第70回 「Origami」が成功するかは機能や価格じゃない!:頭脳放談
マイクロソフトの小型タブレットPCプロジェクト「Origami」。このプロジェクトが成功するかどうかは、実は機能や価格ではない気がする。
ディザー広告(情報を小出しにして興味をあおる広告手法)の効果か、3月上旬にいろいろなニュース・サイトに「マイクロソフトのOrigamiは何?」という記事が掲載され、話題を集めた。ヨーロッパにおけるPCやエレクトロニクスの最大の展示会「CeBIT」に合わせて正式に発表があったようで、「マイクロソフトのOrigamiはUMPC(Ultra Mobile PC)だった」といったニュースが流れている。すでにご存じと思うが、UMPCはインテルなどが開発している小型のタブレットPCのことである。
今回は「当然」というわけで、この「Origami」という名のプロジェクト、「ウルトラモバイル系」の新デバイスを取り上げることにする。しかし、すでにこの最初のモデルのスペックを取り上げて、こういうモバイル系のデバイスが成功するのか否か、といった論評はあまた出ているので、Origamiのスペックをほじくり返してどうこういう気はない。ただ、「モバイラー」とかいう死語になりかけの言葉が、そもそも存在してもいなかった時代から外でコンピュータを動かすことを長年望んできたものとして、若干の希望を述べさせていただく。
モバイル・デバイスのネックはスペックにはない?
正直いうと、こういう持って歩くというコンセプトのデバイスにとっての最大のネックは、実のところデバイスのスペックそのものにはないような気がしてきている。iPodがよい例だ。iPodは、よくできてリーズナブルな価格のデバイスだが、それ以前にデジタル・オーディオ・プレーヤがなかったわけではない。むしろ後発であるiPodが成功したのは、ハードディスクを搭載したことや、そのデザインにもよるが、iTunesというよくできたソフトウェアをユーザーに無料でダウンロードさせ、そこからコンテンツを充実させたApple ComputerのWebサイトへ引き込むという「ビジネス・モデル」を成功させたことにあるだろう。
もちろん、このようなビジネス・モデルの可能性に誰もが気付いていたけれど、さまざまの障害もあって、みんな腰が引けていて「本格的」に取り組んでいなかったのだ。それにあえて手を出して市場を確立したというApple Computerの決断は英断といってよいだろう。このような例もあり、最近、どうもデバイスの性能や仕様そのものよりも、それを活用する「ビジネス・モデル」あるいは「利用環境」にこそ、モバイル系のデバイスの成功、不成功の鍵があるように感じられているのだ。
新しいコンセプトの提示が必ずしも成功要因ではない
振り返ってみれば、すべてのモバイル「コンピュータ」デバイスのルーツには、昔の巨大なオシロスコープのような形で、コンピュータに「取っ手」をつけ「ポータブル・コンピュータ」というジャンルを創造したという偉大な一歩を成し遂げたOsborne 1(オズボーン 1)が存在している。アダム・オズボーン(Adam Osborne)が持ち運びしやすいケースにしたとはいえ、箱型コンピュータに取っ手を付けただけで、「ポータブル」ができたというのは、愕然とする事実だが、コンセプトの大事さを示している。余談だが、このOsborne 1は飛行機の座席の下に納まるサイズに設計されていたということだ。
Osborne 1をその遠い祖先に持つ系譜の中で、持ち運べる「PC」という、ある意味シンプルなコンセプトの本流を走ってきたノートブックPCとは明らかに異なり、ほかのモバイル「コンピュータ」デバイスは試行錯誤の連続であった。23.5ポンド(12kg)もの重さのOsborne 1から、本当にポケットに入るサイズのDOSマシンを商業化したPoquet Computer(Pocketのつづり間違えではない)になるまで大した時間はかからなかった。
その後も、いまから20年近く前に、早くもGoはペン入力でディスプレイ上に書き込むという現在のタブレット型デバイスに通じるコンセプトを打ち出しているし、Apple ComputerはNewtonで「PDA」というコンセプトを完成させ、Palmはそれを普及させた。家電にPCを組み込むというWindows CEは、マイクロソフトの野望ほどには成功を収めたとはいい難いが、PDA向けにはそれなりに普及した。また、電子手帳からいつの間にかLinuxマシンになっていたZaurusのような例もある。しかし、それらはメジャーにはなれなかった。自動車電話にルーツを持つ携帯電話や、家庭用ゲーム機から出発したニンテンドーDSやPSPのようなモバイル・デバイスの方がはるかに成功してきたのである。成功したものにはそれなりのビジネス・モデルがある。
汎用であるが故のUMPCの難しさ
ある意味コンピュータとして「汎用」であるが故に、モバイル・コンピュータの利用環境は極めてパーソナルで、それぞれカスタマイズされたものにならざるを得ない。しかし、規模の小さなデバイスゆえ「ホスト」としての「母艦」が必要なことが多く、実はそれらとのデータの共有のためにけっこうな手間がかかる。「母艦」とデータを自動的に同期するためのソフトウェアもあるが、「母艦」そのものにはなれないだけに、デバイスにどんなデータをのせ、どんなプログラムを走らせるかは使う人次第だからである。実際、筆者の周囲でもPDA系のデバイスを熱心に使っている人々は、非常にまめにデータやソフトウェアをメンテナンスし、デバイスを使えるような状態に保つのに時間を使うのを惜しまない人々だ。手間をかけてカスタマイズできることはマニアには「お楽しみ」でもあり、携帯電話など見れば、けっこう重要な要素である。しかし、カスタマイズする余地がある、ということと、カスタマイズしないと「使えない」というのは大きな差がある。パーソナルに手間をかけ続けることが必須なデバイスは、どうも大ブレークしそうにない。
さてOrigamiプロジェクトはどうか。さすがにマイクロソフトもインテルも気付いているのではないだろうか(気付いてなければまた今度も、ということになるだろう)。デバイス自体の性能も大事だが、それ以上に「何に」「どう」使えるのか新たなコンセプトを提示していくことの重要さをだ。多分、使う人まかせにしたのでは成功はおぼつかない。
必然的にネットワーク・サービスを介することになると思うが、どんな使用シーンがあるのか、新たなコンセプトを打ち出してくることが必要だろう。それはいままでのノートPCと比べられるようなコンセプトでは駄目だし、PDA系のものでも駄目だろう。多分、iPodやニンテンドーDS、PSPのコンセプトも包含し、その先を提示することが必要になるだろう。面白いビジネス・モデルやサービスをぜひ提示してほしいものだ。それが期待でありお楽しみであるが、聞いてみれば「なーんだ」と納得行く自然なコンセプトになるのかもしれない。取っ手を付けただけでOsborne 1がポータブル・コンピュータになったように。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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