第145回 AMDが仕掛ける(?) CPU+GPUのマルチプロセッサ:頭脳放談
AMDとARMなどがHSA Foundationを創立。CPUとGPUを結合したマルチプロセッサ・システムの普及を目指すという。HSAの創立目的は?
HSA Foundationという団体が創立されたようだ。HSAは、「Heterogeneous System Architecture」の略である。何が「ヘテロジニアス」かといえば、異なる姿を持つCPUとGPUを結合したマルチプロセッサ・システムを指してそういっている。従来型のCPUを並べたマルチコア・プロセッサは当然「ホモジニアス」という位置付けで対比されることになる。何がその「ヘテロジニアス」の中心であるかといえば、GPUということになるわけだ。
この団体は、その「ヘテロ」なマルチプロセッサを使いこなすためのソフトウェアを中心とした標準化活動などを行う団体という位置付けらしい。ぶっちゃけその意図を勝手にかいつまんでいってしまえば、もっともっとGPUをいろいろな目的に(またいろいろな会社に)使ってもらいたい(買ってもらいたい)、ということになるだろう。
いまでこそGPUを直接プログラミングするプログラマが増えてはいるが、GPUがグラフィックス専用であった一昔前は、閉じた世界の限られたプログラマだけが直接GPUを操作するコードを書き、そのほかの人はせいぜいライブラリを介して「呼ぶ」(GPUの機能をcallする)だけであった。それが昨今では、グラフィックス以外の分野でもGPUの威力が明らかになってきて、直接プログラミングする需要が増えているようだ。これにはデスクトップ機に限られていたGPUの搭載が、スマートフォンやタブレットなどのモバイル、クライアント・サイドから、サーバ側の装置にまで広がってきていることも背景にある。単に処理速度が速いという点だけでなく、消費電力面で考えてもCPUをぶん回すよりも効率的なことが、ままあるということも利点にあるからだと思う。
GPUのプログラミングでは、メインの処理はGPUとしても、いろいろな局面でCPUにも働いてもらわないとならないので必然的に「ヘテロ」なものとなる。しかし、ここのハードルは結構高いと思う。何といっても、GPUはスペシャルなハードウェアなので、各社各様、機種も多様、それぞれかなり個性的なプロセッサばかりである。これに比べると汎用プロセッサなどは、アーキテクチャが違っても、みんな似たり寄ったりに見えるほどだ。このままでは、どこかのハードウェアに特化して仕事をできる専門のプログラマはともかく、そうでない人々には使いこなすのが難しいもののままで留まってしまう。そこで、このような団体を作り、開発手法やツール、そして作成したプログラムなどのポータビリティを高め、もっと沢山の人々に使ってもらおう、という意図だと理解した。
趣旨はよろしい。また、この団体は非営利で、みんなに門戸を開いているそうでもある。ただし、業界団体を創立したり、参加したり、脱退したりには、常に自社のビジネスというものが背景理由としてあるのも事実である。こんどはそちらを見てみよう。
まずはこの団体の創立に、積極的にイニシアチブをとった会社は明らかである。AMDだ(AMDのニュースリリース「AMD, ARM, Imagination, MediaTek and Texas Instruments Unleash the Next Era of Computing Innovation」。何せ、この団体の創立の発表は、AMDの主催する AMD Fusion Developer Summitで行われている。以前にもAMDがGPUの応用を進めているという話を書いたことがあったが、そのとき示唆していた他社との連携というのがこの団体の創立につながっていったことは間違いない。
次に挙げられるのはIP業界に君臨するARMである。ARMはそのブログで、ちゃんとこの団体の創立に参加したことを報告していて結構前向きな感じを受ける(ARMのブログ「ARM announces founding of Heterogeneous System Architecture Foundation」)。ARMはあまねく広く使われているCPUとしてのARMで有名だが、ARMに組み合わせるためのGPUも販売している。AMDはx86系CPUとGPUを組み合わせてPC世界でビジネスしてきたが、ARMはモバイルや組み込み分野でやっているというわけである。持っている製品分野だけからはこの両社に相克があっても不思議はないのだが、どうも仲は悪くなさそうなのだ。もともと市場をすみ分けていたためかもしれない。また、最近こそ工場を切り離して身軽になったAMDだが、半導体メーカーというスタンスは変わりなく、IPベンダで自らチップは作らないARMとはビジネス・モデルも異なっている。過去にはあまり接点はなかったはずだが、このところ両社の関係が近づいているようだ。
ただし、業界のほとんどの会社と何らかの契約のあるはずのARMなので、お得意の等距離外交という可能性もある。まだひ弱な自社のGPU製品を育てていくうえでも、ここは一本置いておくかと考えたのかもしれない。一方、AMDにすれば、ARMが参画してくれることで、業界内の多数派をうたえる。あまねくほとんどすべての電子製品にARMは入っているからだ。
それ以外に創立に参加した会社としては、Imagination Technologies、MediaTek、Texas Instrumentsの3社がある。このうちImagination Technologies社は半導体業界に詳しくない方にはあまり聞き覚えのない会社かもしれない。この会社はARM同様、英国を本拠とするIPベンダである。ARMの弟分よろしく、ARMがCPUのIPをどこかの半導体会社などに売ると、そのお供のIPとしてモバイル、組み込み向けの軽量GPUのIPなどを売ってきた会社なのである。だからARM CPUの横にImagination TechnologiesのIPを搭載している半導体チップというのは、世の中には結構出回っているはずである。
外から見ているとこの会社は、昔、ARMベッタリに見えたのだがこのごろはどうか? ARMも自社のGPUを出してきたし、どうなんだろうか? この団体の創立には参加しているものの、同社のホームページ上にはニュースリリースなどはなかった。無視しているわけでない証拠に、外の雑誌社の団体設立を伝える記事については自社が取り上げられましたというスタンスでリンクを張ってある。ARMが標準化などを進めるのに自社が乗らなければマズイので追随したということなのかもしれない。
ほかの2社のスタンスについてはよく分からない。当然、HSA創立のニュースリリースには2社の関係者のコメントも書かれているのだが、それぞれの会社のホームページにはいまのところニュースリリースも何も見当たらない。どのくらいの本気度で関わっているのかはうかがいしれない。
ARMのブログで引用されているHSA創立メンバーの図が今の状況を一番よく表しているのかもしれない。創立各社の社名がハニカム的な図形の中に1社ずつ書かれている。両端にAMDとARMという3文字名の会社名が目立っており、その内側に、文字数の多い3社が並んでいるが、文字数が多いために老眼の目にはイマイチ判然とない。そして、その下には、名前の書かれていない図形がまだいくつか並んでおり「ここは君のためにとってある」と誰かに誘いかけているようでもある。
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筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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