[Analysis]

変貌する秋葉原

2005/04/05

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 秋葉原地区再開発事業の中核プロジェクト「秋葉原クロスフィールド」が3月31日、中核施設である「秋葉原ダイビル」のオープンで陽の目をみるようになった。エヌ・ティ・ティ都市開発とダイビル、鹿島のデベロッパ3社が「秋葉原1街区および3街区(合計1万5728平方メートル)」にIT産業の世界的な拠点を築くという名目で着々と計画が進められてきた。2006年3月には「秋葉原UDX」という地上22階のハイテクビルもオープンする予定。秋葉原駅前の様相は、これらの高層建築物の登場によって一変することになる。

 「秋葉原クロスフィールド」プロジェクトの背景には、石原慎太郎東京都知事が音頭をとって推進する東京都の街づくり構想「東京構想2000」と、この長期構想を踏まえて設計された「秋葉原地区まちづくりガイドライン」が控えている。

 「東京構想2000」において、秋葉原地区は“電気街が持つ魅力や世界的知名度に支えられた集客力を活用し、コンテンツ創造産業やASP・ISP事業などのIT関連産業の集積を促進していくことにより、高付加価値なビジネス市場を創造するとともに、IT関連産業の世界的な拠点を形成していく”地域と位置付けられている。2001年段階で発表された「秋葉原地区まちづくりガイドライン」において、地区開発の整備計画については、ある程度明示されているが、“導入機能などの土地利用の具体的な方針(計画)については明確化されていない状況にある”という課題が残されていた。そして、2005年3月31日の「秋葉原クロスフィールド」オープン時においても、実際に具体的な方針を説明する時間は設定されなかった。

 とはいえ、地域の再開発計画という容れ物の改造作業を指揮するプレイヤーたちが、ソコで何をするのかという具体案まで構想するのは役不足というものだろう。区画を整理し、鉄道などの交通網を矯正し、施設を建設することで、まずは従来と違う環境がかたちづくられることになる。人が集まるインフラストレクチャを構築すること、そして、できれば、世界的なIT拠点として生まれ変わるだろう秋葉原に相応しい人々が集う環境を用意することが、まずは最初の課題として、主要プレイヤーの頭の中にあるのかもしれない。そこで何を行うかは、容れ物ができてからでも遅くはない。

 電気街としての秋葉原、そして、いまではコンテンツマーケットとしての秋葉原という世界でも類を見ないユニークな存在であるこの街の変貌の歴史は、自然発生的なマーケットの増殖にその特徴をみることができる。この街の変化にグランドデザインはあまり似つかわしくないのかもしれない。秋葉原がいま迎えている変化は、だから、これまでの変化とは、その種類が明らかに異なるものだろう。今後、この街がどのように変貌するのかは静観するしかないが、それだけは確かな気がする。

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