デジタルシフトが進展し、ITシステムが収益獲得の手段となっている今、「開発・運用の在り方」は「ビジネス展開」とほぼ同義になっている。DevOpsに取り組む企業も増えたが、成功例は少ない。その真因と「実践に欠かせない3要素」とは。
国内では2010年ごろから注目を集め、多くの企業が取り組むようになったDevOps。ITとビジネスが直結し、システム開発・運用が「ビジネス展開」と同義になっている今、内製化の潮流も手伝い実践する企業は増えたものの、成果を出している企業は限定的なようだ。
DevOpsはニーズの変化が激しい中、ビジネスを支えるITシステムの「タイム・トゥ・マーケットの短縮」「改善スピードの向上」を目的に、「標準化や自動化の推進」「属人化の排除」などを手段として行う。また、この目的のためには、プロセスや組織体制の整備、意識や文化の醸成も不可欠となる。
しかし、国内では「ツール導入」のような単発プロジェクトとして受け止められているケースが多い。多くの企業にDevOps関連製品・サービスを展開しているSB C&Sの加藤 学氏(ICT事業本部 技術統括部 テクニカルマーケティングセンター テクニカルフェロー)も、「チャレンジしている企業は多いが、継続できていない」と指摘する。
「DevOpsはIT部門に閉じた取り組みではなく、IT部門、ビジネス部門、経営層まで含めた『ビジネスをどう伸ばすか』という取り組みです。よって、経営環境変化に応え続けられるよう、取り組みを継続することが不可欠となります。こうした観点で見ると、DevOpsを実践できている、組織に根付いている企業はまだまだ限定的と言えます」(加藤氏)
一方、「国内企業特有の開発・運用体制がDevOpsの取り組みを難しくしていることも見受けられます」と指摘するのはヴイエムウェアの渡辺 隆氏(マーケティング本部 チーフストラテジスト−Modern Application & Multi-Cloud)だ。渡辺氏はアジャイル開発や内製化、ツールやプラットフォームを提供するベンダーの製品マーケティングの立場として顧客企業への啓蒙(けいもう)を行っている。
「日本における内製化の取り組みはWebやEC企業が先行しています。規模が大きい企業では、開発を複数のベンダーに委託したり運用を外部にアウトソースしたりするケースが多いのではないでしょうか。これを受けてDevOpsに積極的な企業でも、開発と運用を完全に内製化できている例はまだ少ないと感じています。SIerを巻き込んで内製化するには、開発・運用プロセスやインフラだけではなく、マインドセットから変える必要があります」(渡辺氏)
興味深いのは「DevOpsが根付いている企業ほど、『DevOpsを実践している』とは言わない」(渡辺氏)ということだろう。加藤氏は、「これは『ニーズにスピーディーに応え続けること』が当たり前のこととして定着しているため、そのための取り組みであるDevOps自体をあえて意識することがないからです」と話す。
では、これからDevOpsに取り組む企業は、先行企業から何を学び、DevOpsをどう実践していけばいいのだろうか。
まず認識すべきは、DevOpsに取り組む「目的」だという。DevOpsが求められる背景には経営環境変化の激しさがある。最初に要件定義を行い、長期間をかけて開発するウオーターフォール型開発では「完成時には既にニーズから乖離(かいり)している」など、変化に追随することが難しくなっている。
「DevOps最大の目的は、ビジネス変化の対応力を獲得することです。先が見えない経営環境の中では、“ビジネスの正解”を考え、それを基に開発するのではなく、“正解を模索し続ける”スタンスが求められます。つまり、ビジネスを支えるシステムを迅速に開発し、継続的に改善することが不可欠なのです。無論、これはウオーターフォール型開発を否定しているのではなく、向くシステム、向かないシステムがあるという話です。DevOpsの目的を正しく理解し、適材適所で実践することが重要です」(加藤氏)
その判断基準となるのが「スピード」だ。ビジネスやシステムには、次々にニーズが変化するため変化対応力が重視される、顧客接点となるSoE(System of Engagement)領域と、バックエンドのSoR(System of Records)領域がある。基本的に、DevOpsはスピード重視のSoE領域に向いている。
「意思決定とサービス開発・改善のスピードを上げることがDevOpsに取り組む最大の意義です。アジャイル開発をはじめ、これまでもウオーターフォール型開発の弱点を補完するプラクティスやアプローチはありました。そうした取り組みが成熟する中で、かつては技術的にできなかったことも、今はできるようになりました。DevOpsは“ウオーターフォール一辺倒の開発スタイル”を脱却する手段とも言えるでしょう」(渡辺氏)
では、実践する上で何がポイントとなるのか。まず留意すべきは、前述のように「ツール導入やプラクティス導入ではない」という点だ。
「実践を支えるテクノロジーがそろっている半面、ともすれば『CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)パイプラインを作ることがDevOpsだ』といった誤解も生じやすくなっています。そもそも『これをやればDevOps』というものではありません。企業の経営環境、ビジネス目的、開発・運用の在り方は各社各様。従って、ニーズに迅速に応え続けるための意思決定や、開発・運用の在り方、最適な技術も、各社各様です。答えは各企業の中にしかないのです」(加藤氏)
“自社なりの在り方”を得るにはどうすればよいのか。加藤氏は「3つの構成要素」で考えることを勧める。1つ目は人、カルチャー、組織といった「人の側面」、2つ目は業務の仕組みや開発・運用スタイルなどの「プロセス」、3つ目はDevOpsを実現するための「テクノロジー」だ。
「前述のように、DevOpsは『自社ビジネスの変化対応力を向上させ、どう伸ばすか』という全社的な取り組みです。従って、人、プロセス、テクノロジーをセットで捉え、ニーズに素早く応え続ける上で、それぞれどの程度成熟しているのかを考えます。例えば『人やプロセスは整っていて、テクノロジーを補完すれば実現できる』場合もあれば、『テクノロジーを導入して、できることを増やしながらプロセスや人を変えていく方が迅速に実践を目指せる』場合もあります。無論、3要素のありようは各社各様ですから、各社独自の進め方が求められます」(加藤氏)
こうした“DevOps実践に向けた取り組み”を、より具体的に言うなら、「ニーズに応え続けるために、10+ Deploys Per Day(1日に10回以上デプロイする)を実現できる人、プロセス、テクノロジーを整備する、ということになります」と、渡辺氏は解説する。
「DevOpsは2009年、オンライン写真共有サービスの提供企業、Flickrのエンジニアが、ニーズに応え続けるために『1日10回以上デプロイしている』ことを発表したのが始まり。これを実現できる人、プロセス、テクノロジーを実装することがDevOpsの本質だと理解されました。例えば、意思決定という人の側面、承認などプロセスの側面、実行というテクノロジーの側面、1つでも欠けたら10+ Deploys Per Dayは実現できません」(渡辺氏)
これは前述のDevOpsが向く領域の判断基準にもなる。例えば基幹システムなどに10+ Deploys Per Dayは必要ないだろうし、一般顧客向けのフロントシステムなら、場合によっては100 Deploys Per Dayが必要な場合もあり得る。
「いまやITはビジネスの一部。“DevOps実践に向けた取り組み”とは、自分たちのビジネスをどう作っていくか、どう伸ばしていくかという取り組みに他ならないのです」(渡辺氏)
では、“自社なりの3要素の在り方”を見つけるにはどうすればよいのか。加藤氏が述べたように、“在り方”を特定のパターンに分けたり、テンプレート化したりすることは難しい。ただ、SB C&Sでは「在り方を探る上で有効なアプローチ」は整理できているという。特にテクノロジーについては、さまざまなツールが出そろっており、確実に取り組みやすくなっている。
「例えば開発領域では、バージョン管理ツールやビルド・テストを自動化するツール群、デプロイパイプラインを整備し、継続的デプロイを行えるツール群などがあります。運用面でもコンテナプラットフォームやオブザーバビリティツールなどがそろっており、これらを適切に組み合わせることで“各社各様の手段”を整備できるようになっています」(渡辺氏)
加えて現在は、コンテナやマイクロサービスアーキテクチャによるモダンアプリケーションの開発、運用を支えるKubernetesを用いたプラットフォーム製品「VMware Tanzu」も登場している。SB C&Sはこうしたテクノロジーの側面はもちろん、人、プロセスの側面も含めて、“有効なアプローチ”に沿ってDevOps実践を包括的に支援しているという。
それがSB C&Sの「DevOps Hub」と呼ばれる支援サービスだ。DevOps Hubでは、“自社なりの3要素の在り方”を見つけるためのコンサル、実践に向けたトレーニング、実践手段となるDevOps関連製品・サービスをセットで提供しているという。
具体的には、「考え方を学ぶ」「自社を知る」「成功体験を作る」「DevOpsプラットフォーム構築」「製品トレーニング」「テクノロジーソーシング」「ビジネス戦略、業界コンサルティング」という7つのサービスメニューを用意。As IsとTo Beを比較しながら、取り組みのロードマップを作り、企業がDevOps実践によってITを主体的にコントロールできるよう支援するという。
「『提供する』のではなく、DevOps実践に向けてアドバイザーとして伴走するスタイルです。メニューの中では、サービス・システムを着想してからリリースするまでの一連のプロセスを可視化し、ボトルネックを特定・解消するバリューストリームマッピング研修や、DevOpsの考え方を体験するロールプレイ研修なども行っています」(加藤氏)
ロールプレイ研修はDevOps関連書籍として広く知られる『The Phoenix Project』(※)に沿って、架空の会社でDevOpsを実践し、売り上げと株価の増加を体験できるものだという。DevOpsの在り方を具体的に理解できるとして好評を博しているそうだ。両氏は、このように支援体制がそろっていることを基に、強く“実践”を勧める。
「弊社では、DevOpsを『ITに関する組織活動であり、ビジネス価値を最大化すること』と定義しています。ディストリビューターとして幅広い製品・サービスを取り扱ってきた知見・実績も生かしつつ、お客さま各社のビジネス価値を最大化することを目的に、DevOps実現に向けて共に走りたいと考えています」(加藤氏)
「ITサービス・システムが収益獲得の手段となり、ニーズに迅速に応えることが差別化の一大要素となっています。金融、保険、小売りなど、多くの業種でデジタルの力を前提としたビジネスモデルが求められている今、DevOpsは不可欠な取り組みです。難しく思えるかもしれませんが、実は最大のハードルは最初の一歩。実践することが何より大事です。ロールプレイ研修などを利用し、まずは雰囲気をつかんでみてはどうでしょうか」(渡辺氏)
(注)※ジーン・キム著/邦題『The DevOps 逆転だ!』:日経BP/2014年。DevOps実践に向かう企業の取り組みを描いた小説。「3カ月で新サービスをリリースできなければ部門がなくなる」と、窮地に追い込まれた開発・運用チームが、数々の課題を解決しながらDevOps実践に至るまでを描いた物語。
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