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快適なオフィスが起業を促進するわけではないプログラマ社長のコラム「エンジニア、起業のススメ」(5)(1/2 ページ)

日本で起業が活発化しないのはなぜだろうか? 市場の制度、日本人の気質、未整備の制度、それとも……?

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大切なのはたった1つの方程式

 正しい話が嫌いな人はいないだろう。

 私たちは、確固たる事実に基づいて意思決定をする理性的な人のようなふりをするが、本当のところはそうじゃないと分かっている。長年の心理学的研究から、私たちの脳はコンピュータやデータ処理装置のように単純に配線されているのではないことが証明されている。ストーリーを介して新たな情報が処理され、新たなアイデアが評価されるのだ。もしこのコラムがただの客観的な事実や数値の羅列なら、読者にすぐに飽きられてしまうだろう。

 問題なのは「正しい話によって悲惨な道へと導かれることもある」ということだ。

 日本で期待以上にアントレプレナーシップ(起業家精神)が盛り上がらない理由は諸説ある。資本市場の構造から始まり、日本古来の文化、現代の企業風土、しまいには最近の若者の堕落やモラルの欠如にまで及ぶ(最後のはプラトンの時代から聞かれる話だ)。

 こういった話の中には真実もあるが、それらはいったん横に置き、「方程式」に目を向けることをお勧めしたい。起業家精神について言い聞かせる幾千もの話より、単純なリスク⇔報酬のトレードオフに注目する方が、人々の行動をはるかにうまく説明できるからだ。

 新しいポリシー(方針)やプログラム(計画)を導入するかどうか検証するうえで、尋ねるべき問いは2つだけだ。1つ目は、その政策は新会社の立ち上げや投資を行ううえで報酬の増加をもたらすものか。2つ目は、その政策によって新会社の投資や立ち上げのリスクは軽減されるか。どちら1つでも「イエス」であれば、挑戦するに値するといえるだろう。

 だが、その方針によってリスク⇔報酬の方程式が改善されないのであれば、恐らくは他のオプションを検討する方が得策だ。

フリーターは怠けものではない、合理的なだけだ

 この20年を振り返れば、日本で起業するリスク⇔報酬の方程式が、いかに劇的に改善されたかが容易に分かる。しかしその最たる改善の1つは、なかなか理解されなかった。

 日本は増大し続けるエンジニアとデザイナーの大規模な人材プールに恵まれている。彼らは大企業でのフルタイムの仕事よりも、フリーランスとして働くか、スタートアッププロジェクトに従事することを好む。こういったフレキシブルな人材プールは、健全なスタートアップエコシステムにおいて絶対的に必要とされるものだ。しかし彼らの言われようは、そんなに良いものではなかった。

 政治家や学者、識者らはこぞって「フリーター」たちを、経済成長の足枷となるパラサイトとして非難した。意外でもなかろうが、彼らの大半は現代の若者は怠惰で労働意欲が低いと想定したで上で、フリーランサーやパートタイマーを説明した。

 当然ながら、その考えは間違っている。フリーランサーは新しい日本経済の一角を担うのに不可欠な要素であり、日本の起業家とフリーランサーは、日本で最もモチベーションが高い働き者だ。彼らは怠惰なのではなく、単にリスク⇔報酬の方程式の変化に対して合理的に反応しているだけなのである。

 この数十年、日本の大企業は安定昇給と終身雇用の約束をほごにして、正社員の数と長期雇用慣習の両方を減らし続けた。同時に仕事のアウトソースを積極的に増やした。

 大企業で働くリスクは増え、報酬は減った。一方フリーランスはどうかと言うと、リスクが減り報酬は増えた。多くのスマートな働き手たちが、企業の正社員ではなくフリーランスや個人プロジェクトを選択している理由について、こまごまと説明する必要はあるまい。

 日本の起業事情を活性化する方法を多くの人々が模索し、何百もの提案がなされている。しかし私はあえてそれらに耳を貸さず、政策案によってどのようにリスク⇔報酬の方程式が改善されるのかだけを尋ねることを提案したい。

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