10年目を迎えて変わるインターネットウィーク
IPアドレス枯渇に見る技術者とポリシーメーカーのギャップ
2007/10/30
1997年以来、10年にわたって開催されてきたイベント「インターネットウィーク」が変わろうとしている。これまで過去のインターネットウィークは、ISPや大学、研究機関でインフラ運用を担当する技術者が情報交換を行う場という印象が強かった。
例えば、1997年当時のチュートリアルメニューを見ると、DNSやsendmailの設定、バックボーン系ルータの経路情報交換プロトコル「BGP」の概説、マルチキャストやストリーミングプロトコルの解説などが並ぶ。これに対して11月19日から4日間、秋葉原コンベンションセンターで予定されている「インターネットウィーク 2007」では、技術解説のチュートリアルはなく「エンタープライズ2.0」、「IPv4枯渇問題」、「インターネットと著作権」など、コンテンツまで含めた幅広い議論を行う場となっている。
当事者が向かい合って議論する場を
「技術面に関しては書籍やプライベートセミナーも増えたので、もはやインターネットウィークでチュートリアルは不要」。そう話すのは、インターネットウィーク 2007プログラム委員長の江崎浩氏だ。「各方面の関係者、ステークホルダーが集まって議論をするという本来の姿に戻します。現在、インターネットはインフラ技術だけを語っていればいいという時代ではありません。また逆に、社会的、法的なポリシーを作って運用していくポリシーメーカー側も、現場の声やコミュニティの声を拾い上げて行く必要があるはずです」。
江崎氏は「当事者が向かい合って話し合いができる場にしたい」という。当事者とは「例えば、著作権の議論をするならJASRACや文化庁や警視庁の人々」で、幅広い層の人に議論を呼びかける。「今回は準備が間に合わなかったが、オープンディスカッション以外に、プライベートディスカッションの場も作りたかった。キーとなる当事者が来るので、議論した結果を最後に宣言とか白書として出すような、そういう仕組みも作っていきたい」。
「弁護士や裁判官といった司法の人々からは、中立的でオープンな場で技術を勉強する機会がないという声も聞きます」。Winny裁判のように先端技術が絡んだ裁判では、技術論に踏み込んだ司法判断が求められるが、進化の速い技術にキャッチアップするのは難しい。技術と社会のギャップが広がっている。「運用現場にも迷いがあります。ISP事業者としてユーザーが違法コンテンツを載せるのを許していいのかどうかという問題に、ずばり答えられる人はいません」。インターネットウィークでは「事業者がやっていいこと、悪いことを考えよう」と題し、丸一日の議論を行う。
P2Pアプリケーションを使う一部のユーザーが帯域を使い果たす問題、あるいはGyaOやYouTubeの人気で指摘される“ただ乗り論”など、「運用レベルとポリシーレベルで調整できていないとうまく対処できない」問題も多い。技術的に可能なこと、不可能なことがあるからだ。「現場の運用者が情報を共有するだけでなく、技術的に実施できることをポリシーに吸い上げていける場が必要だ」。
今回のパネルディスカッションには総務省で“ネットワーク中立性”についての政策を担当する谷脇康彦 総合通信基盤局事業政策課長も登壇予定だ。「単なる土管の話ではなく、コンテンツの話や、事業者の業態の話にまで踏み込んで議論する必要がある」。
IPv4アドレス枯渇問題に見られる混乱
運用の現場とポリシーメーカーのギャップ、あるいはユーザーと運用現場のギャップ。
そうしたギャップがいちばん顕在化している領域の1つが、IPアドレスの枯渇問題だ。現在インターネットで使われているIPv4はIPアドレスを32ビットの数値で表す。このため、約43億個というアドレス数の上限がある。このアドレスが2011年までに枯渇するという。江崎氏は「アプリケーションやサービスを作ってる人からすれば、このままIPv4で動くと思っているかもしれません。しかし、IPアドレスがなくなるのは時間の問題」と指摘する。
IPアドレス枯渇問題は10年ほど前から喧伝され、NATやCIDR(Classless Inter-Domain Routing)といったテクニックで延命してきた経緯がある。しかし、そうした延命措置での対応はまもなく破綻するという。「1997年頃に、IPアドレスの在庫は全体の50%程度ありました。しかし、現在は在庫が20%を切っている状態です」。ワイヤレスIP電話など、これから新規で大規模な人口を相手にしたビジネスをやるにはIPv6でやるしか選択肢がない。「これからインターネットを始める国も同様です。NATでもできるかもしれませんが、パッチワークになりますから運用費がかさみすぎます」。
在庫不足に追い打ちをかけるのは世界各地でのブロードバンドの普及だ。
ダイヤルアップが主流のナローバンドの時代には、常時接続しているユーザーはいないため、10人に1つ程度のIPアドレス割り当てで足りていた。IP電話が1000加入を越えて普及した現在の日本では、1人当たりの消費アドレス数は1.0を越えているという。「ヨーロッパはネットの普及率が60%。しかしブロードバンドの普及率は20%に過ぎません。ヨーロッパで日本同様にブロードバンドが普及すればアドレスは不足する。すでに現在、ヨーロッパのアドレスの消費量の伸びはアジアより大きいのです」。NATで危機を脱したものの、ブロードバンドが普及したおかげで当初の予測は変わらず「2010年というタイムリミットはリアル」という。
問題は議論が錯綜していることだ。
現在IPアドレスの割り当てを受けている企業や組織の中には、ブロック単位で大量に割り当てられたアドレスを使い切れずに余らせているところがある。CIDRなどアドレスブロックの分割技術が利用できる今、こうした組織はもともと無償で割り当てを受けていて余らせているIPアドレスを管轄団体に返上すべきで、そうすればIPアドレスの枯渇問題は解決するという指摘がある。
江崎氏は、それは不可能だという。
「これまでにJPNICに返上されたアドレスは全体の1%台に過ぎません。それは返したくないという理由ではなく、ネットワークの設定変更に莫大なコストが発生するからです。大きな組織でアドレスの付け替え作業を行うのは非現実的です。システムというのは動いているものを変更する方が、ややこしい。例えばテレビ周りの配線というのは、新しいテレビを買ったときに全部やり直した方が早い。ネットワークも同じことです。余ったIPアドレスが出てくるか、出てこないかといえば、ほとんど出てこないでしょう。アドレスを返上する方が多額のコストがかかるから、たとえIPアドレスの割り当てや交換を市場化しても出てこない。こうしたことは現場を知っていれば誰でも分かります。でも、政治家やポリシーメーカーには見えづらい部分です」。
IPv4のアドレスを市場売買に委ねるというアイデアも検討されているが課題も多い。
「IPアドレスが市場に出回るとすると、これは無形の証券になります。電話の債権と同じく財産です。タダでもらったものがいきなり価値を持つ。元電電公社のNTTグループの資産はいきなり跳ね上がる。会計上の法整備も必要で、簡単ではありません」。
IPアドレスが市場に出てきたときに、名義書き換えを可能にするようなシステム整備のコンセンサス作りも重要という。
「運用側からすると、IPアドレスが、どこに行ったか分からなくなることが最悪のケースです。もしアドレスが価値をもって市場で交換されるようになったら、それをトレースしないといけない。そのデータベースがしっかりしていれば、誰が悪いことをしたか、どこに資産があるかは把握できる」。こうした仕組み作りを進めなければ、“IPアドレス転がし”のようなブラックマーケットが登場すると懸念する声もある。
IPアドレスの市場化や、余剰アドレスの名義変更には、もっと技術的な課題もある。現在、アドレスブロックを地域別で分け、個人のアドレスはISPに集約することで経路制御がうまく行っている面がある。しかし、もしアドレスブロックの切り売りや名義書き換えが増えると、ルータの経路表がパンクするおそれもあるという。
「IPの経路制御は、電話番号にたとえると、例えば03とか04のように地域ごとに局番管理を行っている状態です。せっかく03に集約している番号の島の中に、045といった番号がたくさん割り込んでくるとまずいのです。現在日本国内のルータの経路表には40万経路ぐらいの情報があるのですが、アドレスの交換を完全に自由化すると、この表が膨大になりルータがパンクします。アドレス交換は市場で自由にやるのではなく、きちんとガバナンスを持って対応していかないと悲惨なことが起こるということです。名義書き換えを運用側で把握できていれば、効率的なネットワーク運用のためにアドレス交換をするような便宜を図れます。例えば045番号の人から電話の権利をもらった人がいたとき、その人がもし03地域に住んでいるなら03の番号を使ってください、とお願いすることができます」。
IPアドレスの問題1つをとっても、その影響範囲は広い。技術的な枠組みだけで議論していても、逆に社会的な政策議論だけ行っていても、インターネットという社会インフラを存続・拡大できる保証はない。
「いまポリシー作りに必要なことは、現場とポリシーメーカーのギャップを埋めること」。インターネットウィークの存在意義は、インターネットに対する社会的要請が高度化、複雑化してきた今、大きく変わろうとしている。
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