【あるテクノロジ・ベンチャーの肖像】

Googleレベルの学生が起業した「Preferred Infrastructure」

2008/03/24

 検索エンジン開発の分野で有名になりつつある企業にPreferred Infrastructure(PFI、東京都文京区)がある。目を引くのは10人の社員がいずれも東京大学大学院、京都大学大学院の出身者、もしくは在学中ということ。東京大学大学院の情報系研究科出身者の多くが近年、Googleに入社していることは有名だが、PFIは、いわば、Googleに行かなかったGoogleレベルの学生たちが起業したといえる。エンジニア率100%のPFIは日本のテクノロジ・ベンチャーの姿を変えるだろうか。

 PFIの代表取締役社長 西川徹氏は「ACM 国際大学対抗プログラミングコンテスト(ACM/ICPC)の世界大会に出場したメンバーと一緒に何かやりたかった」と起業の動機を話す。起業したのは2006年3月。資本金は30万円。当時の社員は6人で全員が学生だった。オフィスはなく、Skypeで話しながら開発した。1年間は社員への給与もなかった。ただ、未来は明るかった。「エンジニアの就職がそれほど厳しくない中で、これだけ優秀な人が集まった。大きなことができるはずと考えた」と西川氏は言う。

 PFIは創業時、すでに製品の基になる技術を持っていた。それが大規模全文検索エンジンの「Sedue」(セデュー)。PFI起業に加わった東京大学大学院の岡野原大輔氏がIPAの未踏プロジェクトで開発した技術だ。少ないメモリで高速に稼働するのが特徴で、Web検索からゲノム解析まで幅広い利用が可能。西川氏は「岡野原の未踏プロジェクトの手伝いをしていて、彼の作ったすごい検索エンジンを何とか実用化したいと思った」と話す。西川氏は学生時代にバイオのベンチャー企業でアルバイトした経験があり、「作った技術がすぐに実用化されるのはベンチャーしかない」と思っていた。

技術を突き詰めていく

 西川氏がPFIでこだわっているのは「技術を突き詰めていく」ということだ。会社を作った際に決めたのは受注開発はしないということ。あくまでも自社開発で勝負をする。他社と協業する場合も利益が平等にシェアできるようにきちんと契約し、下請けにならないようにする。さらに短期的な利益を求めがちなベンチャーキャピタルなど外部の資本を入れずに、「技術的に価値のあるものを継続的に開発していく」ことを一番の目標に据える。

 実際、「ベンチャーキャピタルの接触はかなり多い」(西川氏)というが、「技術的に分かっていないところと組むことはない」という。1年間無給で頑張ったおかげで「余計なしがらみが付かずに会社を続けていけるようになった」。現在も社員は全員がエンジニアか研究者で、営業は西川氏が行っている。

 起業2年余りでPFIのこの信念はいくつか実を結んでいる。2007年3月にはエフルート(旧ビットレイティングス)の携帯向け検索サイト「F★ROUTE」にSedueを提供。同年5月にはシーエー・モバイルと技術提携し、シーエー・モバイルが開発する検索エンジンの基幹技術としてSedueを採用すると発表した。西川氏は「いまの日本のIT業界はサービス指向。サービスを考える能力と技術を考える能力は異なる。サービスを作るプロフェッショナルな人たちに、技術を作るプロフェッショナルのわれわれが技術を提供するのが、両社にとっての幸せになる」と話す。

 PFIは分析に用いるデータ取得のために自社でもサービスを一部展開しているが、今後も協業を中心に行っていく方針。「相手のニーズを聞きながら作りこんでいけるカスタマイズや共同研究がPFIにとっては一番いい」と考える。さらに受注ではなく、自由度が高い共同研究をすることで「エンジニアが思いつきでとんでもない製品を作る」ことを期待する。

pfi02.jpg PFIの連想検索エンジン「reflexa」を使ったサービス

システムを100倍速くすればいい

 高い技術力があれば、スモールスタートでも社会から必要とされる。「サーバが100台必要なら、システムを100倍速くすればいい。ちょっと頭をひねれば100倍くらいは速くなる」(西川氏)。こんなことがさらっといえるテクノロジ・ベンチャーは、なかなかない。エンジニア同士、社内でコンテストを行って技術の精度や速度を高めている。プログラミングコンテストの出場者が多いだけに「みんな燃える」。エンジニア100%の会社ならでは、だ。

 西川氏もエンジニアだ。2007年3月に修了した東京大学大学院ではスーパーコンピュータの研究を行っていた。そのためか会社については独特の考えを持つ。「会社のために働いているというエンジニアはどうなんだ、というイメージが私の中にはある。エンジニアは最終的に社会に役立つ技術を作っていくべき。会社はそれを加速させるための入れ物に過ぎない」と語り、「できるかぎりエンジニアが作った製品はデモの形でも外に出していきたい」という。ナイーブと取る人もいるかもしれないが、技術に対する思いが純粋なのだ。

pfi01.jpg PFIの代表取締役社長 西川徹氏

Haskellから社名を付ける

 PFIでいま一番引き合いが多いのはレコメンデーションエンジン。PFIは関連記事推薦エンジン「Hotate」と、ユーザーの評価をベースに新たな商品を推薦する「Ohtaka」を開発した。「最終的に人と情報が結び付き、人が欲しい情報を手に入れられるなら、手法は検索でも推薦でもいい。検索と推薦は最終的に融合する」と西川氏は予測する。

 検索ではグーグルの技術が知られるが、「われわれは検索を楽しく使いたいユーザー、もやもやを解消したい人などの中間層を狙っている。そのために検索とレコメンデーションを提供している」といい、「グーグルと真っ向から対決する意識はない」と話す。自然言語処理系のエンジンの開発も行っていて、日本語環境での検索や推薦の精度を向上させる。「エンジニアの考えたことをいかにうまく(市場の)ニーズと結び付けるのか、その最速のパスを考えていかないといけない」(西川氏)。

 Preferred Infrastructureという変わった社名は、「Haskell」に代表される「Purely functional programming language」(純粋関数型言語)から来ている。社員の1人がHaskell好きで「Purely Functional」を社名に使いたいとなったが、一般的でないと判断。そのため略語のPFに語感からIをつけて、PFIとした。そして、会社登記の1日前にPFIからPreferred Infrastructureとすることを決めたという。社名の由来までエンジニア100%なのだ。

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(@IT 垣内郁栄)

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