エンジニアとしてスペシャリストの道を選ぶのか、あるいはマネージャとして組織の経営幹部を目指すのか。多くのエンジニアが突き当たるこの問題について、前回「エンジニア・5つのキャリアビジョン」(前編)では自分の目指すキャリアビジョンごとに、「30代で失敗しないためにはいま何をしておくべきか」をコンピテンシーの観点から説明した。
後編にあたる今回は、 「マネージャ、コンサルタント、経営幹部」など、キャリアビジョンごとに、いま企業やエンジニアの転職現場では、どのような「スキル」「キャリア」が求められているのかを紹介していく。 今回はエンジニアの人材マーケット事情に詳しい、東京エグゼクティブ・サーチのチーフコンサルタント、北村博之氏に聞いてみた。
「プロマネ」を目指すのが現実的なキャリア選択
スペシャリストの道を選ぶのか、あるいはマネージャとして組織の経営幹部を目指すのか。これは、多くのエンジニアが30歳前後で突き当たる問題だ。IT系人材の転職を多数手がけてきた東京エグゼクティブ・サーチのチーフコンサルタントの北村博之氏は、「これからは、マネジメント能力がないエンジニアは転職活動も難しい」といい切る。
「例えば35歳くらいのスペシャリストといっても、マネジメント能力とか、ある部分ではゼネラリスト的な能力を持っていないと、なかなか転職活動がスムーズに進まないというのが現実です。仮に採用されたとしても、単なるスペシャリストと、マネジメント能力を兼ね備えた人とでは、年収に大きな開きが生まれます」
最初は小さなプロジェクト、しかも下流の部分に一スタッフとして参加し、少しずつ人数が多いプロジェクトにかかわっていく。また、ポジションも、スタッフレベルからそのプロジェクトを自分がマネジメントしていくところまでだんだん拡大していき、最終的には、上流から下流まですべてを網羅するプロジェクト・マネージャに――北村氏の話を踏まえれば、エンジニアのキャリアとしてはこれが最も現実的な選択ということになる。
北村氏によると、1つの区切りとなるのが「30歳」。20代前半からエンジニアとしてのキャリアをスタートさせ、4、5年の経験を積んだ後に30歳前後でプロジェクトのリーダークラスを任される。そこから5年、35歳くらいで大規模プロジェクトのマネジメントを任されるようになれば、「エンジニアのキャリアとしては理想的」だという。
競争力のあるキャリアはどうつくればいいのか?
とはいえ、「プロジェクト・マネージャを任せられるような人材は圧倒的に不足している」のが現実だ。少し職務領域がズレればまったく異なる専門性が求められるのがエンジニアの世界。最近、北村氏のところには、Webシステム開発、金融系システム設計、ERP、SCM、CRMなど業務系パッケージの導入コンサルタントの求人が比較的多く舞い込んでいるという。
この中で最もハードルが高いのは金融系システム。なぜなら、銀行や証券といった金融の業務知識をきっちり持っていないと、そもそもシステム設計などできないからだ。また、ちまたでは「下火」ともうわさされるERP関連の人材もいまだに人気がある。
「確かにERP関連の求人件数は業界的には下火といわれていますが、これから導入しようという企業はたくさんあるので、人材ニーズも高いですね。特にニーズがあるのは、財務会計の分野と、生産や物流、販売、在庫管理などの分野です」
もっとも、一口にERPといっても、SAP系が欲しいところもあればOracle系が欲しい企業もある。その点、自分がどちらのシステム導入の業務をやってきたかで、転職条件が大きく変わってくる。
「最近は会計系ファームのコンサルタントを希望する人も増えていますが、エンジニアのときにSAPでもOracleでもどちらでもいいので、導入経験がないと厳しいですね。経験年数としては2年程度あれば大丈夫です。応募者のレジュメを拝見し、SAPの導入経験があったりすると、こちらからコンサルタントを勧めることもあります。年齢的には30歳前後がベストです」
実は、こうしたコンサルタントの経験は、エンジニアとしてのキャリアをブラッシュアップすることにもなる。
「コンサルタントには業務知識、テクニカルなバックグラウンドの両方が不可欠です。コンサルタントとなるには業務知識が必須なので、次第に経営的な部分が見えてくる。例えば24、25歳から29歳までエンジニアとしてSAPの導入を経験した後、30歳から今度はSAPのコンサルタントを経験し、業務知識を身に付ける。そこに語学力がプラスアルファされていたりすると、35歳ころには、非常に競争力のあるキャリアが積まれているわけです」
若手エンジニアに人気のコンサルタントは“狭き門”だが、必ずしもコンサルタントにならなければ業務知識が習得できないわけではない。
「最近、大手のコンサルティング会社にERPコンサルタントとして転職した方の前職はエンジニアでした。この方の場合、何が決め手になったのかというと、コンサルタントがさまざまな会社へ提案に行く際に必ず同行していたのです。これを繰り返すことで、自然に業務プロセスが頭に入ってきた。結果的に見れば、この経験が転職を可能にした大きな要因でした」
仮にエンジニアとして、コツコツ働いているだけだったら、恐らく転職活動は成功しなかったのではないだろうか。
「エンジニアは仕事量も多く、毎日大変だとは思いますが、日ごろから意識的に視野を広く持つ。あるいは自分の専門領域外の仕事であり、また浅い知識であっても構わないから、少しでも吸収していくという姿勢が、後々になってとても生きてきます」
もちろん、専門知識はベースとして当然必要だが、それだけだと競争力のあるキャリアはつくれない。どうしても選べる仕事も限られてくる。息の長いエンジニアを目指すのであれば、ぜひ自分の可能性を広げることを意識するべきだろう。
「プロマネ」後のキャリアに必要な条件とは!?
では、プロジェクト・マネージャまで上り詰めたとして、その後のキャリアにはどのような展開があり得るだろうか。
まず考えられるのは、現在の会社にずっととどまるのか、それともどこか別の会社に転職するのか、この二者択一だ。自分自身の価値観にもよるだろうが、転職しながらキャリアアップしていく方法もある。もし、いまの会社にまだまだ成長する余地があり、自分の能力で伸ばしていけるポジションにいるのであれば、技術のバックグラウンドを持ちつつ経営幹部を目指す方法もある。最近よくいわれる「CIO」という役職がこのパターンだ。
ただ、社長を技術面からサポートするには、当然マネジメント自体も分かっていなければ務まらない。いずれにせよ、プロジェクト・マネージャにまで上り詰めた後、会社に残るかどうかは、その企業が将来どうなるのかの見極めがポイントになる。いまの日本では、CIOという職種のニーズはまだ少ないが、将来的には、必要に迫られる時期がくるだろう。
では、思い切って「起業」という選択肢はどうか。近年、エンジニア出身者が起業する例は多いが、現実はかなり厳しいようだ。
「エンジニアの方は、技術のことはもちろん詳しいし、そのうえ、人脈もあり、経営を多少知っている人であれば、起業したくなるのも自然な流れだと思います。ただ、ネットバブルの崩壊という状況もあるが、人脈だけではそう簡単にお金にはならないのが現実です。起業に失敗して、当社に相談にくる方も増えています」
30歳から35歳までの間に勝負をかける!
話を元に戻そう。冒頭で述べたとおり、「35歳で大規模プロジェクトのマネージャになる」のが、“現実的な選択”だとすれば、「いま」一体何をしておけばいいのか。第一線で働くエンジニアはまさに多忙を極める。毎日の業務に追われ、自分のキャリアをゆっくりと考える時間も取りにくいことだろう。
「できる限りマネジメントスキルを磨くようにするべきです。担当レベルでプロジェクトに入ったとしても、自分に与えられた仕事だけをやるのではなく、できるだけプロジェクト全体を意識する姿勢が大事です。自分の職務領域だけ分かっていればいいというのではない。これはリーダーがやることなのだけれども、プロジェクトがどう進んでいくのか、それをいつも頭の中に入れながら、かつ理解してやっていくというのがすごく大切です」
例えば、人員、工期不足でボトルネックにハマりそうなプロジェクトのメンバーとなったら、そのようなときこそ「問題解決能力」を磨くチャンスと考えたい。プロジェクトは、常に「業務要件との隔たり」「スケジュール遅延」や「コスト超過」といったリスクをはらんでいるからだ。
プロジェクト・マネージャとして評価される要件には、プロジェクトの内容、規模などに加えて「難易度」が含まれる。最初は手探りでも構わないが、リーダーのマネジメント手法を観察し、「自分がリーダーだったら、こういう対策を講じる」など、常にシミュレーションしておくといいだろう。
このような積み重ねは後々必ず生きてくる。「問題解決能力」や「調整能力」も次第に身に付いてくることだろう。逆にそうした姿勢で働いていなければ、数年後にプロジェクト・マネージャになってからメンバーを統括していくことができない。自分だけの職域に入り込まず、常に全体を見通していく。その姿勢がエンジニアとしてのキャリアを広げるきっかけになるのだ。
実際、35歳から40歳くらいで転職する場合、企業は完全にマネージャとしての能力を見てくる。マネジメント能力の有無で、最低1〜2割は年収が変わってくることもある。そのうえで「英語力」や「財務諸表」を読む能力があれば、ライバルに大きく差を付けることが可能だ。北村氏が特に勧めるのが「英語力」のアップだ。
「英語ができると転職活動はかなり有利になります。例えばエンジニアで、『こういうシステム設計ならば英語でドキュメントにまとめられる』『英語で交渉もできるし、会話もできる』となれば、外資系企業だけでなく、日本企業に転職する際にも有利です。TOEICでいうと、できれば800点。でも、700点くらいあれば強みになるでしょう」
技術力や技術知識があり、英語力もあれば、5年後、10年後のキャリアを考えるうえで、選択肢も広がってくる。最近も、コンサルタント経験がないにもかかわらず、英語力を武器にエンジニアからERPコンサルタントへ転職した人もいるという。実際の職務は自動車メーカーに対する生産管理のコンサルティングだ。
「その人はあるIT系コンサルティング会社のロンドン支店でエンジニアをしており、『そろそろ日本に帰りたいので、どこかいい会社はないでしょうか』と相談を受けました。エンジニアとしても非常に優秀で、スキル面での条件は満たしていたのですが、紹介先が外資系ということで、スキルに加えて英語力のあることが大きかったと思います。企業側も、『英語力のあることがプラスに働いた』と話していました。年齢は35歳くらいだったのですが、わずか2回の面接ですんなりパスしました」
最近、北村氏のところを訪れる34、35歳の人の中には、「もっと英語を勉強していればよかった……」と後悔する人も少なくないという。
コミュニケーション力が重視される時代
もともと、エンジニアにはスペシャリスト志向の強い人が多い。しかし、これまで述べたように、今後求められる「エンジニア像」は大きく変わりつつある。一エンジニアとして専門を究めるつもりならまだしも、積極的に自分のキャリアを考えていくのならば、発想の転換が必要になってくる。
「これからのエンジニアはコミュニケーション能力が重要視されてきます。例えばITコンサルタントなどは、そもそもコミュニケーション能力がなければできません。顧客との折衝もどんどん増えている中、コミュニケーション能力が非常に乏しい人は、どんな分野に行ったとしても不利です」
前段で紹介した英語力の高いエンジニアの場合も、単に英語がうまいということだけでなく、「英語力を含めたコミュニケーション力の高さ」が決め手になったと、北村氏は強調する。
「企業に紹介するときは、技術スキルや経験などある程度のスペックがかなっていることが前提なので、技術力以外の部分が重要なポイントになります。企業側が気にかけるのは、自分の職務内容やスキルレベルをうまく説明できるかとか、論理的に話せるかといった『コミュニケーション能力』や、人への接し方、例えば人に不快感を与えないとか、結局はそういう部分なのです。特にコンサルタントを目指すのならば、以上の能力が欠けていたらスペックにマッチしませんから」
北村氏がコミュニケーション能力を見るために実践しているのが、相談者に「プレゼンテーション」をしてもらうという手法。自分の経験について話をしてもらうと、コミュニケーション能力の有無は一目瞭然だという。
「レジュメを見た後に本人のいままでの経験などを説明していただきますが、コミュニケーション能力の高い人は、説明するのもうまい。余計なことはいわずに、要領良くしっかりと大事なポイントだけ押さえて話すことができる。この能力は、面接時にも生きるし、そうなれば当然、面接にも通りやすくなります。先ほどの方の場合、仮に英語力が中級程度だったとしても、コミュニケーション能力の高さだけでも、採用されたかもしれません。逆に、コミュニケーション能力に乏しい人は、話がだらだらしているだけでなく、あっちにいったりこっちにいったり(笑)。この辺りを企業側も細かくチェックしていることを十分に意識してほしいですね」
エンジニアからプリセールスへの転職も
従来のエンジニアの枠組みが変化しつつある中、最近は、「自分は外に出て顧客と接する方が面白い」と、自ら希望してプリセールスへと転職していくエンジニアも少なくないという。
「いわゆる技術営業というもので、実際、求人もあります。最近では、インターネット電話の普及を受け、インターネットプロトコルにつながるような通信系の知識を持っている方のニーズが高いです。営業になると、インセンティブや能力給がプラスアルファされてくるので、その点、エンジニア時代よりもモチベーションが上がる人もいます」
マネジメント能力、英語力、コミュニケーション能力……転職市場で、エンジニアにこれらの能力が求められているという現実は、「エンジニア=スペシャリスト」という時代が完全に過去のものとなりつつあることを告げている。
筆者紹介
東京エグゼクティブ・サーチ株式会社 チーフコンサルタント
北村博之氏
大学卒業後、国内化学メーカーで営業職、 その後外資系機器メーカーでシステム管理を経験して現職へ。 IT.通信業界のエンジニアを中心にスカウトを行っている。
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