見た目も操作性も酷似
格安互換ソフト、キングソフトオフィス2007を試して思う
2007/02/02
起動して画面やメニューを眺めても、簡単な表を作って少し操作してみても、いったいマイクロソフトのオフィス製品と何が違うのか分からない。ダイヤログやメニューの文字列までそっくりだ――。キングソフトが開発した「キングソフトオフィス2007」で表計算ソフト「Kingsoft Spreadsheets」を使ってみて驚いた。あまりに酷似しているのだ。
まったく違和感のない操作性
キングソフトは2月1日、マイクロソフトオフィス2003(Word、Excel、PowerPoint)と操作性や文書形式で高い互換性を持つ「キングソフトオフィス2007のダウンロード販売を開始した。ワープロソフトの「Kingsoft Writer」、表計算ソフトの「Kingsoft Spreadsheets」、プレゼンテーションソフトの「Kingsoft Presentation」をセットにした「Kingsoft Office 2007 Standard」でも4980円、それぞれ単体でも1980円という格安のオフィス互換ソフトだ。現在はダウンロード販売のみで3月23日から店頭でのパッケージ版も販売する。パッケージ版の価格はオープンプライス。ダウンロード版はインストール後、3カ月間試用できる。
キングソフトオフィスで驚くのは、マイクロソフト製品の数分の1から10分の1という安い価格設定ではない。「ここまで似せてもいいのか」と思わずうなってしまう酷似ぶりだ。起動直後の画面から受けるイメージだけではなく、ドロップダウンメニューを操作していても、表計算ソフトでグラフのプロパティをいじっていても、「そういえば何かが違う気がする」とか「メニューの項目数も若干少ないような気がする」といった程度で、普段Excelを使っているように何も考えずに使っても、操作性にまったく違和感を感じない。記者にとってExcelはグラフを書くツールであり伝票に記入するツールであり、住所をまとめるツールでもあったりするのだが、どの操作でも、いつも通り。グラフの種類を選ぶプロパティで、配色やグラフの種類にはずいぶん違いがあって、なるほど確かに違うソフトだなと改めて認識することはあったが、グラフをクリックしてプロパティを変えるような操作でも、何の迷いもなく、Excelのコピーといった感が強い。
文書形式についても、マイクロソフト製品との互換性が高い。
手元にあった社内文書(機材管理表、経費精算伝票、原稿料処理伝票、ライセンス管理表)といったものは、ちょっと見たところExcelと表示に違いは発見できなかった。唯一、経費精算伝票に埋め込まれたマクロで、関数の一部がサポートされていない旨の警告が出た程度だ。複雑なマクロを使っているだとか、Excelを用いてデータ分析を行っているという人でもなければ、通常の事務処理には十分な互換性が保たれているように思える。記者は、マイクロソフトオフィスと互換性の高いオフィスとして、オープンソースのOpenOffice.org(以下、OpenOffice)もよく使うが、OpenOfficeは「マイクロソフトのオフィス文書もコンバータを介して読み込める」というスタンスで、ときどきレイアウトが崩れることがある。一方、キングオフィスは文書形式や操作性に関して完全な互換性を目指したと豪語するだけのことはあり、ちょっと使っているだけでは本当に違いが分からない。
そうはいっても違いはあるし、機能も限定されている
あまりの酷似ぶりに一通り驚いて冷静になってみると、あちこちに違いがあるのが分かってくる。まず、機能が限定されていて、マイクロソフト製品のサブセット的になっているのが、メニュー構成を観察してみると分かる。キングソフトはマイクロソフトオフィスとの機能比較表を公開している(参考リンク)が、この表がおもしろいのは、よく見かける“自社・他社製品機能比較表”と異なり、自社ソフトのほうに、より多くのバツ印を付けていることだ。これだけあれば十分だと思う人に使ってほしいと言わんばかりだ。
機能が限定されている一方、マイクロソフトオフィスになくて、キングオフィスにある機能というのもある。中でも、PDFへの出力機能が標準で提供されている点や、複数文書を開いたときにタブで管理できるインターフェイスは、大きなアドバンテージだ。何年経っても修正されなかったExcelの印刷時の罫線のズレというバグはKingsoft Spreadsheetsにはない。「なるほど、キングソフトは修正したか」と、まったく見当違いの感慨を持ってしまったというのは皮肉な話だ。
OpenOfficeが採る互換性に対するアプローチの違い
OpenOfficeには野心的なところがあるように思う。マイクロソフトのオフィスが、どういう思想で設計されているかについて、あまり考慮していない面もあるからだ。例えばExcelに相当するOpenOfficeの表計算ソフト「Calc」では、セルの指定や選択の流儀が、Excelとやや異なっている。セルをドラッグして範囲指定すると、Excelでは範囲指定をスタートしたセルがアクティブになるが、Calcでは逆に範囲指定終了のセルがアクティブになる。これは「セル選択のUIは、どうあるべきか」ということを真摯に検討した結果だろうし、もしかすると合理的な理由があるのかもしれない。しかし、もはやオフィスソフトのUIに対する慣れを白紙撤回できるような段階にはないのではないか(いや、記者個人としては、オフィスソフトに限らずどんなUIであれ、常に既存のUIを白紙撤回して考えるべきだと思っているが)。少なくともキングオフィスは、まさに、そうしたユーザーが感じるであろう違和感を徹底して排除するというのが設計ポリシーだ。アイコンやメニューの文字列に使う語句まで、そっくりそのままコピーしている。
法的、倫理的問題はないのか
猿まねを“設計ポリシー”と呼ぶのは違和感を感じるし、互換路線を追求するために3年間で600万行のソースコードをリライトしたと聞けば、「嗚呼、人間は、なんという無駄な生産を……」と嘆きたくもなる。洋の東西で、巨大な車輪を2度発明したのだから。コードベースが違うとはいえ、ユーザーエクスペリエンスは、細かい機能の違いを除けば、基本的にほとんど同じだ。
ここまで似せてしまって、法的、倫理的問題はないのか。
キングソフトでは弁理士を使って法的問題がないかを調査しており、「特許および著作権違反については、あらかじめ調べ、問題はない」(キングソフト 代表取締役 広沢一郎氏)としている。もともとキングソフトは、ライトなオフィスソフトユーザーをターゲットとしており、10万ユーザーの獲得を目指しているというから、マイクロソフトが法的手段に訴えるほどの事態に発展するとは考えづらい。
倫理的問題については論じても仕方ない面もあるし、感じ方も人それぞれだろう。それを分かった上で言わせてもらえるなら、記者は倫理的な問題はないと思う。
キングソフトの親会社である中国キングソフトは1988年のMS-DOS版の発売以来、中国のワープロソフト市場では、日本のジャストシステム同様に圧倒的なシェアを持っていたという。これまた日本市場同様に、1995年にマイクロソフトが「Microsoft Office」で同市場に参入してからシェアが急落。一時は10%台にまで落ち込んだという。「マイクロソフトの独占状態を打破するには、互換路線しかない」(広沢氏)という判断から、徹底した互換路線に方針を転換したという。現在は中国政府の積極的採用もあって、20%超にまでシェアを盛り返し、いよいよ日本市場にも参入を果たした、ということだ。
そもそもユーザーがマイクロソフト製品を選んだのだから、単純に市場競争に負けただけだといえる。ただ、問題はその後だ。
日本市場でも同様だが、マイクロソフトオフィスが普及し出したある時点以降、互換性の問題からマイクロソフト製品以外に、我々に選択肢などあっただろうか、ということだ。ここで「互換性」には文書形式とUIの2つを入れていいと思う。
誰に送っても開いてもらえないオフィス文書や、他のユーザーから受け取るオフィス文書が扱えないオフィス製品は、機能や性能とは違う面で決定的にNGとなっていたのではないか。あるいは、操作性が「いつもと異なる」というだけで、使い勝手が悪いと感じてはいなかっただろうか。もちろん、ビジネス市場では教育コストも重要だからマイクロソフトオフィスの操作性に慣れた従業員に蓄えられた資産は小さくはないだろう。
真似することが本意ではないとしたら……
こう考えれば、互換路線にしか生き残りの道がなかったというキングソフトの言い分は、仁義なき開き直りというよりも、むしろ悲痛な叫びに聞こえてくる。興味深いのは、キングソフトが先頃発売されたばかりのマイクロソフトの最新版オフィス製品「2007 Microsoft Office System」で刷新されたUIを真似しないと公言していることだ。つまり、キングソフトはOffice 2003以前のマイクロソフト製品に慣れたユーザーに、その慣れのままに使ってもらうことを目指しているだけであって、マイクロソフト製品を真似することそのものについては、別に何とも思っていないわけだ。
リアリティがあるかどうかはともかく、もしキングソフトオフィスが一定以上の支持を得たら、そのとき、新Officeで採用された新UI「リボン」は、かつてIBMがPS/2を世に問うたときにたどったのと似た運命をたどらないだろうか。1981年のIBM/PCの発売以来、PC業界の中心にいたIBMは、1987年に突如オープン路線を変更する。ハードウェア的に互換性のないアーキテクチャ「MCA」を採用したPS/2シリーズを発表した。PS/2は、技術的には優れていたものの非オープンでライセンス料を課したことことから、それまでの互換機メーカーはIBMに追随せず、“IBM互換機”がIBM本家のアーキテクチャと乖離していく事態に至った。以来、IBM互換機という言葉は、業界標準に準拠したアーキテクチャを採用するPCを指すようになり、IBMは少なくともアーキテクチャを決定する主導権を失い、市場では1プレーヤーとなっていった。今ではIBM互換という言葉そのものが忘れられてしまった。
オフィス製品についても、OpenOfficeやキングソフトオフィス、あるいは一太郎といった「マイクロソフト互換」をうたわなければならない宿命のオフィスソフトが、いつかマイクロソフトの製品そのものとは直接関係のない“マクロソフトオフィス互換”のような業界標準のもと、市場でしのぎを削ることにはならないか。いつの間にかIBM互換がIBMと関係なくなっていったように、Excel互換といったときのExcelのアーキテクチャの決定権を、いつかマイクロソフトがあきらめるときが来ないか。
文書形式の互換性の面では、現在、OpenOfficeの文書フォーマット「ODF」(Open Document Format)と、マイクロソフトのOffice 2007で採用される「OOXML」(Office Open XML)を巡って、技術面、政治面で激しい議論が戦わされている(参照記事)。
操作の互換性の面でも、文書の互換性の面でも、いま多くのオフィス製品は“標準”を志向しているように思える。もしかするとユーザーの多くは、取り立てて変化を望んでいないのかもしれないが、コストにシビアな法人ユーザーが、部分的にでも互換オフィス採用に動けば、そこから影響力が逆流するような形で「マイクロソフト独自の機能はなるべく使わない」と、徐々に環境が変わって来ないとも限らないのではないだろうか。
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