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起業家は、非現実的に楽観的だからこそ素晴らしいプログラマ社長のコラム「エンジニア、起業のススメ」(1)(1/2 ページ)

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プログラマ起業家の悩み

 ぼくはプログラマなのだが、今や誰もその仕事をぼくにさせてくれない。

 日本に住み始めて23年余り、ぼくはプロのプログラマとして10種類以上のプログラミング言語を操って仕事をし、ここ日本で数社のIT企業を立ち上げてきた。そう、起業こそが、ぼくがプログラマとして仕事できない主な理由だ。

 さかのぼること1999年、3人の友人とともに最初の会社を立ち上げ、本当に素晴らしいeコマース製品を開発したところまでは良かった。問題は、顧客がいないことだった。ぼくらは顔を見合わせ、この製品を誰かが売りに行かなければならないのだと気づいた。最終的に、じゃあぼくが試しにやってみるか、ということになった。

 ぼくの営業ぶりがあまりに良くて自分も含めて皆驚いたけれど、顧客対応に時間を割くようになればなるほど、コーディングする時間は減っていった。いったん資金調達の話になれば、ぼくが投資家や弁護士の話し相手になるのが常だった。

 その後の2社でも、ぼくは同じパターンで立ちまわった。コーディングが好きだし、けっこう得意だとも思うが、6カ月の間ぼくは完全にコンピュータから離れ、自分以外の開発者が作った素晴らしい製品のことを顧客や投資家に語っていた。

 以前の会社は売却して段階的に縮小させたものの、事態はあまり変わらなかった。現在ぼくは、サンフランシスコを本拠地とするPaaSカンパニーであるEngine Yardの日本支社長だ。Engine Yardは有能なエンジニアを抱えているし、われわれの顧客の一部は日本で最も革新的なWebベンチャーだといえるが、ぼくはコーディングを趣味として続けているのみだ。

世界史に名を残した、日本の2大経済サクセスストーリー

 一方で、何年もの間、日米のベンチャーと仕事をしてきて分かったことがある。日本で起業家になるのに、今ほど良い時期はないということだ。実際、よくよく気をつけてみれば、今日のベンチャーが日本の経済全体を変えようとしていることは火を見るよりも明らかだ。

 まだ初期の段階ではあるが、その兆しは容易に見て取れる。

 日本には、必要性が十分に高まった時点で急速に社会や経済に変化を起こし、それを持続させてきた長い歴史がある。明治維新における工業化と第2次大戦後の経済成長は、世界史上最も驚異的な2大経済サクセスストーリーであり、世界中の経済学の学生がこの時代について研究している。

 多くの日本人は、この経済改革がいかにすごいことなのか、いかにして日本社会がそれを実現できたのかを、十分に認識していないように思える。過去150年間で2度もそんな奇跡を経験したからか、日本にいてよく感じるのは、「こんな出来事は世界の歴史上よくあることだ」と思われているんじゃないかということだ。

 そんなサクセスストーリーはそうしょっちゅうあるものじゃない。本当にまれにしか起こり得ないのだ。

「日本社会は柔軟性に欠けている」?

 2度の経済発展における成功の多くは、日本人の能力によるものだ。外国で機能したものを念入りに研究、分析し、中央権力の下、最良の形で積極的かつ首尾よく実行に移せる能力である。

 この戦略はこれまで実にうまく機能してきた。その証拠に、現在も大学機関や官僚が海外の成功事例を研究することで、日本で起業家精神やイノベーションを促す最良の方法を見つけ出そうとしている。

 毎週のように新手の研究機関が研究結果を公表し、日本とシリコンバレーの違いについて細部にわたり説明し、「教育や経済、さらに人の姿勢にも根本的な改革が必要だ」と説く。

 これら報告の中には、「日本社会は柔軟性に欠けていて創造性に乏しいから、本当の意味で起業家精神が広く定着することはないだろう」と結論を下してしまっているようなものもあるが、ぼくはそんなことはないと思う。すでに新しい起業家精神の文化は芽吹き始めている。確かに日本には日常生活において、欧米諸国と比べ柔軟性に欠ける部分が多く見られる。しかし日本はこれまで、いざというときには信じられないような変化を起こし、それに対して驚くべき適応力を発揮してきているのだ。

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