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第108回 スパコンが机の上に載る日がやってきた頭脳放談

富士通の新SPARCチップが話題に。しかし、今や「スパコン」は個人でも作成可能なものになりつつある。パラダイムが大きく変化しているのだ。

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 本当はとても地味な「ローエンドの組み込み」マイコンについて書くつもりが、少々気になるニュースがあったもので、そちらを取り上げる。こちらは「スパコン」関係なので、ハイエンドといってよいだろう。ニュースというのは富士通が発表した「Venus」の名を持つ新しいSPARCプロセッサである。マイクロプロセッサに関するネタなど、昔はともかく、いまどき「地味な」話題じゃないかと思っていたのだが、けっこう、マスコミ各社は飛びついていて「10年ぶりに日本製が世界一奪還」といった持ち上げようである。このチップが今後スパコンの未来を開く! といった書きぶりである。別に富士通のVenusチップをけなすつもりはないし、富士通で開発に携わっている方々は十分に分かってやられていると思うので、危惧を持ったのはマスコミ各社の持ち上げ方の方である。はっきりいって、

「スーパーコンピュータ」というパラダイムは急速に変化している


と思われるのだ。コンピュータ業界の中でも変化が激しい、いってみれば最近「勝負の土俵が変わる最中」の分野だからである。

 多分、マスコミ各社の記者の方々の頭の中にあるのは、かつて「日本が誇る世界一のスパコン」で、現在はその座を降りている「地球シミュレータ」の巨大な雄姿ではなかろうか。筆者なんぞは、年寄りなので「スパコン」といえば、まず思い浮かべるのは円筒形をした「CRAY-1」の「世界一高価な椅子」といわれたその特徴的な姿である(蛇足だが、米国マウンテンビューにあるIEEEのコンピュータ博物館へ行けば実際にCRAY-1に腰掛けて写真を撮ることができる)。

 CRAY-1の時代は、シングルのベクタ・プロセッサであった。その後、並列化が進み「地球シミュレータ」では、多数のプロセッサを持つ多数のユニットを高速なネットワークで結合する巨大なマシンとなった。この辺までは「スパコン」というのは研究所の奥深くに鎮座する「神殿」のような、非常に高価で特殊な「製品」であった。

スパコンは汎用部品から作るものに

 ところがその風向きが変わってきたのは「地球シミュレータ」の後からのようだ。高価で特殊な部品を使わず「その辺の出来合いの部品」をかき集め、端的にいえば、IntelやAMDの普通のパソコン用プロセッサや、ゲーム機のPlayStation 3にも搭載されているCellプロセッサを数万個集めて(マルチコアだからコア数でいえばもっと多いが)、「スパコン」を構成するようになった。ハイエンドのプロセッサを数万個というのはとても個人で買える値段ではないが、このような汎用部品を使って並列化することで、「スパコン」のコストパフォーマンスは劇的によくなったようだ。そういう点では「地球シミュレータ」は「スパコン」が「神殿」のようであった時代の最後のシステムかもしれない。

 現状の「スパコン」は、多数のプロセッサがびっしり入っているというだけでみたら「データセンター」のハードウエア構成と似てきてしまっている。片や非常に多数のトランザクションを並列にレスポンスよくさばくシステム、片や科学技術計算のような1つの大きな問題を並列化し小分けにしてよってたかって解くシステムという違いがあり、そのためのプロセッサ同士の接続方法、利用方法などにも大きな違いがある。だが、普通のプロセッサを並べるという点では一緒だ。いまや「スパコン」も「マスプロダクション」製品の1つの利用形態となってしまった、というといい過ぎかな。

 今回の富士通の新しいプロセッサは、この路線の延長といってよいだろう。マルチコアの高速プロセッサを多数(多分、数万個単位)並べてラックにいれて「スパコン」にするつもりだと思われる。当然、単体のコアの性能が高ければ、同じ数を同等の接続性能で並べたときの性能は高くなる。それを意識して発表では、Intelの最新プロセッサと比較して数倍という数字が並び、マスコミ各社は「日本も復活」とばかりに喜んでいる。まぁ、このところ凹む話題が多いから、少しチアアップしてやりたいという気持ちもだいぶ入っているかもしれない。

スパコンも個人が作れる時代に?

 しかし「スパコン」のパラダイムシフトは依然続いている。それを象徴しているのが、NVIDIAの「Build your own supercomputer」というホームページだ。日本語に訳したページもあるのだが、英語版のページに行ってその英文タイトルのお気軽さに衝撃を受けた。と、いっても内容は淡々とした「ディレクション」であって、実際、そのWebページを見てみれば分かるのだが、

「自作パソコンを作れるヤツなら、多分、自分でスパコンを作れる」


のである。自作パソコンとしては「かなりな大枚」を張り込まないと作れないが、「データセンター」を買うような「企業、研究機関」ベースのような大金ではない。個人でも無理すれば手が届く範囲で「コストパフォーマンスのよいスパコン」が作れそうだ。この仕掛けは、すでに2007年ごろから始まっていて、2008年くらいから応用が始まっている。すでに多くのニュース・サイトやBlogなどでも取り上げられているが、いまのところそれほど話題になっていない。

 GPU(グラフィック・プロセッサ)は、かなり前からメインのプロセッサの数十倍の演算性能を誇っており、それは内蔵する演算ユニットの数の多さによる。プロセッサのマルチコア化が進んだといっても、4個とか8個とかいうレベルなのに比べると、GPUは数百単位の演算ユニットを持っているからチップ単位の「ピーク性能」では勝負にならない。ただし、以前はGPUを「演算装置」として汎用にプログラムできるようなインターフェイスが公開されていなかったし、当然、「スパコン」として利用する開発環境もなかった。それが2007年あたりに方針転換されて「コンピューティング」に打って出た、というわけである。

 かなり大きめではあるが「デスクトップ機」の中にGPUカードならぬ「スパコン・カード」を4枚くらい差し、指定のOSと開発環境を入れれば出来上がりである。多分、ピーク性能的には、「研究所」に鎮座している「スパコン」の数十分の1くらいかもしれないが、値段的には数百分の1か千分の1くらいでできてしまう。「長い順番の列に並んで使う」くらいだったら、多少遅くても自分の「スパコン」を机の上に置いて、独占した方がよっぽど楽にやれるのではないかと思うのだがどうだろう。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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