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第154回 ミニマルファブが日本の半導体産業を救う?頭脳放談

巨大化する一方のファブ。一方で、お金のかかる巨大なクリーン・ルームを作らないミニマルファブが開発されている。ミニマルファブは半導体業界に一石を投じられるのか?

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連載目次

 かれこれ30年ほど、この業界に厄介になってきたが、うち半分くらいは自社ファブ(半導体製造工場)のある会社に、半分くらいは自社ファブのない会社(俗にいうファブレスというやつ)に属してきた。しかし、一貫して設計をしていたので、ファブに作ってくださいとお願いする側で、ファブ側に立っていたことはない。設計から見たファブというものは、商品を生み出すためには不可欠なパートナーではあるけれど、あればあったで、なければなかったで、いろいろ考えさせられることも多い存在でもある。

 日本の半導体業界全体の元気がないのだからいたしかたないのだが、日本のファブも元気がない。最大の原因は進化を「諦めてしまった」ことが大きいと思う。ファブは、微細化が原動力になって突き進んできたのだが、もはや日本のファブは微細化からほぼ脱落してしまったからだ。いまや先端プロセスを追い続けるような工場を作る費用は日本のどこの半導体会社にとっても“TOO MUCH”で投資できない。「お前ら設計ががっぽり儲けられる商品を作らないから投資できなくなったのだろぉ〜」と、ファブの人には怒られると思うが、この先の最先端の微細プロセスの量産工場に投資できるのは、すでに世界で3〜4社といわれている。3社(Intel、Samsung、TSMC)は確定しているが、4社目はどこだろう? という感じだ。

 賭金を吊り上げている元凶は、微細化が進むにつれてクリーン度への要求が上がるうえに、巨大化するクリーン・ルームと、世代につれてこれまた直径が巨大化するシリコン・ウエハを扱う巨大なくせに超精密な製造装置の価格高騰である。市販の空気清浄器にもクリーン・ルームで使われているフィルターが使われているが、クリーン・ルーム自体が巨大な空気清浄器のようなものである。加湿器やらエアコンやらいろいろ詰まっている超ゴージャスなもので、吹き出し口があるわけでなく、花粉もPM2.5も無縁な密閉された空気清浄器の内部で仕事をしていると考えるとよいかもしれない。市販の空気清浄器も高級機はかなり高価だけれども、先端のクリーン・ルームともなると体育館どころかドーム球場的巨大さで投資の金額は数千億円を下らない。

 一方、シリコン・ウエハの方は、筆者が業界に入れてもらったころは直径4インチ(10cm)の時代だった。こちらは世代ごとに1.5倍にサイズ・アップしてきた。すなわち、6インチ(150mm)、8インチ(200mm)ときて、現行主力は12インチ(300mm)、次は450mmである。それにつれて製造装置も高いものは数億から数十億円(もしかすると最近は数百億か)にもなり、そんなものを何十台、何百台もクリーン・ルームに入れるのだからたまらない。

巨大化するファブ VS. ミニマルファブ

 前置きが少々長くなったが、こうした巨大化するファブに対して、このままじゃいけないと考えて「ちゃぶ台返し」的発想の転換をしようとしている人々がいる。「ミニマルファブ」というものを研究されている方々である。お金のかかる巨大なクリーン・ルームを作らない。クリーンな場所は装置の内部だけにする。そして装置そのものも極めて小型化し、1台1台はそのあたりにある家電製品くらいの大きさにしてしまう。当然、取り扱うウエハも小さくする。0.5インチというから、正方形のチップを載せるとすると、大きくても9mm角のチップが1ウエハに1個載るに過ぎない。こういうポテトチップ以下のサイズのウエハを、小さな製造装置を並べた学校の教室くらいの狭い工場で素早く流してチップを作ろうというのだ。もともとクリーン・ルームがあっての製造装置だから、クリーン・ルームなしでやろうとすると非常に難しかったようだが、一部の装置を除いてかなりメドが立っているらしい。

 「発想の転換」というやつである。非常に面白い。これなら日本からファブが絶滅するのを防げるかもしれない。しかし、である。「お前、設計屋としてこのファブで何を流したい?」と問いかけられると「うっ」と詰ってしまう。打倒巨大ファブならば、そこでの製造の中心になっているスマホやタブレット向けの主力チップをこのようなファブで作れるのか? プロセス自体の微細化の程度も大問題だが、単純に数量自体も問題だ。巨大な先端ファブで流れているような主力チップは、世界中のみんなが持っているような製品に載っている。つまりモデル・チェンジの度にとてつもない数量の新しいチップを一気に作らないとならない。巨大なウエハからは結構な個数がとれるのだが、それでも何万枚も流してようやく需要にミートできる程度のはずだ。

 ミニマルファブの場合、1枚1枚は素早く処理できるといっても、1ウエハ=1チップのような工程でどのくらいの数ができるのだろうか? なかには物理的に時間のかかる工程もあるのだから、そんなとてつもない数量は作れないだろう。数十万個も作れるの? それとも数万? 常識的な半導体ビジネスでは数万個とかいうのは小ロットである(多くの会社では取扱い単位として「k」、つまり1000個を使っている。「500kの注文入りました」とか「3kの注文? 少ないなぁ〜」ってな具合)。あんまり急に数が増えないような類の製品でないとミニマルファブは辛いのではないか。

 それとも試作に使うか。小回りは効きそうだ。微細化とともに試作費用もうなぎ上りで零細なファブレス会社にはきつくなっているからだ。しかし、いまどき機能的な試作検証はみんなFPGA(Field Programmable Gate Array:プログラミングによって機能が変更可能なLSI)である。それどころか小ロットの生産だと、そのままFPGAということもありえる。本格的にウエハを流して試作というのは、当然の前提として前述のような大規模量産への移行を念頭においている。その場合、同じ工場の同じプロセスで試作をしないと意味がない。

 少量生産のロジックものは、FPGAなどとバッティングするから、アナログや無線系ではどうか? アナログ系はチップ・サイズもそれほど大きくないし、大規模ロジックICほどにはウエハの面積を要求しないだろう。それから、MEMSセンサーのような系統もよいかもしれない(MEMSについては「第43回 使い古しの半導体工場はMEMSで生かせ?」参照)。少量だけれど値段が高く売れそうなところだ。

 けれど、世の中には古いファブが沢山あって、中には減価償却も終わったようなところでアナログとか、MEMSとかを作っている会社も多い。古くて太い線幅のファブだけれども、その中でいろいろできる特徴を出してひとひねり、ふたひねりして商売をしている。そういう人たちはミニマルファブに興味を示すかもしれないが、すぐに工場を入れ替えるような新規投資はしないだろう。減価償却が終わり、固定費の少ないところで売れる商品ができれば金のなる木だからだ。工場の配管が腐るとかして、建て直しが必要になったら考えるか、くらいじゃないだろうか。大分先の話になりそうだ。

 しかし、日本にもリッパなアナログやMEMSの設計者がいることは知ってはいるが、数が少ない、そしてだいたい年寄り。後継者も育たないいままだと、いまの工場とともにみんな退役だ。新しいミニマルファブで商品の製造ができるようになったころには設計する人がいなくなっている恐れもある。

 作り方だけでなく、いまから使い方も考える必要がありそうだが、どうか。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス・マルチコア・プロセッサを中心とした開発を行っている。


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