モジラCEOのジョン・リリー氏

「iPhoneはウェブじゃない」、モバイルFirefoxが目指すもの

2008/06/27

 Mozilla Firefox 3の出足が好調だ。公開後24時間で800万件を超えるダウンロードを記録。6月18日の公開以来、9日が経った6月27日現在は世界で2252万件のダウンロードを数えている。日本国内からのダウンロード数は110万件を超えた。

 アクセス集中によるサーバ負荷への対応など、あわただしい1週間を過ごしたモジラ・コーポレーションCEOのジョン・リリー氏がリリースパーティーに参加するために来日。6月26日に都内で会見を開き、Firefoxの現在と未来について語った。

counter.png 刻々とFirefox 3のダウンロード数をカウントするモジラ・コーポレーションのWebページ(http://downloadcounter.sj.mozilla.com/)。2008年6月27日現在、全世界で2252万件のダウンロードを数えている。
firefox01.jpg モジラ・コーポレーションCEOのジョン・リリー(John Lilly)氏

「iPhoneはウェブではない」

 ブラウザ市場におけるFirefoxのシェアは、調査母体や地域によって違いがあるが、おおむねヨーロッパで20〜40%、比較的シェアの低い日本やアメリカで10〜20%だ。「すでにヨーロッパではFirefoxはメインストリームになっている。BRICsでの伸びも著しい」(リリー氏)。

 単体のコンシューマ向けOSSプロダクトとして、すでに大きな成功を収めつつあるFirefoxだが、リリー氏は「青い“e”という文字だけがインターネットではない。インターネットの使い方には選択肢があるのだということを伝えていきたい。FirefoxはOSSの素晴らしさを人々に伝え、参加することの価値を提供できていると思う」とモジラコミュニティの理念を語る。

 リリー氏が語る理念は大きく3つある。選択の自由があること、(選択すべき技術仕様やソフトウェアが)オープンであること、標準準拠であることだ。

 元アップルの社員でアップル製品の愛用者でもあるリリー氏だが、iPhoneを例にオープンであることの重要性を訴える。

 「注意しておかないと、すぐにプロプライエタリな技術にロックインされる。ビデオやモバイルは、その好例だ。iPhoneはライセンス上、FirefoxもサンのJavaも、アドビのFlashも搭載できない。ライセンスの問題で、われわれはアップルのSDKを使えない。アップルは、こうした制限はセキュリティやパフォーマンス上の理由だと説明しているが、本当はビジネス上の理由だと私は思っている」。

 「私はiPhoneを使っているし、とても気に入っているが、これはウェブではない。App Storeはアップルという単一の企業が管理・運営していくもので、どのアプリケーションを流通させるかはアップルが決める。これはオープンとはいえない。インターネットでアプリケーションを公開するために、誰かに頼んだり、ライセンス料を払ったり、あるいは気兼ねすることなどない。ただ単にアプリケーションを作って配布するだけだ」。

 同様の理由で、リリー氏は日本のモバイルインターネットの世界も「インターネットではない」と指摘する。

“標準準拠”にも大きな違いがある

 2008年3月3日、マイクロソフトのInternet Explorer開発チームは、次期バージョンのIE8で、デフォルトのレンダリングモードを、後方互換性よりも標準準拠を重視した新しいものとすると発表した。各Webブラウザの「標準サポート」は進んでいるように見える。

 こうした見方にリリー氏は懐疑的だ。

 「標準にはいろいろあるし、実装も異なる。例えばモジラではCanvasやSVGはサポートすべき標準だと見なしているが、IEは違う。グレーゾーンも多い」。

 CanvasはWebKitのコンポーネントとして開発された2次元グラフィック向けの規格で、JavaScriptやHTMLタグでグラフィック要素を生成したり操作したりできる(モジラのCanvasの日本語入門記事)。WebKit(Safari)に続いてFirefoxやOperaがCanvasをサポートしているが、IEはCanvasをサポートしていない。2次元ベクトルグラフィック向けのマークアップ言語、SVG(Scalable Vector Graphics)についても同様だ。CanvasはW3Cで策定作業が進められているHTML5に含まれている。SVGは2001年にW3Cで標準仕様として勧告されている。

JavaScriptはもっと速くできる

 開発コードネーム「shiretoko」(知床)と名付けられた2008年後半リリース予定のFirefox 3.1では、HTML5に含まれるvideoタグ、audioタグをサポートする予定だ。Webブラウザ上でビデオを再生するには、今のところFlash、QuickTime、Windows Media Playerなど、何らかのプロプライエタリな技術が必要だ。こうした状況は「1年や2年では変わらないだろう」としながらも、標準仕様を確立してサポートしていくことの重要性をリリー氏は訴える。

 shiretokoではACID3への対応や、CSSサポートの改善、ダウンローダブル・フォントのサポートなどを予定している。Firefox 3で大幅に高速化されたJavaScriptエンジンのパフォーマンスについても、まだまだ改善の余地はあるという。

 「JavaScriptはフル機能を備えたプログラミング言語で、日々、洗練されたアプリケーションが作成されている。まだパフォーマンスを改善するためにできることはたくさんある。今後は暗号処理など重たい計算をJavaScriptで行うなど、もっと多様なアプリケーションが登場するだろう」

モバイル版Firefoxは先行するWebKitに追いつくか

 現在Firefoxで取り組んでいるプロジェクトには、shiretokoのほか、次世代バージョンであるFirefox 4や、モバイル版「Firefox Mobile」がある。Firefox 4は年内に登場することはないというが、モバイル版Firefoxの方は数カ月以内に早期バージョンをリリース予定だという。

 モバイルや組み込み向けでは、Safariで使われているレンダリングエンジンのWebKitが存在感を増していて、FirefoxおよびそのレンダリングエンジンであるGeckoは、遅れを取っているように見える。リリー氏はモバイル版FirefoxのターゲットとなるOSとして真っ先にLinuxを挙げるが、LiMoファウンデーションでも、Androidでも、そのソフトウェアスタックにはWebKitが含まれている。

 WebKitは標準技術との互換性の高さや高速なレンダリング、フットプリントの小ささなどから“インターネット・コンポーネント”として多くのオープンソースプロジェクトに取り込まれている。iPhoneでもWebKitを採用するなど、開発者の注目を集めているのは間違いない。

 分類からすればGeckoもWebKitもHTMLやCSSのレンダリングとJavaScriptの処理系を備えたエンジンだが、GeckoではさらにクロスプラットフォームでGUIを作るためのXUL(XML User Interface Language)が含まれるなど、Firefoxと不可分だ。単にHTMLを処理したいだけであれば、Geckoよりも、よりコンパクトなWebKitを選ぶのは自然だ。

レンダリングエンジンとWebブラウザの違い

 モジラ・ファウンデーションはLiMoファウンデーションのメンバーとして参加しているが、「まだ何ら決定は下されていない」(リリー氏)といい、LiMoプラットフォームが標準搭載のWebブラウザとしてモバイル版Firefoxを採用するかどうかは不明だ。

 ノキアのLinuxベースの最新のインターネット端末「Nokia 770/800」にはFirefoxが搭載されている。こうした例はあるが、すでにモバイル端末に搭載されて出回っているWebKitやOperaとは数の点で比較にならない。モバイル版Firefoxが入り込む余地はあるのだろうか?

 「確かにWebアプリケーションの一部や、ウィジェットのような小さなアプリケーションは、直接レンダリングエンジンの上で動作するようになるかもしれない。しかし、単なるレンダリングエンジンとWebブラウザは違う」。

 「モバイル端末がいくら普及しても、より一般的な用途に使えるPCがなくならないのと同様に、WebKitのようなレンダリングエンジンが普及しても、より汎用的に使えるWebブラウザというものの必要性はなくならない」。

ユーザー体験を左右する機能の数々

 リリー氏が指摘するのは、Webブラウザを使ったユーザー体験を左右するのはレンダリングエンジンではなく、Webブラウザまで含めたUIだということだ。

smartl.png Firefox 3で搭載されたスマートロケーションバー

 例えばFirefox 3では「スマートロケーションバー」という機能が新たに搭載されている。URL欄に文字をタイプすると、過去3ヶ月以内に閲覧したページのタイトル、URL、ブックマークに付けられたタグなどを一括してインクリメンタルサーチして、リストアップする。頻繁(ひんぱん)に訪れるWebサイトは上位に現れるため、頻繁に訪れるWebサイトはブックマークする必要がないほどだ。

 「Firefox 3をリリースした直後には、『URLバーを壊しやがって』とネガティブな反応をするユーザーもブログで見受けられた。でも、そうした反応は最初だけ。1週間使ってみてください、きっと元のWebブラウザに戻れなくなりますから」(リリー氏)。

 ユーザーが自由に機能を拡張できる「アドオン」も、WebブラウザとしてのFirefoxの人気の秘密だという。

 「eBay用アドオンやブログ投稿用アドオン、あるいは開発者向けで人気のある開発ツールのFirebugなど、特定のアドオンが理由でFirefoxに固執するユーザーも多い。現在、約5000のアドオンがあり、すでにそのうち80%程度がFirefox 3と互換性がある」。

 このほかFirefox 3では、ワンクリックブックマーク、「よく見るページ」フォルダ、テキストだけでなく画像も合わせて拡大表示する機能などの新機能を搭載する。

モバイル版Firefoxをデモ

 「グローバルなモバイルインターネットは、まだ初期の段階」というリリー氏は、モバイル端末でのWebブラウザのUIについても、まだ模索段階にあると指摘する。

 「iPhoneが究極のUIじゃないということをメッセージとして出していきたい。いまモジラ・ラボでは、いろいろなUIのプロトタイプが出てきているところだ」。リリー氏はMac OS XのFirefoxで動くモバイル版Firefoxのデモンストレーションを披露。モバイル端末の狭い画面を想定したUIを動かして見せた。

 まだ実験的という印象が強いが、例えばモバイル端末の狭い画面でも使いやすいように、普段は画面の横にナビゲーションバーを隠しておいて、ポインタ(おそらく指)でフリップすることで画面に「戻る」などの操作ボタンが現れるといった動作や、複数のタブをサムネイルで表示して切り替えるといった動的なUIは、直感的だ。

firefox02.jpg モバイル版Firefoxのデモンストレーション画面。Mac OS X上のFirefoxの中で動いているが、実際には描画画面だけがモバイル版Firefoxの画面になるという。タブやブックマーク画面をサムネイルで表示し、サムネイル画像をポインタで並べ替えられる
firefox03.jpg ナビゲーションのためのメニューなどは画面の外に隠れており、ポインタでフリップすることで画面に出てくる
firefox04.jpg ブックマークリストの画面。サムネイル画像やタグが並ぶ

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(@IT 西村賢)

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