人=適任者がいないというけれど
次に「要員調達」について解説する。プロジェクトマネージャが要員を調達する際に苦悩する課題の1つに「人(適任者)がいない」ということが挙げられるのではないか。矢見雲、出来杉両マネージャの担当するプロジェクトも考えていた要員をアサインできずに困っているようだ。
矢見雲マネージャの発言
「困ったなあ。インフラ担当に予定していたGさんは、ほかのプロジェクトにアサインされるのか」
「どうしようかなあ。ほかの適任者は空いてそうにないなあ」
「仕方がない。Cさんに頑張ってもらって兼務ということにするか。早速Cさんを呼ばなきゃ」
Cさん登場
矢見雲マネージャの発言
「インフラチームに予定していたGさんがアサインできなくなったので、悪いが兼務でインフラも見てよ。できるでしょ。じゃあよろしく頼むよ」
Cさんの発言
「はあ。頑張ります」(まじかよ。勘弁してくれよ。こなせるわけないだろ)
出来杉マネージャの発言
「困ったなあ。インフラ担当に予定していたGさんは、ほかのプロジェクトにアサインされるのか」
「どうしようかなあ。ほかの適任者は空いてそうにないなあ」
「そうだ。Yさんにお願いできないかな。彼はいま、確かほかのプロジェクトにアサインされているけども、あの仕事ならばほかの人でもできそうだ」
「そこにほかの人を入れてもらってYさんをこちらのプロジェクトにアサインしてもらえないか上司とそのマネージャに相談してみよう」
「もし、Yさんのフルタイムのアサインが難しい場合は、若手のZさんをアサインしてYさんにパートタイムでスーパーバイズと育成をしてもらう交渉をしてみよう」
プロジェクトメンバーをアサインするときに、思いどおりのスキルを持った要員が思いどおりに確保できればプロジェクトマネージャとしては、こんなにうれしいことはないだろう。だが実際のところはそんなにうまく運ぶことはめったになく、人のやりくりで苦労することが多い。そのような状況でいかに円滑にプロジェクトを進めていくことできるかがプロジェクトマネージャの力量を問われる1つの課題である。
上のケースからの示唆は、まず、「人がいないからといって根拠なく安易に兼務としない」ことである。頑張れば何とかなる範囲であればまだしも、そうかどうかも分からないまま兼務として取りあえず体制上の体裁は整えたとしても、実際のタスクを遂行する段になると負荷が集中して結局開発が進まなくなることはよくあることである。前回の品質マネジメントの解説でも述べたが、PMの本質は、問題が起こってからの対処法にあるのではなく、いかに問題を起こさずにプロジェクトを推進するかである。この点をいま一度思い出す必要があるのではないか。
また出来杉マネージャの発言からもう1つの示唆が得られる。それは、「必要な要員であればそれを確保するためにあらゆる手段を施す」ことである。いい換えれば、「周りの理解や協力を得るために尽力すること」である。具体的にいえば、「ただ人がいない/足りない」というだけでは周りの理解や協力を得ることは難しく尽力したとはいえない。どういうスキルを持った人がなぜ必要でその人がいないとプロジェクトにどれくらいの影響を与えるのか。このようにより具体的に上司や関係者に明示することで、完全にスキル要件を満たすことは難しい場合でも、それに近い要員を確保しやすくなるといえよう。また、「取りあえず空いている人で辛抱しておいてくれ」というようなアサインを避けたいのであれば、組織内のBy Nameで特定してアサインの要望を出してみるのも考えられる方策であろう。
自発的に活動するプロジェクト
最後に「チーム育成」について解説する。「チーム育成」はプロジェクトの成功のための最も重要な要素の1つといえよう。いくらPMBOKを勉強してPMP(Project Management Professional)の資格を取得しても、それだけではプロジェクトは成功するとはいえない。本稿の冒頭でも述べたが、プロジェクトを動かすのは「人」である。実際のプロジェクトに携わるメンバーがモチベーションを低下させていたり、各自が目標を見失ったりして勝手なことをやっているようではとても成功にたどり着くことはできない。では、「チーム育成」を通じてどのような姿を目指していくのか。矢見雲/出来杉両マネージャのプロジェクトでは、DBのパフォーマンスに重大な問題が発生しているようだ。この問題の解決に向けた検討ミーティングを例に挙げて考えてみよう。
矢見雲マネージャ「何でこんなことになっているんだ! 誰が設計したんだ!? 原因は何だ?」
Cさん「いえ、まだ調査中ではっきりとしたことは……」
矢見雲マネージャ「今日中に調べて報告するように。分かったな」
Cさん「今日中に終えないといけないテストがあるので……。明日中には何とか」
矢見雲マネージャ「何をいっているんだ。今日といったら今日だ。分かった。もういい。Aを呼べ。Aを」
Aさん登場
矢見雲マネージャ(Aさんに向かって)「Cがとんでもない問題を起こしたんだ。至急、この問題の原因を調べてくれ。今日中だ。分かったな」
Aさん「分かりました」(何で俺が……。俺だって自分の仕事あるのに)
出来杉マネージャ「この問題の原因は分かったのかね?」
Cさん「いえ、まだ調査中ではっきりとしたことは……」
出来杉マネージャ「そうか。でもよく見つけてくれた。いまのうちに分かってよかったよ。ほかにも問題や気になることがあればどんどん教えてくれよ。で、原因はいつごろ分かりそうだ?」
Cさん「しかし、今日中に終えないといけないテストがあるので……。明日中には何とか」
出来杉マネージャ 「そうか。ただこの問題は一刻も早く対応を考えないといけない。チームリーダーを集めて何とか今日中に対応できる方法を考えよう」
チームリーダー集合
出来杉マネージャ「忙しい中、集まってもらって申し訳ない。CさんがDBのパフォーマンスに重大な問題を見つけてくれた。いまのうちに見つかってよかった。で、その問題への対応方法を考えるために集まってもらった。まず起こっている問題を説明するのでみんなで共有しておこう」
(問題の説明は省略)
「……というわけだ。で、原因を早急に特定したいのだが、あいにくCさんは、今日中に終えないといけないテストがありいますぐの対応は難しい状況だ。何かいいアイデアはないかな?」
Aさん「そうですね。では、そのテストはウチのチームと共同で実施するテストなのですが、サポートがあればウチのBさんで実施できると思います。サポートはCさんかメンバーのDさんにお願いできないですか」
Cさん「それは助かります。じゃあ、サポートはするのでお願いします」
出来杉マネージャ
「よし。これでひと安心だ。Aさん、忙しい中すまないね。Bさんにもちゃんと状況を伝えたうえでお願いしておいてくれよ。Cさんは、全力で原因究明に当たってくれ。じゃあ、作業に戻ろう」
「チーム育成」において最も重要なことは、「プロジェクトのメンバーが自発的にプロジェクトを進めていく環境にすること」である。自発的にプロジェクトを進めていくとは、具体的にいうと例えば、「問題やプロジェクトの改善点を隠さず自ら進んで発見しようとする」「発見された問題や改善点を押付け合うのではなく、互いに積極的に解決しようとする」ことである。プロジェクトマネージャは、このような環境にプロジェクト全体、メンバー全員を方向付けることが求められる。そのために重要なことは、メンバーの動機付けや意識改革であるが、どうすればよいのか。
人の意識は十人十色で一概にこうすればよいということではないが、あえていうとすればプロジェクトマネージャは常にプロジェクト全体/メンバー全体に十分過ぎるほど気を配る必要がある。より具体的にイメージしてもらうために上のケースから見られる示唆を以下に整理しておく。
○好ましいこと――出来杉マネージャの例
- 問題を発見したことをほめることでほか問題の発見を促す。
- メンバーに対して物事の背景や経緯、状況、理由をきちんと説明する。
- メンバーが自発的に解決できるよう促す。
○避けるべきこと――矢見雲マネージャの例
- 問題が発見されたときに個人を責める(→物事を隠す風土が生まれる)。
- メンバーに物事の背景や経緯、状況、理由をきちんと説明しない(→日々の作業に動機付けが適切になされないことにつながる)。
- 作業や指示を強制・命令する(→日々の作業に動機付けが適切になされないことにつながる)。
今回のまとめ
- プロジェクトは「人」が進めるものであるため、組織(人的資源)マネジメントは、プロジェクトの成否を決める重要な要素である。
- 組織(人的資源)マネジメントは、「組織計画」「要員調達」「チーム育成」の3つのプロセスからなる。
- 「組織計画」においては、プロジェクト全体で調整が必要な領域を識別し、その領域に要員を割り当て、円滑に進むような仕組みを作っておくこと。
- 「要員調達」においては、人がいないからといって根拠なく安易に兼務とせず、必要な要員であれば周りの理解や協力を得るために尽力し、確保するためにあらゆる手段を施すこと。
- 「チーム育成」においてはプロジェクトのメンバーが自発的にプロジェクトを進めていく環境に導くこと。
著者プロフィール
杦岡充宏(すぎおかみつひろ)
スカイライトコンサルティング シニアマネジャー。米国PMI認定PMP。関西学院大学商学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。製造業や流通業のCRM領域において、業務改革やシステム構築のPM(プロジェクトマネジメント)の実績多数。特に大規模かつ複雑な案件を得意とする。外部からの依頼に基づき、プロジェクトの困難な状況の立て直しにも従事、PMの重要性を痛感。現在は、同社においてPMの活動そのものをコンサルティングの対象とするサービスを展開している。
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