現金より情報の方が盗みやすい?――ある実験が明らかにした「行動規範はセキュリティに役立つか」:「セキュリティ心理学」入門(2)(1/2 ページ)
人間にまつわるセキュリティを考える本連載。第2回のテーマは「行動規範はセキュリティに役立つのか?」です。企業における「社是・社訓」や、国家公務員に対する「倫理規程」などの行動規範が、情報セキュリティ上果たす役割について、ある実験を参考に考えます。
「行動規範」の役割とは
企業や専門家団体など、各種の組織において、「社是・社訓」や「倫理規定」などといった「行動規範」が定められていることがあります。また、専門資格などを受験したときに、合格条件の中に「倫理規約の順守」といった項目が入っていることもあります。このような規範は、どうして必要なのでしょうか? また、情報セキュリティの面から見たとき、こうした規範は一体どのような役割を果たしているのでしょう。今回は、こうした行動規範の持つ効果について考えます。
まず、いきなり「行動規範」などと言われてもピンとこない方のために、一例として、情報セキュリティの専門家資格である「CISSP(Certified Information Systems Security Professional)」の認定試験などを実施している(ISC)2が定めている「倫理規約」の一部を紹介します。
(ISC)2倫理規約(抜粋)
倫理規約の序文
- 社会の安全性を高め、当事者の責務および相互の義務を果たすには、最高レベルの倫理行動規範に従う、
もしくは従う姿勢を示す必要がある。 - よって、当倫理規約の規律を厳守することがCISSP認定の条件となる。
倫理規約の規律
- 社会、一般大衆の福利、およびインフラを保護する。
- 法律に違わず、公正かつ誠実に責任を持って行動する。
- 当事者に対して、十分かつ適切なサービスを提供する。
- 専門知識を高め、維持する。
上記規律を達成するため、以下に指針を示す。
(中略)
- 次のような行動の抑制に努める。
- 不必要な心配、不安、疑惑を煽る。
- 安易に安心感を与え、根拠のない保証をする。
- 悪い習慣を承諾する。
- パブリックネットワークに脆弱なシステムを接続する。
- 非専門家と繋がりを持つ。
- 未経験者を認める、または未経験者と連携する。
- 犯罪または犯罪的行為に関わる、あるいは関わっているように見える。
(以下略)
(ISC)2では、上記の規約は必ず従うべきものではなく、「倫理的ジレンマに直面したときに、その状況を分析し、問題を解決するための糸口」として参考にしてほしいとしています。しかしながら、この規約に故意に違反すれば、「資格の取り消し」もあり得るとしています。さて、このような行動規範には、一体どのような意味があるのでしょうか?
ここで、行動規範の効果を考える上で参考になる、ある実験を紹介しましょう。
ダン・アリエリーの実験
これは、行動経済学者のダン・アリエリー(Dan Ariely)が、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の学生を対象に実施した二つの実験です(参考:ダン・アリエリー著『予想どおりに不合理』、早川書房)。情報セキュリティについての実験ではありませんが、興味を引くものです。
実験1
MITの学生寮の共用スペースにある複数の冷蔵庫に、6本パックの缶コーラと6枚の1ドル札を載せたお皿を置いて、それぞれ72時間(3日)後にどうなるかを調べた。
結果
72時間後、共用スペースにある複数の冷蔵庫から、全てのコーラがなくなっていたが、1ドル札はそのまま残っていた。
実験2
MITの学生に計算問題を5分間で20問回答させ、終了後にグループごとに以下のことを行った。
- グループ1:終了後、解答用紙を提出させ、正答1問につき50セントを支払った
- グループ2:終了後、正答数を口頭で実験者に伝えさせ、正答1問につき50セントを支払った(解答用紙の提出は不要)
- グループ3:グループ2と同じだが、現金ではなく正答数分の「引換券」を渡し、部屋から少し離れた場所にいる別の実験者が、引換券1枚につき50セントを支払った
結果
実験の結果、各グループの正答率は以下のようになった。
グループ | グループ1 | グループ2 | グループ3 |
---|---|---|---|
平均正答率 | 3.5問 | 6.2問 | 9.4問 |
この二つの実験から分かったのは、以下のことです。
- 現金より物(缶コーラ)の方が持ち出される可能性が高い
- 自己採点(他人が関与しない)では、「うそ」の申請をする可能性が高い
- 現金よりも、非現金(引換券)の方が、不正を行う可能性が高くなる
この実験結果を情報セキュリティに置き換えて考えると、「情報には価値はあるが、現金ではないため、現金以上に盗取の可能性が高くなる」と考えることができます。金銭を直接盗み取るより、情報を盗み取る方が「心理的なハードルが低い」といえるのです。
さらに、この実験には続きがあります。
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