自分が本当にやりたいこと:予算0円で800人規模のイベントを主催するコミュニティ「JANOG」
ここ数年で大きな成長を見せている技術者コミュニティ。そんな中、少し変わったイベント運営をしているコミュニティがある――。
技術者コミュニティが主催するイベントは、ここ数年で大きな成長を見せている。例えば、Perl技術者のコミュニティ「YAPC::Asia」は、2006年時点の参加者は150人ほどだったが、2013年には1000人を超える規模になった。同様に、2012年には1000人規模だったHTML5コミュニティのイベント「HTML5 Conference」は、わずか1年で2000人規模にまで拡大した。
しかし、多くのコミュニティでは規模が大きくなるにつれ、さまざまな問題も浮上している。特に、お金の管理はスタッフのエネルギーを消失させるだけでなく、コミュニティ自体の基礎体力をも奪う。一度のイベントで1000万円以上の金額を扱うとなれば、無理もない。そのため、最近ではコミュニティ運営のための非営利法人を作るコミュニティも珍しくない。
こうした現状の中、少し変わったイベント運営をしているコミュニティがある。「JApan Network Operators' Group(以下、JANOG)」だ。JANOGは、インターネットにおける技術やそれにまつわるオペレーションについて議論し、日本のインターネット技術者および利用者に貢献することを目的としたグループである。彼らは、1997年から年に2〜3回のペースでイベントを主催し、今では400〜800人規模のイベントを運営しているが、1円も予算を持っていない。いったいどのような方法で運営を行っているのだろうか。その組織体制について、JANOG 会長の川村聖一氏、JANOG33 実行委員長の豊野剛氏、土屋太二氏に話を聞いた。
JANOGの組織構成
始めに、JANOGを構成している組織について触れる。JANOGでは、コミュニティ自体を運営する常設の組織とJANOGのイベントを運営する臨時の組織で分かれている。コミュニティを運営する常設委員は「コミッティ(運営委員)」と呼ばれ、十数名から成り立つ。一方、イベントの運営を担当する臨時委員は30〜50名で、「スタッフ(実行委員)」と呼ばれている。スタッフは、「プログラム委員」「企画編成委員」「会場運営委員」と大きく3つのチームに分かれており、それぞれのチームにはコミッティによって選出された「チェア(委員長)」と呼ばれるリーダーが2人ずつ存在する。イベントの運営を行うスタッフを希望する場合は、自薦に加え、このチェアによる選出が必要となる。スタッフは全員、本業の合間に参加しているボランティアだ。
コミュニティ運営とイベント運営を同一組織で行うコミュニティが多い中、あえて組織を分けることについて、JANOG33 Meetingの実行委員長である土屋氏は次のように話す。
「数百人規模の大きなイベントを運営するため、スタッフにはかなりの負担が掛かります。1回のイベントでも大変なのに、それを毎回続けることは精神的にも体力的にも厳しいです。そのため、イベントごとに新規に運営委員を募集し、モチベーションを維持しやすいようにしています。また、こうすることでコミュニティの風通しの良さにもつながります。善意でイベントに協力しようと手を上げてくれた人たちが『今は大変だけど、半年だから頑張ろう』と思えるような、そんな雰囲気が作れたらいいです」(土屋氏)。
予算ゼロでイベントができる理由
もう1つ、毎回固定していないものがある。それは、「ホスト」と呼ばれる企業の存在だ。
JANOGが主催するイベント「JANOG Meeting」で重要なのが、この「ホスト」の存在だ。JANOGでは、イベント会場を提供してくれる企業を「ホスト」と呼ぶ。ホストは、一度のイベントにつき一企業が担当し、会場費のみならずイベントに使用するペンや養生テープなどの雑費も、全てホスト(あるいは、ホストが委託したイベント会社)が負担するという。ホストはこれまでに、ヤフーやさくらインターネット、グリーなどが行っており、すでに数回先のイベントまで決まっているという。ちなみに、各回の開催地域は、会場予算や立地などを考慮したホストの意向によって決定する。
しかし、数百人規模のイベントを行うにはかなりのお金が掛かる。そのため、JANOGでは他のイベントと同様に多くの「スポンサー」を募る。驚くのは、そのスポンサーメニューの考案やスポンサーへの提案をホストが行うということだ。コミュニティを運営したことがある人からすれば、「会場・備品提供の上に、営業活動までしてくれるのか?」と耳を疑うだろう。会場費を負担する企業は他のイベントでも珍しくないが、こういった例はなかなか見ない。
会場費はホスト持ち、スポンサー獲得活動もホストが行うが、JANOG運営委員はまったく無関係かというと、そうではない。スポンサーが集まりにくいときは、コミッティのメンバーが一緒になって動き、自分の会社でスポンサードしたり、親しくしている会社に相談したりするそうだ。「ドライな金銭関係ではなく、こういうのって人と人の付き合いなんだと思います」(川村氏)。
「予算を持たない」という最大のメリット
このように、JANOGのイベントの会場費は全てホストが負担し、ホストはスポンサーから資金を集めるといった仕組みで、JANOG自体は1円もお金を持つことなくイベントを開催できている。しかし、予算を持たないことで、困ったことや不便なことはないのだろうか。
この問いに対し、川村氏は即答する。「それが、ないんです。私たちは、コミュニティでお金を持つことにあまり価値を感じていません。なぜなら、お金が理由で『やりたいことができない』ということが、これまでに一度もないからです」(川村氏)。
JANOGの役割りは、明確だ。「イベントのプログラムを練り、課題を共有し、ディスカッションを行い、それぞれの本拠地で生かす」というサイクルを回すこと。それが問題なくできている今のJANOGにとって、お金を所有する必要はない。むしろ、JANOGのような非営利コミュニティにとって、「お金を持つ」ということは、やりたいことができなくなるリスクの方が大きいのだという。
「お金をコミュニティで所有しないことで、イベントごとに使える額もさまざまですが、運用上の工夫をすれば臨機応変な対応ができます。例えば、たくさん資金が集まれば電源タップを多く用意できるでしょうし、そうでなければ今あるリソースで最大限の努力をするだけです。JANOGは運用者の集まりなので、Best Effortの精神ですね(笑)」(川村氏)。
JANOGには、スポンサーセッションもない
JANOGの不思議なエピソードは、他にもある。スポンサー企業による講演が、イベントのプログラムに含まれないことだ。
最近では、コミュニティ主催の非営利イベントでも、スポンサー企業による講演を多く目にする。しかし、JANOGではこうした講演による一切の広報活動を禁止しているという。「禁止」といっても厳しく制限する必要はなく、スポンサーセッションの有無を聞かれた際に方針を話す程度で、いつも快く承諾してもらえるそうだ。
土屋氏とともにJANOG33 実行委員長を務めた豊野氏は、次のように話す。「私たちは、JANOG Meetingのプログラムに、特定企業・製品の宣伝を行うといったマーケティング活動を組み込むことに賛成ではありません。幸運なことに、JANOGではスポンサー企業さんも私たちと同じ気持ちを持ってくださっているのではないでしょうか。多くの企業は、『昔、JANOGで良いつながりが持てたので恩返ししたい』『偉くなったんだから、自分がこういう場を残すために協力しなければいけない』という気持ちで協力してくれています。ホストさんもスポンサーさんもスタッフも、みんな同じような感覚でいるからこそ、スポンサーセッションのようなものがなくても成り立っているのではないでしょうか」(豊野氏)。
なぜ、スポンサードするのか?
JANOGでは、スポンサーセッションがない。「講演による一切の広報活動を禁止している」と前述したように、直接的なマーケティング活動を行える場所といえば、展示ブースとイベント関連ページに掲載されるロゴ程度である。それでも、ホストやスポンサーが資金や人力を提供するのにはわけがある。それは、JANOGでの展示がその後の商談につながることが、少なくないからだ。
川村氏は、ホストをはじめとするスポンサー企業とJANOGの関係性について次のように語る――「JANOGは、ドストライクゾーンの運用管理者たちが集まり、お互いが助け合えるネットワークを作る場所です。だから、ここでつながったネットワークを実務でも生かすことができるんです。例えば、ライバル企業に勤めている人同士で情報交換をしたり、資料を集めて助け合ったりしています。これにはもちろん反対意見もありますが、インフラ屋さんは会社が違っても『壊れないインターネットを作ること』などの似たようなゴールを持っているんです。だから、参加者も展示もみんな本気。心にぐっとくる展示が多く結果的に商談につながるのは、そういった技術者たちの集まりだからではないでしょうか」(川村氏)。
JANOGには、プレゼンテーションもない
実は、JANOGには、いわゆる“プレゼンテーション”も存在しない。イベントといえば、登壇者がプレゼンテーションを行い、聴衆がその話をありがたく聞く…… といった画が思い浮かぶだろう。しかし、JANOGでは客席の間の通路に複数本のマイクが用意され、インタラクティブに意見が交わされる。会場からいちゃもんを付けられるのが当たり前。登壇者から聴衆に質問を投げ掛けることもある。「JANOG Meeting」というイベントの文字通り、JANOGは巨大な「会議をする場」なのである。
JANOGは、一切のお金を持たないコミュニティである。それが意味することは、お金を持つことで必要となる「ルール」や「マーケティング成果」に費やさなければならないエネルギーの全てを“場”にそそぐということである。
JANOGは、本当に価値のある“場”を作る。その“場”には、運用管理に本気で取り組む参加者が集まる。参加者の集まりはさらなる“場”を創り、そこには貴重な体験や知恵、つながりがごろごろところがっている。そして、その貴重な“場”を無くさないために、ホストやスポンサー、寄付をする人たちが集う。そのサイクルが循環し、JANOGは17年間続いている。
「このような運営ができることは世界的にも珍しい事例で、とてもありがたいことだと思っています」(川村氏)。
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最後に、どうしても書いておきたいことがある。JANOG Meeting33の初日、会場ネットワークがつながりにくい時間帯があった。イベントの2日目の朝、会場運営委員長の神谷尚秀氏は、参加者に向けて裏で何が起きていたのかをていねいに説明した。説明が終わると、会場からは拍手が沸き起こった。
JANOGには、予算がない。自分がここで本当にやりたいことは何か。
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