「AIで何を変えたの?」と問われる今、転職で年収が上がる人/上がらない人:生成AI時代の年収向上戦略(3)
転職すれば年収が上がるわけではない、と5年前に書いた。これは今も変わらない。変わったのは、面接官がビジネスゲームのレベルを測る、その物差しだ。
いよいよ最終回です。ここまで、「便利は全員に配られる」「浮いた時間をどう使うかで差がつく」という話をしてきました。今回は、その差が最も残酷に、そして最も正直に表に出る転職にまつわるお話です。
「転職すれば年収が上がるわけではない」は今も変わらない
まず、5年前から1ミリも変わっていない原則から確認させてください。「転職すれば年収が上がるわけではない」。これは、いまも、これからも、変わりません。
筆者は過去に3回転職し、1回目は派手に失敗しました。業界の構造を理解しないまま、「いまの会社が悪いだけだ」と思い込んで衝動的に飛び出した結果、似たような商流の会社に移っただけ。年収は見た目だけ少し上がって、本質は何も変わりませんでした。転職回数を無駄に増やしただけ、という情けない結果です。場所を変えても、自分自身が変わっていなかったのだから、当然の帰結でした。
「変わらない原則がある」というのは、実は安心材料でもあります。はやり廃りに振り回されなくていい、ということですから。AIがどれだけ進化しても、「いまの場所で価値を出せない人が、場所を変えただけで価値を出せるようになる」なんてことは、起こりません。土台は、いつだって同じ場所にある。だから、まずやるべきは転職サイトを開くことではなく、いまの場所で自分の値段を上げることです。これは5年経っても、全く変わりません。
むしろAI時代は、この原則がより強く効くようになりました。なぜなら、自分の値段を上げる手段が、以前より格段に増えたからです。AIという強力な相棒を、いまの職場で使い倒して成果を出す。その実績こそが、いざ動くときの、最強の名刺になります。逃げの転職ではなく、攻めの転職。その違いを生むのは、いつだって、いまの場所での一歩です。
面接官が見たいのは、AIを使えるかではなく、AIで何を変えたか
では、何が変わったのか? 変わったのは、面接官の「物差し」です。
5年前の連載では、「面接官が現在の年収を聞くのは、ビジネスゲームのレベルを確認するためだ」という話をしました。年収を知れば、その人がどのレイヤーでどのくらいのアウトプットが期待できる人なのか、おおよその見当がつく。短い面接時間でミスマッチを防ぐための、合理的な質問です。この本質は、いまも変わりません。
変わったのは、その「レベル」を測るときに、面接官が何を見るか、です。
いま、面接で「生成AIは使えますか」と聞かれて、「はい、使っています」と答える人は山ほどいます。それはもう、差になりません。「Microsoft Excel」が使えますと答えているのと同じです。面接官が本当に知りたいのは、その先です。「AIを使って、あなたは何を変えたのですか」。
具体的に、2人の応募者を想像してみてください。一人はこう答えます。「生成AIを業務で活用し、日々の作業を効率化しています」。間違ってはいない。でも、面接官の手元のメモは、たぶん動きません。もう一人はこう答えます。「AIで定型問い合わせの一次回答を自動化し、チームの対応時間を月40時間削減しました。その分をFAQの改善に充てて、問い合わせ件数そのものを2割減らしました」。どちらの値段が高く見えるか、もう説明は要りませんよね。
面白いのは、後者の答えの主役がAIではなく、その人が起こした変化の方にあることです。AIは、あくまで道具として、背景に静かに退いている。これこそ、面接官が最も見たい姿です。道具自慢をする人ではなく、道具を使って何かを成し遂げた人。その違いは、語り口に、驚くほどはっきりと表れます。
もしここで、「自分も、AIを使えるというだけで、なんとなく安心していたかも」と。その自問が浮かんだなら、それはとても良い兆候です。行動の変化は気付きから始まります。
自分の作業改善で終わる人、業務改善まで広げる人
ここで、はっきり線を引きます。AI時代の転職市場には、2種類のエンジニアがいます。「自分の作業改善で終わる人」と、「業務改善まで広げる人」です。
自分の作業改善で終わる人は、こう語ります。「AIを使って、自分の作業を半分の時間で終わらせられるようになりました」。立派なことです。でも、面接官の心はあまり動きません。それはその人一人の中で完結している話で、会社にとっての投資効率には、まだ直結していないからです。極端に言えば、その効率化の恩恵は、本人が定時で帰れるようになっただけ、かもしれない。要するに、作業者の枠組みから抜け出せていません。
一方、業務改善にまで広げる人は、こう語ります。「自分が速くなった工夫をチームの標準にして、部署全体の処理時間を3割減らしました」「その仕組みを顧客の運用にも応用して、問い合わせ件数そのものを減らしました」。同じ「AIを使った」でも、影響範囲がまるで違う。前者は点、後者は面です。面接官が前のめりになるのは、間違いなく後者です。会社が買いたいのは、一人の効率ではなく、その人が周囲に起こす波及だからです。
あなたは、いまどちら側にいるでしょうか。これは責めている問いではありません。ただ、鏡を見るように、一度だけ静かに確かめてみてほしいのです。もし「点」の側にいると感じても、落ち込む必要はありません。点を面に変えるのは、明日からでも始めることできます。
影響範囲を広げれば、ビジネスゲームのレベルが上がる
5年前の連載では、「影響範囲を広げて、チャンスの種をまけ」という話をしました。自分の改善を、同僚へ、チームへ、部署へ、会社へ、顧客へと、少しずつ広げていく。影響範囲が広がれば、組織の中で注目される瞬間が必ず訪れる、と。
この戦略は、AI時代になって、むしろ威力を増しました。なぜなら、AIによって「自分一人の作業を速くする」ことのハードルが、劇的に下がったからです。皆できることになった。だからこそ、その先、つまりどこまで広げられるかが、一層くっきりと差になるのです。
影響範囲を広げるとは、ビジネスゲームのレベルを自分で上げにいく行為です。自分の手元(レベル1)から、チーム(レベル2)、部署(レベル3)、顧客や事業(レベル4)へ。一段上げるたびに、「仕事の値段」は変わっていきます。そして面接官は、その値段を、年収という数字越しに見ています。
やることは、決して大げさではありません。今日、自分が片付けた改善のうち、たった一つでいい。「これ、隣の人にも渡せないか」「チームの共有手順にできないか」と考えてみる。それだけで、点が線になり始めます。線が幾つか集まれば、面になる。面になった頃には、「自分の作業をこなす人」から「周囲の成果を引き上げる人」へと、静かに変わっています。チャンスの種は、そうやってまくものです。どこで芽が出るかは分かりませんが、まいておけば、必ずどこかで芽吹きます。
ここで一つ、現実的な注意も添えておきます。影響範囲を広げるとき、最初から完璧を目指す必要はありません。隣の人に渡したプロンプトが、最初はうまく使われなくてもいい。チームの手順にした改善が、最初は少し文句を言われてもいい。大事なのは、自分の改善を「自分の外に出す」習慣を付けることです。外に出した瞬間から、それは一人の効率ではなく、組織の成果に変わり始めます。その積み重ねこそが、いつか面接で語れる「AIで何を変えたか」の、確かな中身になっていきます。
AIで仕事の値段を上げられる人が、高く売れる
最後に、本連載第1回で残した問いに、静かに答えを置いておきます。「局面を変えるとは、具体的に何をすることか」。
答えは、ここまでの話の中に、もうあります。AIで作業を減らし、浮いた時間を仕事に変え、その仕事を業務改善へと広げ、時間・品質・コスト・売上という数字に効かせる。その積み重ねが、「局面を変える」ことの中身です。
AIで作業は、便利になりました。けれど、便利になっただけでは、年収は上がりません。便利になった作業は、他人にも同じだけ便利になっているからです。大切なのは、浮いた時間で何をするか。作業を減らし、仕事を増やす。仕事を増やし、業務を変える。業務を変え、時間・品質・コスト・売上に効かせる。この階段を、一段ずつ上っていく。
AI時代に高く売れるのは、AIに詳しいエンジニアではありません。AIで自分の仕事の値段を上げられるエンジニアです。
5年前は、「逃げなかったという実績が大切だ」という言葉で、連載を締めくくりました。その言葉を、いまの時代に少しだけ言い換えて、最後に置きます。
AIは人間から作業を奪います。でも、それは「作業という逃げ場」を奪っているだけです。奪われた先に残るのは、人間にしかできない、「創造と調整」という名の、本当の仕事。そこから逃げずに踏みとどまった人だけが、AI時代の高年収という景色を見ることになります。逃げ場がなくなったことを、嘆く必要はありません。それは、本当の勝負がようやく始まった合図です。
最後に、あなたに問い返して終わりたいと思います。
あなたはこの1年、AIで何を「速く」しましたか。そして、その浮いた時間で、何を「変え」ましたか。もし、後者がまだ思い浮かばないとしても、心配は要りません。気付いた今日が、スタートラインです。同じIT業界を生き抜く先輩として、あなたが浮いた時間を、自分の可能性に変えていく姿を、楽しみにしています。それではまた、次の修羅場でお会いしましょう。
筆者プロフィール
勝ち逃げ先生
外資系IT企業で働くITコンサルタント。ベンチャー企業、派遣企業、大手製造業社内SEを経て現職。生成AI、DX、業務改善、ITエンジニアのキャリアをテーマに@IT/ITmediaで執筆。行政・地域向けの生成AI研修講師、外部顧問としても活動。AIを使えること自体ではなく、AIで仕事や組織の局面をどう変えるかを重視している。人を責める前に、構造を疑うタイプ。体脂肪率8%の細マッチョだった。note「勝ち逃げnote」でも発信中
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