ブロックチェーンは「取引コストゼロ」の世界を実現しようとしている:特集:FinTech入門(3)(2/3 ページ)
本特集では金融業界がFinTechでビジネスを拡大するために必要な技術要件を浮き彫りにし、一つ一つ解説していく。今回は、FinTechの潮流の中で、特に注目を浴びているキーワード「ブロックチェーン」についてのセミナーの模様を紹介する。その応用分野は狭義の「金融」にとどまらない。流通やヘルスケア、音楽、ゲーム、さらには「契約」全般など、幅広い可能性を秘めたブロックチェーンの可能性を探る。
コミュニケーションやモノ、エネルギーの「分散化」を支えるブロックチェーン
続く講演では、森・濱田松本法律事務所のパートナー、増島雅和氏が、一歩引いた大局的な観点からブロックチェーン技術の位置付けを捉え直した上で、シュベンカー氏も示したさまざまな分野への応用の可能性を示した。
増島氏はブロックチェーンを、FinTechの中心的な技術としてだけではなく、「世の中全体が分散型、非中央集権型に動いている」(増島氏)という大きな変化を構成する要素と見なしている。例えばコミュニケーションの在り方は、インターネットによって分散化した。形ある「モノ」の流れも、IoTをはじめとする技術革新によって情報化され、分散型輸送ネットワークの上でシェアリング可能になりつつある。そして、スマートグリッドによって、エネルギーもまた分散化しようとしている。
このようにコミュニケーション、モノ、エネルギーが分散型ネットワークに移行する上では、二つの技術要素がカギを握っている。一つは、分散型ネットワークのスマート化に必要な「インテリジェンス」であり、もう一つがブロックチェーンなのだという。
「どこにどれだけの情報が流れているか、それに伴ってその後ろで生じるお金の流れがどうなっているかを示し、モノの動きと同時に金銭の決済をするのに必要となるのがブロックチェーンテクノロジーだ」(増島氏)。つまり、リアルな世界で情報やモノ、エネルギーが移動するその裏側で、金銭的な価値がやり取りされるのを支援するのが、ブロックチェーンであり、FinTechなのだ。
経済学の理論の世界にしか存在しなかった「取引コストゼロ」を実現?
「チェーンの中に、送金に関する情報、つまり『金銭』というアセットに加え、『モノ』のアセットを記述し、それが同時並行、同時履行で動いていく。これを契約と呼ばずして何と呼ぶのか」と増島氏は言う。
現在の商取引では、今月使った分の電気代やさまざまなサービスの対価を月末で締め、翌月にまとめて支払う方法が主流だ。「数円単位といった小額決済のために決済網を使うと、決済システムのコストが高く、話にならなかった。加えて、与信をどうするか、払ってもらえない場合の信用リスクにどう向き合うかも課題だった」(増島氏)。
現在はこうした決済プロセスを前提に、何らかの「債券」を現金化することが銀行のビジネスの一つにもなっている。だが、ブロックチェーンは「今買ったものが、今、小額でも決済される」(増島氏)ことを実現し、こうしたお金の流れを変えていく可能性がある。
究極的には「ブロックチェーンは、経済学の理論で想定される『取引コストゼロ』の世界を実現しようとしている」と増島氏は述べた。つまり、現実の取引ではどうしても発生してしまう、取引先を探すサーチコストやネゴシエーションコスト、契約を守ってくれることをモニタリングするコストなどを削減できる。加えて、大量のデータを解析することによって情報の非対称性が解消されることも、取引コストを限りなく極小化していくという。
中でも最も力を発揮する部分として、増島氏は「モニタリング」を挙げた。例えば「来週はこれを支払い、二週間後にはあれを支払います。これらを支払う条件は、これとそれを満たすことです」という契約を結んだ場合、それが履行されるかどうかのモニタリングを、ブロックチェーンの認証プロセスによって実現するというわけだ。さらに、条件が成就したかどうかの認証を、IoTから得られる客観的なデータに基づいて実現できれば、認証プロセスも自動化できる。「こうした仕組みによって、執行を確保するためのコストがどんどん安くなっていく」(増島氏)。
「理論上の話とされていたもの(取引コストゼロの世界)が、現実になる。これは、取引が効率化し、利用者の利便性が向上していくことを意味する」(増島氏)
こうした事柄によって、金融機関の仕事は大きく変わる可能性がある。これまで基礎にしてきた情報の非対称性ではなく大量のデータを基に「リスク」というものを算出することで、コストが下がる。さらに、貸し付けたものの返済の仕組みをプログラムとしてチェーンの中に記述し、それを期日通りに実行していくことで、返済が実行されることになる。
契約書は全てプログラムで記述し、ブロックに書き込める
増島氏はまた、シリコンバレーだけでなく、日本国内にもブロックチェーンテクノロジー企業が生まれ始めていることにも触れた。「SmartCoin」を皮切りに分散型コンピューティングシステムの提供を目指すOrbとテックビューロの「mijin」だ。特に後者は「汎用的なプラットフォームを作ることによって、ポイントシステムやオンラインゲーム、アセットの管理、さらにはドキュメント管理や社内稟議などにも使えるだろうと期待されている」という。
これらテクノロジー企業と協力しての実証実験も相次いで発表されている。ちょっと毛色が変わっているのは、アイリッジの取り組みだ。「ゼロダウンタイムのバックエンド環境を作るためにブロックチェーン技術として「mijin」を活用しようとしている。今のWebサービスは大量のアクセスが来るとダウンしてしまう。そこでブロックチェーンを使うことにより、大量のアクセスがあってもダウンすることなく、スピードが遅くなるだけで済ませる状態を実現する。ポイントは、それを安価に実現することだ」という。
さらに増島氏は、本業である法律と密接に関わる「スマートコントラクト」の考え方にも触れた。「契約書は『If〜,Then〜』の世界。株式譲渡契約が好例だが、『Xという財がAという人からBという人に移転する。それと同時にYという金銭がBからAに移転する。それぞれが動く条件はこのようになっている』ということを、チェーンの中に入れるプログラムできれいに書くことができる」(増島氏)。同時履行もマルチシグネチャによって保証可能だ。
「『契約』というものは全て、ブロックチェーンで書けることになる。ここからどういうサービスを作っていくかを、皆が考えていくことになるだろう。電力契約やゲーム上の課金、あるいは企業間物流などさまざまな取引が、インターネット上でセキュリティが確保された形で、しかも安価に実現できるだろう」と増島氏は期待を寄せた。
モニタリングに有効であるというブロックチェーンの特質は、ガバナンスの効率化、自動化にも有効だ。「今は取締役のガバナンスを株主総会でやっている。例えば、『次の年度でこれとあれの条件を満たしたならば、取締役に報酬を支払う。ただし法に反することを行ったならば支払わない』といったことを記述し、その通りにトランザクションが動けば、ガバナンスやモニタリングに要してきたコストは不要となるだろう」(増島氏)
このように金融や取引の在り方を根本的に変えていく可能性のあるブロックチェーンだが、それが現実のモノとなるには課題もある。
「例えば、法定通貨とブロックチェーンをつなげていくには、銀行の預金情報とブロックチェーンがつながり、RestfulなAPI経由でアクセスできなくてはならない。今多くの金融機関が『FinTech』『ブロックチェーン』で沸き立っているが、日本の銀行でRestful APIを提供しているところはまだ少ない。今後、銀行APIの世界ときちんと向き合わなくてはならない。これは同時にサイバーセキュリティ上難しい問題を伴うものになるだろう」(増島氏)
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