特別インタビュー:情報規格調査会の村田真氏に聞く
ODFとOOXMLが今夏ISOでガチンコ勝負
2007/01/15
XMLを採用したオープンなオフィス文書フォーマットを巡って、水面下の攻防戦が始まっている。Open Officeの文書フォーマット「ODF」(Open Document Format)と、マイクロソフトのOffice 2007で採用される「OOXML」(Office Open XML)という似たような文書フォーマットが、両方ともISO/IEC標準として成立する可能性が出てきている。
このISO/IECでの規格審議や投票には日本も関わっている。国内の意見をまとめる最終審議を行い、事実上の決定権を持っているのは情報処理学会の情報規格調査会というところだ。情報規格調査会メンバーの村田真氏に聞いた。
日本もOOXMLに対して投票権を持つ
――まず、ISO/IECの組織構成から教えていただけませんか。
村田 ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)は、さまざまな工業技術の規格の標準化をしていますが、情報分野に関してはIEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)と共同で、JTC1(Joint Technical Commitee1:合同技術委員会)という組織を作って活動しています。IECはIECで規格を作っていて、両者は別組織です。
ただ、情報分野は境界領域なのでISOとIECが協力して行っており、その組織がJTC1ということです。その昔、OSI参照モデルというのがありましたが、あれを提唱したのもJTC1です。
ネットワーク技術の標準化についてはJTC1はIETF(The Internet Engineering Task Force)にすっかりお株を奪われてしまった形ですが、今でもLispやFortran、SQLといったプログラミング言語関連の標準化はJTC1で扱っていますし、文字コードや電子文書処理、RDBMSについてもJTC1で行っています。
――今回のオフィス文書の標準化もJTC1ですね?
村田 ええ、JTC1の中にサブコミッティ(SC)がいくつもあり、その中の1つ、SC34という組織が電子文書処理について各種技術の審議や標準化を行っています。
ODFについては、すでに審議を通過し、ISO/IECの国際標準規格となることが2006年6月に決定していますけれども、おそらくSC34がODFとOOXMLのISOにおける決戦の場になるわけです。
――そのSC34で、日本は投票権を持つわけですか?
村田 ええ、ここは少し話が複雑なのですが、投票権はJIS規格の制定などを行う日本工業標準調査会が持っています。ただ、技術的な審議は情報処理学会の情報規格調査会が行い、日本工業標準調査会に提案する形になります。情報規格調査会の中にある、SC34に対応したSC34専門委員会の意見は、重視されると思います。私はこの国内のSC34専門委員会のメンバーであると同時に情報規格調査会のメンバーでもあります。
――OOXMLの審議は国内SC34で行うということですね。SC34のメンバー構成は?
村田 現在、SC34専門委員会の主査は大阪工業大学の小町祐史先生で、メンバー数は10人弱です。SC34は、ふだんは特定の企業の利害に関係しない規格を扱っているのですが、いまはOOXMLの投票が控えているからでしょうか、マイクロソフトやIBMからも2006年後半に人が入ってきました。ODFの投票をした5月には両社ともいませんでしたが、今度のOOXMLの投票のときに皆さんがなんと言うか……。
――SC34の具体的な活動は?
村田 普段は委員はメーリングリストでやり取りしていますが、1カ月に1度ぐらいは実際に集まって議論もします。最近ではスキーマ言語やフォントについても審議しています。SC34は電子文書全般を扱うということです。
日本のSC34は、ISO/IEC JTC1 SC34を構成するメンバーの1つです。主な仕事としては、国際の場で投票にかかった各種ドラフトについて、賛成/反対を表明し、さらにコメントを提出することです。新たな標準化テーマを、日本のSC34から国際の場に提案することもあります。
ODFに反対票が1票もなかった理由
――2006年5月のODFの投票の時、日本ではどのような議論があったのですか?
村田 正直に言うと、テクニカルな詳細をすべて検討したわけではありません。分量が多いというもありますし、これは通しておくほうが国益に適うだろうと判断したからです。国際規格は、別に通したから使わないといけないわけでもありませんし。
オープンな文書フォーマットを通すこと自体が、ユーザーにとって有益だという思いもありました。オープンな規格というのはつまり、特定の企業がコントロールせず、手順を踏めば誰でも入れるところで議論がなされ、決定がなされる。そしてでき上がった規格が、誰でも入手可能であるという規格です。
――技術的にいいか悪いかだけじゃなく、国益に適うかどうかというレベルの議論もあるんですね。
村田 そうですね、ふつうは技術的な正しさについての議論が中心ですけれど。
――ODFのときに反対を投じた国はなかったのですか?
村田 1票もなかったですね。あの完成度からいえば、本当なら反対がボンボン飛んでくるはずなんです。
実は今日もODFの委員会があって規格書を翻訳しながら言っていたんですけど、本文に書いてあるタグ名と、スキーマに出てくるタグ名が違うんですよ(笑)。そういう初歩的な問題が、1つや2つじゃなく、いっぱいあるんですよ。そもそも、ODFの仕様書というのはスキーマにコメントをつけた程度です。ちゃんと書けば本当はもっと分量が多くて然るべきなのですが……。
反対票が1票もなかったというのは、そうした技術的な詳細には目をつぶってでも通したほうがいいと、みんなそう思ったからだと思いますよ。それ以外に考えられません。ふつう、すべての国が賛成するなんてありえないことですから。オープンな文書フォーマットの流れをこれで確固たるものにしよう、そのためには粗は目をつぶって、イエス投票をしようとすべての国が思ったんだと思います。
OOXMLがECMAからISO/IECに「fast-track手続き」で提出
――ほかの国のSC34対応組織も、日本と同様に投票権を持つわけですよね。
村田 はい、SCごとに、その国が投票権を持っているかどうか違っていて、SC34には日本のほかにイギリス、アメリカ、インド、ノルウェーなど12カ国が入っています。最近はドイツも投票権を持つメンバーとして参加するようになりました。一方、オーストラリアやフランス、スペインなど10カ国は投票権がないメンバーとなっています。
ただ、今回のOOXMLについては投票はJTC1レベルで行われます。そのため、SC34で投票権のないメンバーでもISO/JTC1で投票権があるメンバーなら、OOXMLの投票権を持ちます。JTC1となると、かなり広い範囲の国、30カ国ぐらいが投票することになります。といっても、実際には棄権する国もあるでしょうから、もう少し少なくなると思いますが。
――現在のOOXMLのステータスについて教えていただけますか。
村田 マイクロソフトから提出されたOOXMLは、まずECMA(European Computer Manufacturers' Association:ヨーロッパ電子計算機工業会)で12月11日に標準化され、そのECMAから12月21日にISO/IEC JTC1に「fast-track手続き」(迅速手続き)として提出されました。fast-track手続きというのは、すでに国家規格となっている規格については、事前審査的なプロセスを省略し、いきなり投票を行うことで事務処理の省力化やスピードアップを図るための制度です。
――なるほど、ECMAからISOへという流れですね。
村田 ECMAは、お金を払ってくれる人の規格をfast-trackとしてISOへ提出するための組織に成り下がったという指摘も一部にありますが……。
――日本の役所や米国の州政府が「文書フォーマットが国際規格になっていること」というのをソフトウェアの調達条件に入れているとしたら、ECMA標準ではなく、ISO標準が要件となるでしょうから、選択肢はOpen Officeしかなくなります。マイクロソフトとしてはISO/IECでOOXMLが標準化されるかどうかは死活問題ですよね。
投票は今夏、前例のない予想外の展開も!?
――12月にfast-track手続きで提出されたということは、まもなくOOXMLの投票がSC34で始まるということですか?
村田 投票は「6カ月投票」と呼ばれるもので、提出から投票まで最短で約7カ月かかります。ですから投票は今年の夏ごろですね。現在は各国にテキストが配布されて、レビューを開始するというタイミングです。
各国の審議で結果がどうなるか分かりませんけど、今回はどの国も真剣に規格を読み込んでくると思います。投票には「コメント付きイエス」や「コメント付きノー」というのがあって、現状のままではノーだけど修正を加えればオーケーだとか、修正要望を出しつつイエスという投票ができます。
OOXMLではODFのときのように、問題があってもコメント付きイエスで通すという国はないと思うんですね、私の想像ですけど。コメント付きノーの国が、いくつか出てくると思います。
――コメントというのは例えば?
村田 例えば、OOXMLの中にはIETFのURIスキームを拡張して、zipファイルの中のXML文書を一部を取り出すようなテクニックが入っています。この方法はIETFで標準化されているものではありませんから問題があります。
あるいはマークアップコンパチビリティというのもOOXMLに入っているんですが、本来なら、これはOOXMLから独立した別規格であるべきものなのです。
――じゃあ投票後も議論は続く?
村田 うーん、それは分からないんですよ。ISOの手続きに従うとすると、賛成した国が投票した国のうち66.66%以上であること、反対した国が投票した国のうち25%以下であることの2つが必要です。逆に、これさえ満たせば規格は通ることになっています。
規約上は賛成票が十分で可決したとしても、修正や要望のコメントがあれば、ふつうは真面目にそのコメンを審議します。でも今回は分かりません。つまり基準を満たしていれば「ハイ、分かりました」といってコメントをすべて拒否できるわけで、ECMAがそうする可能性もあります。「あなた方が反対なのは分かりました、でも賛成票が15あるからオッケーね」と言ってしまえそれで終わりなのです。
――そのころには、すでにマイクロソフトから製品も出ていますからね。
村田 マイクロソフトとしても、今さら実装に変更を加えるようなテクニカルな要求は飲めないんじゃないでしょうか。zipファイルへのURI拡張にしても、「別規格にするべきだ」というコメントなどは、まず飲めないでしょうね。別規格として議論すると時間もかかるし、そのままの形で通るかどうかも分かりませんから。
――そもそも、すでにODFがあって、類似技術を2つ標準化するのは矛盾だという根本的なコメントはあり得ないんですか?
村田 あり得ます。fast-track手続きに関しては提出から30日間の猶予期間があって、その間に各国から既存の標準と矛盾するから取り下げるべきだという提案ができます。そういうコメントが上がってくる可能性はあります。
そうなったとき、どうなるかはまだ分かりません。ISOの手続きの規定を見ると、こうしたケースはJTC1が判断することになっていますが、実際問題としてはJTC1では判断が付かないですよね。
今までにもイギリスが反対を申し立てた例があるのですが、そのときにはJTC1は、「それはわれわれでは判断が付かないから投票の場で決着をつけてくれ」と言ったんですよね。
今回もどこか1カ国が異議を申し立てたら投票で決着をということになるでしょうけど、数カ国が反対したらどうでしょう……。2、3カ国が申し立てたら、そこでプロセスが止まって6カ月投票が始まらない可能性もあると思います。
投票後にも、2カ月間の猶予期間があって、他国のコメントを見て意見を変えられます。このときに何が起こるかについても、よく分かりません。
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