[コラム:Spencer F. Katt]
フレスナーの「哀愁のマンデー」
2003/6/17
先週月曜日の夜、ダラス・フォートワース空港でバーボンのダブルを飲み干したら、酔いがまわって、まるでサミー・ソーサのバットみたいに、頭の芯にコルクが詰まったような気分になった。その日、朝から晩までマイクロソフトの「Tech-Ed」に出席していた吾輩は、飲まずにはいられなかったのだ。
ゲートで搭乗案内を待つ間、吾輩は考えた。もしマイクロソフトのイベント担当者たちがクレアボヤント(透視能力者)だったら、きっと上級副社長ポール・フレスナーの基調講演が始まる前に、ブームタウン・ラッツの「哀愁のマンデー」を流したに違いない、と……。
実際に会場を盛り上げるために彼らが用いた手法は、バルマーなんかがよく使う手だけど、左半分の聴衆に「テック」、右半分の聴衆に「エド」と大声で交互に叫ばせるものだった。しかし、フレスナーはそれをかなり不快に感じたみたいで、ステージに上がると狂気のようなシュプレヒコールを直ちに止めさせた。吾輩には彼の神経質な振る舞いが、バットボーイに責任を押しつけるソーサのように見えたね。
その後、有力顧客を招いて行われたパネルディスカッションでも、フレスナーの憂鬱(ゆううつ)は続いた。SQL Slammerワームに話が及んだときだ。メリルリンチの技術グループ担当者は「とにかく最悪といえる事態だった」と当時を振り返り、コンチネンタル航空のITエグゼクティブも「事業計画が壊滅的な打撃を受けたとCEOに報告せざるを得なかった」と吐き捨てた。
その日の夕刻、吾輩はディナーの席で、フレスナーが「あれは完全にわれわれの失敗だ。攻撃の前に提供したSQL Serverの欠陥をフィックスするパッチにはインストーラがなかった。現在、すべてのパッチはインストーラとともに配布している」と、今日ではユーザーの共通認識となっている見方を追認するような態度を示している、という話を小耳にはさんだ。
そのディナーでも、フレスナーの哀愁は終わらなかった。彼は豪華な食事を前にして有力顧客から、同社とマイクロソフトの間で8カ月もの長期にわたった商談が結局、価格が折り合わずに不調に終わったことを告げられたのだ。ご愁傷さま。
さて、吾輩を乗せた飛行機は、ビッグ・アップルへと向かった。翌日のニューヨークでは、グランド・ハバナ・ルームを借りて、セールスフォース・ドットコムの新サービス発表会が行われた。発表会にはCRMサービス分野のライバル、セールスネットのCEO、マイク・ドイルも出席するつもりだったようだ。ところが、彼は会場に到着するやいなや、セールスフォース・ドットコムのCEO、マーク・ベニオフによって、ソーサのように退場を命じられてしまったのだ。
どうやらベニオフの個人的なメール・リストにドイルのアドレスがあって、そこに間違って招待メールを送ってしまったらしい。ベニオフとドイルの押し問答で、シガー・バーにはちょっと不穏な空気が流れた。そんな中、CRMサービス・プロバイダのアップショットのCEO、ケイス・ラッフェルが「自分だったら招待されても来なかっただろうな」と吾輩に話しかけてきた。「もっとも、最初から乱闘騒ぎになるって分かっていたら、話は別だけどね」
*Spencer F. Kattのコラムは毎週月曜日(月曜日休日の場合は火曜日)の更新予定です
[英文記事]
From Tech Ed security
bashing to Salesforce.com gate crashing
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