[Analysis]
Amazon Kindleの本当の「怖さ」をあなたは知らない
2012/09/10
9月6日のKindle新製品群の発表で、米アマゾンCEOのジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)氏は、「ガジェット」という言葉に×をつけ、「サービス」だと強調した。にもかかわらず、Kindle Fireに関するメディアの記事のほとんどは(米国メディアを含めて)ハードウェアスペックの話に終始している。
「昨年、2ダース以上のAndroidタブレット機種が市場に投入されたが、誰も買わなかった。なぜか。ガジェットだからだ。人々はもはやガジェットを求めていない。サービスを求めている。時が経つに連れて改善していくサービスを求めている。毎日、毎週、毎月、毎年よくなっていくサービスだ。Kindle Fireはサービスだ」とベゾス氏は話している。
ベゾス氏が「サービス」という、ある種陳腐化した言葉を担ぎ出して表現したために、目新しさを感じた人が少なかったのかもしれない。ハードウェアはそれだけではもはや勝負にならず、コンテンツのエコシステムやサービスが重要なことはだれもが知っている。日本のゲーム機やiモードから始まり、iPhone/iPadやAndroidでもコンテンツ・エコシステムは中心的テーマだが、ベゾス氏は、単にコンテンツを提供することがサービスだと言っていたわけではない。
アマゾンのすごさ、あるいは怖さは、電子書籍やビデオ、Androidアプリなどのコンテンツの仲介者となるだけでなく、自らの高度な技術を適用することで、他人のコンテンツに付加価値を直接的に与えるサービス機能を、着実に進化させてきていることにある(一方、将来に向けて従来とは異なるコンテンツ流通のハブになるための取り組みも進めているが)。
アマゾンは基本的にデジタルコンテンツの販売者であり、権利者ではない。そして、(特に米国の)現在のユーザーにとって音楽やビデオなどのデジタルコンテンツの入手元の選択肢は広い。それをどのように、アマゾンから買ってもらい、また買い続けてもらうか。おそらくアマゾンは、なによりもユーザーに対してどれだけ「sticky」になれるかを最優先に考えているはずだ。
アマゾンは、最終的にハードウェアを売ることを目的にしている他社とは違うゲームを戦っている。PCや、他社のハードウェアプラットフォーム上でオンラインデジタルコンテンツのサービスを使えるようにしているだけでは所詮、one of themでしかない。自社ができるだけユーザーにとってstickyな存在であるためには、すなわちできるだけ高いマインドシェア、時間/サービス消費シェアを獲得し続けるには、自社サービスに最適化された端末を浸透させる必要があると考えて、初代Kindle Fireを出したのだろう。いつも使っている端末だから、その端末から使いやすいデジタルコンテンツサービスであるAmazonを使う、そしてAmazonのデジタルコンテンツサービスが他と違うから、ますます使い続けるようになる、というサイクルが回っていけば、アマゾンにとっては最高のシナリオであるはずだ。
この意味でのstickyさを実現するために、アマゾンができることの1つは、Kindle FireからAmazonのデジタルコンテンツサービスを使うことを促進するような、使い勝手のよさや機能を増やしていくことだ。新たなコンテンツの利用スタイルを切り拓くものであればあるほどstickyになる。
新Kindle Fireのサービス機能についてはこちらの記事をご覧いただきたい(Kindleのこれらのサービスは残念ながら、基本的には米国のユーザーおよび米国内での利用に限定される)。オーディオブック市場が確立している米国のユーザーにとって便利そうなのは「Immersion Reading」と「Whispersync for Voice」。どちらも、新たなコンテンツの消費スタイルを提案する取り組みだといえる。
Immersion Readingは電子書籍と、オーディオブックのナレーションをワードレベルで完全に同期させ、読みながら聞けるというものだ。ナレーションで読まれている個所が次々にハイライトされていく。これなどは、同期を技術的にどのように実現しているのか、非常に興味がわく。
また、Whispersync for Voiceでは、オーディオブックのナレーション再生を止めた個所から、別端末で電子書籍を読み進められる(その逆も可能)。ちなみに、この機能で連携しているオーディオブックコンテンツ企業、Audibleはアマゾンの子会社となっている。「オーディオブックは読書の時間を拡張してくれる。われわれはさらにこれを拡張したいと思った。それがWhispersync for Voiceだ」とベゾス氏は説明した。
さらに興味深いのは「X-Ray for Movies」だ。Kindle Fire HDに限定の機能だが、映画の画面をタップするだけで、そのシーンに登場している俳優に関連する情報が見られる。これは顔認識技術で俳優(役柄)と登場シーンをひも付ける処理を行っているのかもしれない。もともとアマゾンは、Kindle で「X-Ray」という機能を提供しており、今回から「X-Ray for Books」としてKindle Fireでも使えるようになった。小説なら登場人物の説明や登場個所が瞬時に分かる。これも電子書籍の文字情報から、自動的にキーワードを抜き出して処理することで実現した、ユニークな機能だ。
これらは皆、アマゾンの持つITのパワーを活用して、コンテンツのより柔軟な利用や、より立体的な利用という点での付加価値を高める取り組みだと理解できる。コンテンツ自体を統計処理したり、タグを埋め込むなどの処理を加えているところが、今後の他のサービスの可能性を考えるうえでも興味深い。
アマゾンは以前プレスリリースで、X-Rayについて「アマゾンは言語処理および機械学習に関するノウハウ、Amazon S3/EC2の膨大なストレージおよびコンピューティングのリソースへのアクセス、さらに書籍やキャラクターに関する詳細な情報のライブラリに基づいてX-Rayを構築した」と説明していた。今後もさらに、コンテンツ自体の処理を含めて、ユーザーのコンテンツ利用体験を変えるためのITパワーの活用を模索していくだろう。
そして忘れてはならないのは、Kindle Fireが搭載している「スプリットブラウザ」のAmazon Silkだ。SilkをWebブラウザとして利用すると、ユーザーのインターネットへのHTTPアクセスは基本的にすべてアマゾンを経由することになる。アマゾンがSilkを発表した当時、プライバシー保護団体から個人情報の取得について懸念の声が相次いだ。アマゾンは自社のプライバシーポリシーに基づいて、ユーザー情報を扱うとしていたが、少なくとも詳細なユーザーのWebアクセス履歴を取得できるようになっていることは事実だ。これを活用して、Amazon.comのレコメンデーション機能の改善、さらにはグーグルが基盤としている広告ビジネスまでを将来本格展開する可能性も否定できない(実際、アマゾンは今回、すべての端末で広告表示機能をオフにすることはできないといったん説明し、その後Kindle FireとKindle Fire HDのみ15ドルを追加で支払えばオフにできると訂正した)。
上記をすべて考え合わせると、Kindle Fire/Kindle Fire HDがガジェットではなく、アマゾンの「サービス端末」だということがますます強く認識されてくる。アマゾンが目指しているのはタブレット端末のリーダーになることではない。ウォークマンがそうであったように、コンテンツの利用体験を変えていくことだろう。繰り返すが、デジタルコンテンツ自体に情報や機能を埋め込んでいこうとしているところに注目したい。
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