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ユーザーが資料をくれないのは、ベンダーの責任です「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(11)(1/2 ページ)

ユーザーが要件定義に必要な資料を提供しなかったため、システム開発が頓挫した。責任を取るべきはユーザー、ベンダー、どちらでしょう?

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「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

ユーザーが義務を果たすためにはベンダーの支援が必要?

 本連載は主としてITベンダー向けに書いており、取り上げる紛争事例もどちらかといえばベンダーに厳しい結果が出たものが多い。そのせいか読者の皆さまから寄せられる意見の中には「裁判所はユーザーの責任をどのように考えているのか、開発側に負担が寄り過ぎてはないか」といったものも散見される。

 しかしもちろん、判決の中にはユーザーの協力義務を厳しく問うものも多く、必要な時期までに要件定義を行わないユーザーや、仕様の確定に必要な情報をタイムリーに提供しないユーザーにこそプロジェクト失敗の責任があるとするものも少なくない。裁判所が、特にユーザー寄りというわけではないというのが、数多くの判例を調査しての私の実感だ。

 ただし、ここで考慮に入れなければならないのはユーザー企業のスキルと経験である。システム導入におけるユーザーが負うべき責任についての裁判所の判断は、ユーザーにシステム導入の経験があるかないかによって異なる。

 開発するシステムにどのような機能や性能を持たせるのか、使い勝手やセキュリティをどのようにするのか、といった要件を定義するのは、原則としてユーザーの役割である。しかし、ユーザー企業にIT導入のスキルや経験がなければ、そもそも要件として何を決めなければならないのか、いつまでに決めなければどれほど困ったことになるのかは分からない。その辺りはどうしても、ベンダーがユーザーを助けてガイドしていかなければならない事柄であり、数々の判決を見る限りこうした支援はベンダーの親切ではなく義務であるというのが裁判所の考え方のようだ。

 大手銀行のシステム室のように多くのシステム導入経験を持つユーザーと初めてシステムを導入するユーザーでは、要件定義の責任がおのずと変わってくる。経験の少ないユーザーが協力義務を果たすにはベンダーの支援が不可欠であり、サポートするのはベンダーの責任である、というわけだ。

 今回は、十分なスキルと経験がないユーザーの場合にベンダーが行わなければいけないことの一端を、裁判所の判決を例にとって紹介しよう。

ユーザーの協力義務違反をベンダーが訴えた例

【事件の概要】(東京地裁 平成19年12月4日判決より、抜粋して要約)

 あるコンサルティング会社(以下 ユーザー)がソフトウェア開発会社(以下 ベンダー)に自社システムの開発を委託した。しかしシステムは完成せずユーザーはベンダーに契約の解除と既払い金1800万円の返金を求めたが、ベンダーがこれを拒んだため、訴訟となった。

 ベンダーはシステムが完成しなかった原因は、以下に示す通りユーザーの責任であると主張した。

(1) (新システムへの)要求が(契約時点より)肥大化した
(2) ユーザーが(要件定義に必要な)調査・分析資料を提供しなかった
(3) ユーザーは要求の変更を繰り返した
(4) ユーザーの代表者が威圧的態度であったため、ベンダーの開発リーダーが離脱せざるを得なかった

※( )内は筆者の加筆

 ベンダーの主張はいずれもIT訴訟でよく話題になる事柄であり、一つ一つじっくりと考えたいところだが、今回はユーザーの協力義務とベンダーの支援に関わる争点として、「(2) ユーザーが調査・分析資料を提供しなかった」という点に絞って話を進めよう。

 紛争のユーザーであるコンサルティング会社は、IT導入に関して多くの経験や知識を有する企業ではなかった。従って、システムの要件定義も実質はベンダーが内容を検討して文書化し、ユーザーがそれに合意する形で進められたようである。ただ、ベンダーが要件を検討していくにしても、ユーザー側には、システム化対象の業務や既存システム、接続する他システムなどに関する情報を必要な時期までに提供する義務はある。これはユーザーの協力義務の一つである。

 ところが、この開発ではユーザーが既存システムに関する性能やデータベースに関する情報をタイムリーに提供しなかった。ベンダーは、このことがシステムの完成を妨げた大きな要因になったと主張したのだ。

ユーザーとベンダーの専門性を踏まえた判決

 なるほど、もっともな主張に思える。必要な情報を必要な時に提供してくれないことには、要件定義もシステム設計も実施できない。私もこの判決文を読みながら、他の3点の主張と合わせて、ベンダー側に有利な判決が出るかと予想したが、裁判所の判決は違っていた。

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