私だってもう少し「技術者」でいたかった:ITアーキテクトが見た、現場のメンタルヘルス(8)(1/2 ページ)
常にコンピュータ並みの正確さを要求されるITエンジニアたち。しかし、ITエンジニアを取り巻く環境自体に、「脳を乱す」原因が隠れているという……。ITアーキテクトが贈る、疲れたITエンジニアへの処方せん。
ITエンジニアとしてキャリアを積んでくると、仕事の内容は、一担当者のものからリーダーのものに変わってくると思います。
「自分はコンピュータが好きでIT業界に入った。人の管理はややこしいからしたくない。でも、会社や体制がそれを許してくれない」。そう思いながら仕事をしているITエンジニアは多いのではないでしょうか。
今回は、仕事の変化に合わせて、自分のメンタルヘルスをうまく維持していく方法を考えてみましょう。
「駄目」「できません」しかいわない部下
あるITサービス会社に勤めるグループリーダーさんがいます。半年前にグループリーダーになったばかりで管理職の経験が浅いため、部下や協力会社のメンバーにうまく対応する方法が分からなくて悩んでいました。そして、よく樋口研究室のオフィスを訪れるようになりました。
今日もリーダーは私に会いにやって来ました。見るとあまり明るい顔をしていません。嫌なことでもあったのでしょうか。私はリーダーに尋ねてみました。
「私のグループに、少し口うるさい年上のITエンジニアがいます。この人は、何を頼んでも『駄目』『できません』しかいわないのです。本当に疲れてしまいます」
リーダーの役目は、仕事の指示をすること。何を頼んでも「できません」といわれては、さすがに困ってしまうでしょう。いったい、このリーダーと部下の間に何が起こっているのでしょうか。リーダーはいいます。
「そのITエンジニアはいつも、『この案件は要件が固まっていないので無理』『仕様書がないので開発できない』というのです」
仕様書がない? それを聞いて、私も少し驚きました。仕様書はプログラムの設計図です。設計図がないと品物は作れません。でもこのリーダーの案件には、ちょっと事情がありました。
システム改修。しかし開発当時の仕様書がない!
リーダーが率いるグループの仕事は、お客さまのシステムの安定稼働を目指す運用保守です。3カ月後に法律の改正があって、いま動いているプログラムを、それに合わせて改修しないといけなくなったそうです。
現在のプログラムが作られたのは7年前です。プログラムのソースリストは存在しました。しかし不幸なことに、仕様書はまったく見つかりませんでした。当時の開発体制に問題があったのです。リーダーの仕事は、こんなややこしいメンテナンス作業がとても多いそうです。
リーダー自身も、「今回の作業はちょっと難しい」と感じていました。でもリーダーは運用保守の責任者です。期日までに、何とかしてこの作業を終了させないといけません。
リーダーはITエンジニアに、一生懸命に事情を説明しました。この改修には時間がかかりそうだが、何とか乗り切れるスケジュールも立てたと。そして担当者に提示したのです。しかしそのときいわれた言葉。これが、何ともやりきれない言葉でした。リーダーは、そのときのことを思い出しながらいいます。
「こんなひどい内容のプログラムは使えない。このシステムには将来がない。動かすだけでお金の無駄使いだ。そんなことを、真っ向からいうのです」
仕事を受注するのは営業の仕事です。リーダーが仕事を選んだわけではありません。それに、動いているプログラムは過去に開発されたもので、当時リーダーはいませんでした。それをとやかくいわれてもどうにもなりません。
リーダーも同じように思っているだけに、つらい言葉でした。リーダーは、必死で腹立たしい気持ちを押し殺したそうです。
「あなたもチームの一員だろう、年上なのだからもっと大人の発言をしてくれ! そう思いました」
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