第172回 新世代マイコンボード「Edison」が次世代を切り開く?:頭脳放談
IoTに力を入れているインテル。第2世代のマイコンボード「Edison」を発表した。プロセッサーとして新たにAtomを搭載、無線接続が可能で、Linuxも動作するらしい。Edisonによって「将来のアプリケーション」が生み出され、次世代のITが切り拓かれるかもしれない。
ソニーの大赤字の件が伝えられたばかりで、日本のエレクトロニクス業界の苦境は続いている。けれども、電子工作などを趣味や学習の一環として行っている人は意外と多いような気がする。大手の書店に行けば、Raspberry Piなどの低価格のマイコンボードを使った電子工作系の書籍が結構出版されているし、「モノづくり女子」向け(?)のものもある。電子工作のハードルがかなり下がっている感じがする。実は我が家にも小さなボードが各種ころがっている。
この手のボードに類するものは、一昔前どころかマイクロプロセッサーの創成期から「トレーニングキット」などと称して存在していた。今に至る「パソコン」もそのような「キット」の中から電子工作マニアに支えられて生まれてきた、ともいえる。
しかしエレクトロニクス業界が好調のころには、こういうボード類は販促ツールか玩具と見なされ、日陰者扱いされていた。それでも携わっている人々の努力で「マイコン用評価ツール」も低価格化が進んで購入しやすくなってきてはいた。しかし基本はクロス開発であり、パソコン上に開発ツールをインストールし、裸のハードウェアか、パソコンのOSとは概念からして違うRTOS(リアルタイムOS)などの環境向けに開発をしなければならなかった。そして何かやろうとすればはんだ付けが必須。最近ではスルーホール(電子部品のリード線を基板に差す孔のこと)もないので、老眼にはつらい小さな表面実装の部品を取り付けないと評価ができないことが多い。だいたい裸のハードウェアを制御するような作業が要求されるのでは、それなりのハードウェアの知識が不可欠であり、ハードルが少し高過ぎるのだ。
ところが、最近ではLinuxが走ってgccでセルフ開発ができるようなボード(例えばRaspberry Pi)が、数千円といった手頃な価格で手に入る。CどころかPythonなどのスクリプト言語で書いてもハードウェアが制御できる。ハードウェアといっても規格化されたインターフェースの先に、ちょこっとチップをつなげれば相当に高度なことができてしまう。受動素子とかトランジスターとか昔のハードウェアらしいハードウェアの回路を設計しなくてもよい。回路が簡略化した結果、半田付けでなくブレッドボード(電子部品のリード線などを差し込むだけで電子回路が組める基板)で十分な試作ができる。
結果、ソフトウェアから入った人々がその先のハードウェアの部分に手を出しやすくなっていることが裾野の広がりを支えているのではないかと思う。何といっても、ソフトウェアの開発ができる人口は、ハードウェアの開発のできる人口よりも多く(1桁くらい多いのではないかと勝手に想像する)。その上、日本では、ハードウェア専業(?)の人々の平均年齢が高齢化しているのに比べ、ソフトウェア側はまだまだ若くて知的好奇心もある。こういう状況が「面白そうなもの」へと駆動していく原動力になっているのではないだろうか。
そういう状況は、海外でも似たようなものだと思う。それどころか日本で売られている低価格のボード類のほとんどが海外の何らかの組織によって企画されたもので、日本国内の方が「ムーブメント」に出遅れている感がある。この手のボードを出発点にした「プロジェクト」から、ロボティクスとかIoT(Internet of Things)とかの面白い装置が考案されて登場してくるというのに。
そのような動きに「乗った」のか「乗りたい」と思っている大手半導体メーカーもある。「これからはIoTだ」と宣言済のインテルだ。今回、インテルは、第2世代のEdisonという「ボード」を出してきた。電池で動作可能で、無線(Wi-Fi/Bluetooth)でインターネットに接続できるIoTの必然仕様である。第2世代というからには第1世代もある。
第1世代は、以前に取り上げたQuarkをコアにしたSDカードサイズのボードで、世の中全て、津々浦々どころか部屋の隅々にちりばめられるシステムを狙ったわけである(「頭脳放談:第161回 Intel様、Quarkが組み込み世界を席巻する方法教えます」参照のこと)。しかし、第1世代での「反省」もあったのであろう、第2世代では第1世代と構成を変えてきた。Quarkが乗っているのは同じなのだが、Quarkはハードウェア制御用のMCUつまり日本でいう「マイコン」扱いになり、これとは別にAtom系のプロセッサーでLinuxなどを実行させるようになっている。そのためか、第1世代よりも少し大きくなった。当然、電気の消費も多いのではないだろうか。
第2世代のEdison
プロセッサーは、第1世代に搭載されていたQuarkに加え、第2世代ではAtom(Silvermontコア)ベースのSoCも搭載する。ただ、そのため大きさは、第1世代のSDカードサイズから第2世代では一回り大きくなってしまった。
勝手な想像だが、「マイコン」開発では、先ほど書いたような理由で、ハードルが高くて裾野が広がらないので、やはりLinuxのような汎用OSを載せる決断をしたのではなかろうか? きっと、「インターネットにつないでいくのには、Linuxが都合がいいから」などと説明するのだろう。だがRTOSだけでも、インターネットにつなげるプロトコルスタックもサーバーソフトウェアも動作させられるが、ハードルは高くなる。やはり、多くの人々を巻き込むためにはLinuxが必要なのだろう。そして、電子工作のコミュニティとの連携も図っている。インテルは、第1世代からArduinoという、かなり普及しているマイコンボード互換にしてきているが、これに力を入れている感じである。Arduinoは、いろいろな種類の基板を積み重ねてシステムアップできるところが受けて人気だ。Arduinoのシリーズは結構ロボットとかのプロジェクトに使われているようだ。
また、大手メーカーの取り組みとして当然なのは、無線を積んでいるボードとして当然の技適(技術基準適合証明)を取得してからの販売となることらしい。実は、無線搭載の低価格「評価ボード」類の中には技適を取得せずに売られているものがかなりある。「評価ボード」を買って開発をするような人はプロだ、という認識で(マイコンボードのクロス開発で無線のプロトコルスタックをいじれるような人はプロと判断されるのだな……)、技適は自分で取る(取得費用に数十万円はかかるだろう。ボードの価格は数千円から1万円くらいなのに)か、外部に電波が漏れない装置の中で評価する(自宅に電波暗室やシールドルームを持っている人がいるのだろうか)前提である。そのようなボードの場合、いくらボードが安くても、会社にシールドルームがある人以外は購入しても使いようがない。その点、Edisonが技適付きで売られれば、アマチュアでも無線を飛ばして利用できるわけだ。
「ちゃんとやろうとしている」インテルのIoTではあるのだが、アナリストは疑っているようだ。第2世代のEdisonの発表と同時期に発表されているデータセンター向けのインテル Xeonのプレスリリースと比べて読むのがよい(インテルのニュースリリース「デジタルサービス時代に向けたデータセンターの変革を。最新のインテルXeonプロセッサーが加速」)。言わずと知れたデータセンター向けのサーバー用プロセッサーはインテルにとっては経営の大きな柱であり、その発表には長々とした製品リストや出荷実績、価格などが盛り込まれている。「現」ビジネスであり、そこへの経営資源の投下に対するコミットというものは疑いようがないわけだ。またアナリストにしたらリターンについて予測の計算ができるだろう。予測に対して上だ下だと一喜一憂できるわけである。結果が一憂に終わったシーズンでも確実に巨額のお金は流れるのだ。
一方、Edisonには、「何か面白そう」という期待はあるものの、「誰が、いつ、どれだけ買ってくれるの?」という肝心の点が分からない。定量的な分析ができない以上、アナリストが不信の目で見るのは当然だろう。それに、売れたとしてもそれほど大きな売り上げには、すぐにつながらないに決まっている。数千円のボードが100万台売れたとしても、数十億円の売り上げにしかならないのだ。電子工作、試作、少量生産といった売り先を相手にしたボードとして、100万台というのは結構大当たりの数字じゃないかと思うのだが、それでもその程度だ。その上、ボードの原価率はチップ単体に比べたら高いに決まっているので、利益率は低くなるはずだ。何か出荷台数が稼げる「大当たりのアプリケーション」が登場するまで耐え忍ばなければ花開かないわけだ。数千円のボードが年間に1億台も売れれば、アナリストも少しは見る目を変えるだろうが。
また、ボードを買う側からすると既存の他のボードとの比較になってくる。Edisonは無線を積んでいる分、無線のないボードよりも「ポイント」は高そうだが、価格はどうか。趣味の1台なら多少高くても仕方がないが、数を使うとなると他のボード(ほとんどはARM搭載だ)と比べたくなる。この場合、Linux搭載、RTOSも搭載、無線も搭載というゴージャスさが逆に足枷となるかもしれない。Linux搭載だけ、RTOS搭載だけといったマイコンボードはピンからキリまでいろいろあるからだ。そのあたりをまとめて吹き飛ばせるほどの価格競争力があれば、Edisonが「将来のアプリケーション」を生み出す世界を制覇できるかもしれない。第2といわず、第3、第4と矢を放っていく間、儲けが出ないままに我慢できるか否かじゃないだろうか(アナリストが「そんなもうからないものに開発費出すな」などといっても耳を貸さないこと)。そこのマイコンボードで遊んでいるお兄さんかお姉さんの中から次世代を切り開く新アプリケーションが登場するのは必然である。年寄りのオヤジも安くて簡単なら買うから忘れないでいてほしいが……。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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