Google Apps担当者インタビュー
Gmailは現在1億アカウント、1日数百万ペースで増加
2007/07/27
日本大学やlivedoorといった、すでに数万〜数百万のメールアカウントを抱える組織がメールシステムやワープロ、表計算のITインフラとしてグーグルが提供する「Google Apps」を採用する例が増えている。今後、どこまで普及が進むのか、グーグルはSaaSというソフトウェア提供形態について、どういうビジョンを持っているのか。パートナープロダクトを担当するダン・スティッケル(Dan Stickel)氏に話を聞いた。
数百万ユーザーというのはGmailでは小さな単位
――livedoorが自社のネットサービスのユーザーに提供するメールのインフラとしてGmailを採用するというニュースは衝撃的でした。日本以外でも、ISPやキャリアがインフラごと置き換える例はあるのでしょうか。
スティッケル氏 今朝(7月27日)発表したばかりですが、米Sprint NextelはGoogle Appsを用いて、モバイルWiMAX用インターネットサービスの利用者に向けてメールや検索といったグーグルのサービスを提供します。また、米T-MobileがすでにiGoogleの企業向けともいえるGoogle StartPageを利用してポータルサイトを運営しているという例もあります。
Google Appsのユーザーは、特にSMB市場で採用が増えているほか、大学でも採用が増えています。詳しいリストはわれわれのサイトにありますが(リスト)、大学だと米国で最も学生数の多いアリゾナ州立大学とか、インドのデリー大学、日本だと日本大学など、著名な大学に採用していただいています。企業だと、大きなところでは米P&G、GEなどが採用しています。向こう数日か数週間で、また大きなパートナーとの発表ができると思います。
現在、Google Appsの利用者は、1日当たり1000以上のドメイン、数百万ユーザーといったペースで増えています。グーグルは、こうしたスケーラビリティを持つ数少ない企業です。
――1日に数百万ユーザーというのは、すごい勢いですね。統合できるユーザー数に限界はないのですか? 地球上の全員にアカウントを発行できますか?
スティッケル氏 (少し考えて)できると思います(笑)。正確な数字は公表していませんが、われわれはすでに1億のメールアカウントを運用しています。そのため、livedoorのように数百万ユーザーといっても、あまりインパクトはないのです。
――今後もこの傾向は続きますか?
スティッケル氏 もはや業界では、組織は専属のITセクターを設けなくてもいいという見方に変わってきています。ITインフラを自社で維持するにはサーバ、アプライアンス、データセンター、ITスタッフ、ライセンス料、業務アプリケーション開発と、コストがかさみます。
ある試算によれば、メールで1アカウント当たり100MBのディスクを割り当てるのに組織は年間300ドルを費やしています。コストが高いだけでなく、容量的にも少なく、今では数日で使い切ってしまう容量かもしれません。バックアップや冗長化、モバイル対応などのコストも入れると、ITインフラの維持に1年間に1社員当たり785ドルのコストかかります。ガートナーは80%以上のIT予算は、既存システムの維持のために使われていると試算していますが、これでは予算を戦略的な投資に振り向けられません。Google Appsであれば年間50ドルで済みます。
かつて電力に起こったのと同じことが起ころうとしています。20世紀初頭には、企業は電力会社の副社長を雇わなければならないと考えたものですが、今は壁にプラグを差せば電気はやってきますよね。ITも同じです。ビジネスをスタートするときに、なぜITプロフェッショナルの“大部隊”を雇う必要があるでしょうか。
――コスト面では説得力がありますが、データを他社に預けるということに対してセキュリティ面や移行コストで不安を感じている企業はありませんか?
スティッケル氏 データを手元に置いておきたいという企業側の心理は理解できますが、でも、そもそもメールは外に出て行くものですよね。
エンタープライズ向けのニーズに応えるために、今月頭にわれわれは米Postiniという会社を6億2500万ドルで買収しました。まだ買収は完了していませんが、Postiniはメールなどのメッセージ関連でセキュリティ技術を持つ会社です。Gmailに統合することで、スパムやウイルス対策はもとより、アーカイブ、暗号化、ポリシーベースの管理機能など、エンタープライズ用途で必要とされている機能を提供できるようになります。
もう少し一般的な視点からグーグルのセキュリティについてお話しします。グーグルは毎日数十億ドル単位のトランザクションをオンラインで行っています。こうしたクリティカルな決済処理を長期間にわたってやってきている一方、クラッカーに侵入されるとか、情報漏えい事故を起こしたというスキャンダルとは無縁です。セキュリティについてグーグルは十分に信頼できる実績があると思います。
むしろ自社で運営するシステムよりも安全だと思います。データは、地理的に分散したデータセンターで冗長化されています。データセンターにはバックアップ用の自家発電機も用意されています。
ですから、例えば出版をメインの事業にしている企業が、われわれのように常時システムがノンストップで稼働することに注力する専門企業と競争するのは非常に難しいと思います。
安定運用ということだけではありません。先ほど例に挙げたアリゾナ州立大学は、もともと先進的なITシステムを構築することで知られていた大学ですが、ある時、同大学のCIOは気付いたんです。学生は皆Gmailを使っていて、大学の古いメールシステムは使いづらいと思っているじゃないか、と。そこでそのCIOは「だったらGoogle Appsにサインアップしようじゃないか」となったわけです。イノベーションの速度もGoogleやAmazonといった最新テクノロジーを取り込もうとして日々何かをやっているネット企業に対して、もはや勝ち目はない。そうCIOは結論したのです。
製品リリースの哲学は「早い時期に、頻繁に」
――メールについては魅力があると思いますが、Docs&Spreadsheetsについては、まだまだ機能改善の余地が大きいように思えます。例えば先日、日本でインフォテリアという会社が「OnSheet」というオンライン表計算ソフトを公開しました(参考記事1、参考記事2)。これはExcelに迫る表現力を持っています。
スティッケル氏 確かに最初にDocs&Spreadsheetsを出したときには機能は最小限で、使うのが難しいぐらいでした。ただ、われわれの製品リリースの哲学は「早い時期に、頻繁に」です。グーグルは自社製品を社内で毎日使いますから、進化も速いんです。過去数カ月のうちに、例えば表計算ではグラフが扱えるようになりましたし、複雑な数式も扱えるようになりました。常に新機能を足しています。私自身、これは本当に使いものになるだろうかと疑ったことがありましたが、今は毎日使っています。
それと、メールに添付しなくてもオンラインで表計算や文書といったドキュメントを共有できるメリットは、Excelにはないものですよね。
――指定した相手とドキュメントを共有するにはグーグルのアカウントを持っているか、グーグルのサービスを使う組織のアカウントが必要なわけで、これはアカウントによる新たな囲い込みでは?
スティッケル氏 それはありません。グーグルのポリシーに「データのエクスポートをできる限り容易にする」というものがあります。Docs&Spreadsheetsに関しても、ワード形式、RTF、テキストなどでデータをエクスポートできます。
利用をやめたくなったら、いつでもグーグルからデータを引き上げて、別のサービスに移行していただけるようにしています。移行が面倒だからではなく、グーグルのサービスが大好きなので、ほかに乗り換えたくない、という風に思っていただきたいのです。データのエクスポートツールを提供することで、われわれには、ほかのサービスよりも優れたサービスであり続けようというインセンティブが働くことになります。
――しかし、そうはいってもいったん入れたデータを引き出すのは面倒です。それに、Gmailでグーグルアカウントを作った人は、画像共有なり表計算で、他社のもので似たようなサービスがあっても、すぐに使えて楽だからという理由でグーグルのサービスを使うのではありませんか。法人も同じです。異なる会社のサービスを組み合わせて使うより、すべてが1パッケージとなっているほうが導入が楽です。これはアカウントによる新しい形の囲い込みにも見えます。例えばOpenIDを採用して、よりオープンな形でサービスを提供するという方法はないのでしょうか。
スティッケル氏 「OpenID」ですね、それは今メモに書き留めておきましょう。グーグルは数千人の技術者が働く企業ですから、きっとどこかでOpenIDに関しても議論していると思います。ともかく、われわれはグーグルのサービスにロックインされているとユーザーに感じてほしくありません。
――グーグルを、世界に広がるグリッドコンピュータと分散ファイルシステムを使ったプラットフォーム企業と見ると、そのインフラを他社に開放して「SaaSアプリケーションとして貴社のサービスをグーグルのインフラ上で提供してください」と呼びかけるモデルも考えられます。KDDIとマイクロソフトは、そうしたSaaSプラットフォームの提供で合意しています。今後、グーグルが同じような方向に進むことはありますか? 例えば、アドビのSaaS版Photoshopを、グーグルのグリッド上で動かすということですが。
スティッケル氏 もしもグーグルが、ハードウェアやコンピューティングリソースを他社に開放したら、どうなるでしょうね。それは、まさにわれわれが目指す方向性だと思います。ただ、どの程度までその方向に進んでいけるのかは、まだまだ分かりません。経済モデルが機能するのか、本当に技術は期待通りに動くのか、それは分かりませんよね。
関連リンク
関連記事
情報をお寄せください:
最新記事
|
|