒字倒産」

 ROEの高さだけでREIT市場に投資をするのであれば、〔図表6〕も参考になる。

〔図表6〕REIT市場での3銘柄

 〔図表6〕にある日本コマーシャル(パシフィックHD系)のROE6.344%は、〔図表5〕の日本ビルファンド(三井不動産・住生系)のROE6.433%に比肩しうるほどの高さである。

  ところがここで注意すべきなのは、〔図表6〕の3法人はいずれも、スポンサー企業が破綻した銘柄である点だ。最下段にある負債余力をみると30ポイント前後の余裕を残したままであるから、実質的な「黒字倒産」といえよう。

REITの分析から分かる不動産業の操業度率が安定する理由

 ROEや最適デット比率や負債余力は、貸借対照表でいえば右側(負債・純資産)の話で、左側(総資産)は別途、検証を行なう必要がある。

 その検証を行なうために役立つ指標が、ROAや操業度率だ。〔図表7〕は、日本ビルファンド(三井不動産・住生系)の実際操業度率などの推移を調べたものである。

〔図表7〕日本ビルファンドの操業度率の推移

 

 〔図表7〕は、量産効果を最も発揮する予算操業度売上高を100%と置いて、最大操業度売上高(企業利潤を最大にするもの)、実際売上高、損益分岐点売上高をそれぞれ百分率で表わしている。最大操業度率と予算操業度率(100%)の間をグレーで表示してあるのが、操業度率上のタカダバンド(実際売上高がここに近づけば近づくほど、企業の収益体質が向上していると見られるゾーン)だ。

 07/6(2007年6月期)から08/6(2008年6月期)にかけて、実際操業度が大きく蛇行しているのは、サブプライムローン問題に揺れた時期である。

 〔図表7〕で特徴的なのは、最大操業度率と損益分岐操業度率がそれぞれ、安定して推移していることである。不動産業は空室率の影響を強く受けるが、それ以外に考慮すべき事業リスクがほとんどないために安定した推移を見せるのだ。

 また、最大操業度率が150〜160%という比較的高いところで推移し、損益分岐操業度率が30%前後と低いところで推移しているのは、不動産という巨大な固定費を扱う業種の特徴と言える。

 不動産業というと、不動産という「固形物」を扱うのであるから固定費が多く、そのために損益分岐点も高くなりがちだ、という先入観があるだろう。ところが、〔図表7〕に描かれている損益分岐点操業度はかなりの低位なのだ。

 第11回コラム「横浜銀&千葉銀編」では、業務のマニュアル化は損益分岐操業度率を引き下げる効果があることを紹介した。その他に、不動産のような「無機物」を扱うビジネスも、損益分岐操業度率を低位に抑える効果があることを指摘しておこう。

飲食良品業はもはや借り入れ余地なし、中小企業に襲いかかる塗炭の苦しみ

 今回はREIT市場のデータを使って、ROEや最適デット比率の仕組みを説明してきた。最後に、その知識を使って、冒頭で扱った中小企業3業種の解析結果を改めて見ていただきたい〔図表8〕。

〔図表8〕中小企業3業種の解析結果

 REIT市場の説明を行なわずに〔図表8〕をいきなり見たのでは理解できなかったことが、おわかりいただけるだろうか。

 先ほど、飲食料品(小売業)は「経営効率が高いのではなく、過剰負債に苦しんでいる」と述べた。

 ところが、それよりもっと悲惨なのは、「飲食料品(小売業)」の左隣にある「飲食料品(卸売業)」である。その負債余力は、わずか3.9ポイント。金融機関からの借り入れ余地は枯渇しており、上流(メーカー)と下流(小売店)の挟撃にあって、「トーゴー(統合)」ではなく「トーサン(倒産)」の道しか残されていないことがわかる。

 それに対し、〔図表8〕右端にある「不動産賃貸業」は、前2者と同じ無差別曲線上にありながら、REIT市場の説明を読んだ後では安定した業種に見えてしまうから不思議だ。リンゴとミカンは、どれだけの数を交換しようとも、無差別曲線上で議論してはならないことを示している。

 もちろん、こうした解釈は、観客席(債権者や投資家)からの視点であることに注意しなければならない。舞台に上がっている中小企業の経営者は日々、塗炭の苦しみを味わっている。筆者は連日、「お悩み相談室」に忙殺されている状況だ。

 次回は拙著『会計&ファイナンスのための数学入門』に収録した最適キャッシュ残高方程式を利用して、JAL(日本航空)や日立製作所の「ファイナンス戦略の妙」を紹介しよう。JALの翼は特に、したたかである。

筆者プロフィール

高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当

1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。

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