ソフトウェアが社会を変える
本当は楽しいIT業界――“重鎮”を超えて
2007/12/26
日本のIT業界は暗い話題に事欠かない。国内にはシステムエンジニアが31万人、プログラマが15万人いる。ユーザー企業のIT技術者やフリーのIT技術者を加えると50万人を超える人が関わっている。専門技術者では建築土木技術者に次いで多いといわれる。情報サービス業界全体の売り上げは16兆7000億円を超える(参考資料PDF)。IT業界が生まれて50年以上たち、それなりの規模に成長してきたわけだ。ただ、IT業界のイメージはここ数年で悪化してしまった。このままでいいと思っているIT業界内の人間は少ないだろう。@ITが10月末に掲載した記事「IT業界不人気の理由は?現役学生が語るそのネガティブイメージ」が高い注目を集めたのは、IT業界の今後に対する不安が反映された結果だ。
IT業界。簡単に使ってしまっているがこの言葉が指す業界は幅広い。代表的なのはソフトウェア開発業だ。そのソフトウェア開発業でも自らが企画して開発するパッケージソフトウェア開発と、受託開発では見ている世界が異なる。インターネット上のWebサービスを開発する企業も従来のIT企業のイメージではくくれない。そして顧客の求めに応じて既存のソフトウェアやハードウェアを駆使してシステム全体を構築するシステム・インテグレータ(SIer)も日本のIT 業界の中では存在感が大きい。これらの企業はいずれもITをビジネスの中心にすえているが、お金をもうけるモデルはまったく異なる。
当然、IT業界内のビジネスモデルの違いは外部からは分からない。各社がアピールを怠ってきたこともあるし、そもそも手にとって触ることができる製品を作るわけではないソフトウェアベンダやSIerでは、何をアピールすればいいのかも不明。結局はブランドを訴えるしかなかったりする。そしてIT業界は3Kやデスマーチなどネガティブなイメージだけが残る。このことを残念に思っているIT業界関係者は多い。しかし、3Kやデスマーチがあるのは事実。この事実から目を背けてIT業界の明るい面だけをアピールしても人を引き付けることはできないだろう。
例えば国際競争力がほとんどゼロであるという事実がある。JEITAの2000年の発表によると、ソフトウェアの輸出入の差は102倍。日本から海外への輸出が90億円なのに対して、輸入は9189億円と圧倒的な輸入超過だ(参考資料)。国際的に見ると日本のソフトウェアの存在感はないに等しい。
限られた市場の奪い合いで競争は激しくなり、しわ寄せは個人に来る。過労や仕事のストレスで精神障害になったとして 2006年度に労災認定された人は205人。うち60人、全体の約30%はシステムエンジニアなどからなる「専門技術者」が占める。年代では 30〜39歳が最多で全体の40%。精神障害で労災認定された人のうち、自殺(未遂含む)した人は前年度と比較して24人多い、66人だった(参考資料)。若手、中堅の技術者に過大なストレスがのしかかっていることが分かる。
建築土木業界のお手本は「もう無理」
暗い気持ちになる数字ばかりだが、これが日本のIT業界の現実。目をそらしていては前に進むことはできない。そしてこのような停滞、閉塞の裏側には日本の IT業界の構造的な問題があるのではないだろうか。日本のIT業界、特にSIerは歴史的に建築土木業界をお手本に発展してきた。多層請負構造や人月による見積もりなどはその名残だ。三菱総合研究所(MRI)の主任研究員の飯尾淳氏は、「しかし、もう無理がある」という。ITのシステム開発が複雑化、高度化し、建築土木業界をお手本にしてもついていけない開発が増えた。人月ベースの見積もりは、「ほかのエンジニアリング技術と比べて未整備。開発中にずれて結局はデスマーチになる」。
さらに外資企業から地政学的に守られている建築土木業界と異なって、ITに国境はない。ソフトウェアではすでに海外製品が国内市場を席巻。日本語に守られていたシステム開発の現場も、インドや中国でのオフショア開発が存在感を持ち始めた。「競争相手がワールドワイドになっている。IT業界は建築土木業界よりも競争条件が過酷。その中で誰でもできる作業を日本人技術者が行う必要がない」という未来がもう来ている。
建築土木業界をお手本にすることの限界を感じ始めた“IT業界の重鎮”たちは、今度は日本企業のトップランナーで、世界で戦っている製造業、特に自動車業界をお手本にするようになった。トヨタ生産方式の採用などがその典型だ。だが、その取り組みもうまくいってはいない。世界市場での競争力は向上していないし、利益率も上がっていない。
クルマはどこで生産しても同じような操作方法で、免許さえあれば世界中の誰でも運転できる。しかし、ソフトウェアは開発者の考えや習慣、文化に依存する面がある。使いやすいと思って実装した技術が、世界のどこでも受け入れられることは少ない。飯尾氏は「日本は国内に経済圏ができていて、十分商売ができる。日本語で考えればよい。だが日本語で情報処理が当たり前になってしまって、そこに縛られてしまった」と見る。
技術者はもっとしたたかに
実際に業界内で働いているIT技術者は私以上に閉塞感を感じているだろう。誰もがどうにかしたいと思っているはずだ。この記事の執筆に当たって飯尾氏を含めて何人かの人物に話を聞いた。彼らが共通して訴えたのは「外へ出ろ」ということだった。つまり、オールドスタイルの経営に執心する企業は見限ってしまえということだ。人がどんどんいなくなれば、IT業界の“重鎮”も現実に気付き、考えざるを得なくなる。
ミラクル・リナックスの取締役 CTO 吉岡弘隆氏の言葉には迫力があった。IT業界の3K問題についての私の質問に対して「周りが悪い、世間が悪いといっても意味がない。自分がどうサバイブするしかない。エンジニアはもっとしたたかになれよといいたい」と畳み掛けた。オールドスタイルな経営を続けるIT企業には「就職しなければいい。若い人は。それだけの話」。
吉岡氏がこう語るのはソフトウェア開発の現実が1990年代のオープンソースソフトウェアの誕生、インターネットの誕生で大きく変わったことが背景にある。「90年代に入ってプログラムをネットに公開することで、お金をかけずに世界中に広げることができるようになった。80年代のプログラマの夢は金銭だった。しかし、インターネット誕生で、ネットに公開して世界の人に使ってもらうことがインセンティブになり、その魅力でソフトウェアを作る人が少なからずいることが発見された。これがオープンソースソフトウェアやフリーソフトウェア運動だ。ソフトウェアの作り方、普及のさせ方に革命が起きたのだ。彼らは従来のソフトウェア開発と違って、好きを仕事にして生活ができている。それが分かっていないと自分の周りだけを見て鬱屈してしまう。残念なことに日本のSIerの重鎮はその世界を理解していない」。
企業に頼るな、個人として突き抜けろ。吉岡氏はこう語る。しかも、インターネットの誕生で個人がサバイブするための環境はずいぶんとよくなった。ただ、「ネットは自立的に動いている人にはパワーをくれるが、寝ている人には何もない。そこを気がついて、サバイブするか、しないか」(吉岡氏)というのも事実。
だからこそ、先駆者たちは積極的に外に出てきた。Java軽量コンテナ「Seasar」の開発者で、電通国際情報サービスに勤める比嘉康雄氏はIPA のイベントで、「偉くなりたい、金がほしいのではなく、自分のことを認めてほしいのがエンジニア。そのためには社外に出て行くしかないと思った」と語った。外に出て行ける環境やコミュニケーションツールがあるにも関わらず、中にとどまって3K、7Kと不平不満だけをいうのは「甘えがある」(飯尾氏)のだ。
ソフトウェアは社会を変える
ITを武器に外に出た人に共通するのは、「ソフトウェアには社会を変える力がある。世界をよくも悪くもする力がある」(吉岡氏)と真顔で語ることだ。現在、日本のIT業界での世界的な著名人は「Ruby」開発者のまつもとゆきひろ氏。まつもと氏を古くから知るという飯尾氏は、「Rubyが広まったのは、Ruby自体が優れていたこともあるが、まつもと氏の個性も理由の1つ」と話し、世界的に見てもIT業界の著名な技術者には「技術力があるから個性的なのか、個性的なので技術力があるのかどちらが先か分からないが、非常に個性的な人が多い」と指摘する。ITの力を絶対的に信じる強い個性。この力が彼らの道を切り開いてきた。私には、著名なIT技術者のイメージが現代美術や建築など創造的な作業を行うアーティストのイメージと重なる。
ただ、素朴な疑問がある。人はそれほど強くないし、大勢に流れる。全員がアーティストではない。吉岡氏がいうことは正論だが、自分でそうできるかというと自信はない。その中で、吉岡氏の「技術者のしたたかさ、とは自分のバリューを周りに認めてもらうこと。日本の技術者はそのメソッドがあまりにナイーブだ」という認識には賛成できる。「プログラマとしての力量には絶対的な尺度があり得る。それをアピールすべきだ。社内ではなく、ソフトウェア・エンジニアリングの地平線上のどのポジションにいるかは、オープンソースで活動していれば分かる」。他力本願では自分を変えられない。「最低限の勇気は必要」(飯尾氏)なのだ。
努力で報われる可能性が高い
IT技術者は自分をアピールしやすい仕事だ。飯尾氏は「ソフトウェアを作る人は頭で考えたことを実現する。人を前に出しやすい業界である」として、大きな投資をかけずに自らの知力、スキル、努力で「報われる可能性が高い」という。
飯尾氏は「学生や若手エンジニアはとにかく自分でスキルを磨いてほしい。そのことで、楽しい人生を送れるチャンスはほかの業界よりもある」と話す。「まずは自分が取り替え可能な人間かどうかを考えるのが非常に重要。取り替え可能なうちは幸せになれない。取り替え不可能な人間になってほしい」と技術者に期待する。
吉岡氏もIT技術者は努力しだいで世界が広がることを強調する。「昔はおもしろい仕事が大企業にしかなかった。例えば、OSを作りたい、DBMSを作りたいと思っても、仕事としてやるには大企業のメインフレーマーに就職するしかなかった。しかし、オープンソースのおかげで、かつては大企業にしかなかった仕事が世界中のどこでもできるようになった。そうなると何をやりたいかが明確な人にとっては、間違いなくチャンスが広がっている。それはとてもいいことだと思う」
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