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第85回 年金問題に見る「入りやすい出口」に潜む問題頭脳放談

話題の年金問題は、20数年前の電算化の手法にも一因がありそう。こうした問題は、「他山の石」として学ぶ必要がありそうだ。

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 長いこと、「パソコン」「携帯電話」に続く成長エンジンは何か、といった議論を続けている割には、これだ、というものが見つかっていない半導体業界である。しかし、進むべき方向を示している「他山の石」は、このごろけっこう転がっているように思える。

年金の電算化に見る問題

  唐突だが、その1つが、いまや政治で大きな焦点となり、マスコミでも頻繁に取り上げられている年金問題である。もちろん、この問題の主要な要因が政治と行政にあることは間違いないが、しかしあれだけ取り上げられている割には、「情報処理」といった技術的な観点からはあまり論評されていないように思える。ていねいに、かつ客観的に調べていったら「情報処理」という技術視点からも「やってはいけないシステム設計の事例」として、よほど実のある考察ができそうだ。

 新聞など読んでいると、年金システムの問題に実際の種が蒔かれたのは20年以上も前のことのようである。いまや死語になりかかっている「電算化」の流れで紙ベースの運用をシステムに置き換えたもののようだ。対象者の数からいっても当時の「ビッグ・プロジェクト」であったことは間違いない。

 ここで若者のために、その当時の技術的水準をおさらいすれば、こんな感じである。大型汎用機(メインフレームとルビをふりたいところだ)の全盛時代の末期。マイクロプロセッサはいまだ16bitである。32bitも存在したが主流ではない。しかし後に、インターネットになるネットワークも非商用とはいえ存在しており、表計算ソフトもグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)も、日本語ワープロも存在した。FORTRANやCOBOLといった高級プログラミング言語の発明からは、すでに四半世紀が経過し、リレーショナル・データベースも特殊なものではなかった。そんな時代の話である。

 この状況下で行われた「ビッグ・プロジェクト」におけるてんまつともいえる入力エラーの積み重なりが、今日に至る深刻な問題を引き起こしているように見える。例えば、漢字をカナにして入力するときの読みの問題が、原因の1つとなっていることは間違いないようだ。現在の視点で考えてみれば、読み方に制限のない日本の姓名において、電算化前の紙に記録されていた漢字を無理やりヨミ仮名に変換すること自体、根本的なシステム設計を誤っているように思われてならない。

 その当時でも簡単に気付きそうなものだ。いまどきそうした設計自体あり得ないが、当時のビッグ・プロジェクトでは、たぶん、ターゲットにしていた「電算機」の何らかの制約のためだろう、「機械の制約に合わせて」設計するという安直な入り方をしてしまったのに違いない。多分、「電算化」すること自体に熱狂してしまっていて、そんな「さまつな」ことには配慮できず、担当レベルで気付いていたとしても「がんばってカバーしよう」くらいな感じで、進行しまったように思われる。しかし、同時期に日本語ワープロが一筋縄でいかない日本語と格闘しつつあった時代背景を考えれば、漢字が内在する問題に気付くべきであっただろう。気付かなかったとしたらひどい勉強不足であるし、知っていて見過ごしていたなら性質が悪い。

 さらに使われた巨額のお金の報道も騒がしいが、いまにして思えば、当時はそんな「品質の低い」データでも巨額のお金を取れたという事実の方にがくぜんとする。発注側の体質が問題の原因として非難が集中しているが、受けている側もそんなものでOKというレベルの低さがある(まぁ、1つ穴のムジナだったという構造はあるようだが……)。

情報の価値が不良債権化するとき

 ネットワークとコンピューティング技術が進み、大量のデータベースが存在する今日では、そんな不整合なデータベースの存在自体、巨大な潜在コストとリスクの塊を抱えることになることを示してくれた点、大きな一歩かもしれない。ともかく「電算化」するだけでお金をとれた古きよき時代(?)はとっくに過ぎ去っているのである。ほかにもこういった潜在リスクのデータベースはないのだろうか、と不安になる。

 情報処理のレベルが20年くらいの間に格段に進歩し、かつては「ぼろく」お金を取れたレベルの品質が、いまや問題を引き起こし、巨大な負の遺産となっている。安直な格言を1つ引き出すとしたら、「入りやすい入り口から入ると、往々にして出口がなくなる」というよくある事態だろう。

 どうも日本では、「成功」したにもかかわらず後で出口がなくなるプロジェクトが散見される、といったらいい過ぎだろうか。どうも本質を見ずに、ついつい妥協をしてしまう体質があるのかもしれない。

 それから、受け入れられる情報処理のレベルにおいても学ばねばならない点がある。氾濫する情報に対して価値を認めるスレッショルドは年々上がる、ということだ。昔は、ただ存在するだけでお金が取れた情報も、そのうちタダになり、場合によっては、その情報があること自体、逆にリスクか負債になってしまう可能性すらある。情報の価値は常に時代に合わせてアップデートされていないとならない。アップデートもできないようなものを作ってしまうと、それがもっと大きなシステム全体を崩壊に導きかねない。

 安直な、先を見ないプランの危うさを知るべきであろう。そのときはそうするしかなかったというような成り行きに流されたような判断は、後日の閉塞状況につながる。

 その段で行けば、半導体業界も、単に情報を処理するための器や経路を作るところだけにかかわっていたのでは、成長できないどころか、業界全体が不良債権化を招いてしまうかもしれない。そろそろ、入り難くても将来を考えた布石を打っておくことが大事だということを学びたいものである。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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