FinTech時代の到来で日本の金融システムはどう変わるのか?――銀行グループ改革と金融規制の在り方を問う:特集:FinTech入門(5)(2/2 ページ)
金融とITの融合によって多様で革新的な金融サービスを生み出す原動力になると期待されるFinTech。FinTechは日本の金融システムに何をもたらそうとしているのか? 1月20日に開催された「BINET倶楽部セミナー」では、日本総合研究所の副理事長で金融審議会の臨時委員を務める翁百合氏が「FinTechの現状と日本の金融システム」と題して講演を行った。
FinTech普及には銀行規制の見直しが不可欠
このように、FinTech普及のカギを握るオープンイノベーションを促進するためには銀行規制の見直しが不可欠だ。オープンイノベーションで大きく先行する欧米では銀行の業務範囲規制はどのように緩和されてきたのだろうか。
米国では、1999年に銀行グループがより広い業務を取り扱うことができるように、「金融持株会社(FHC)」制度が創設された。これは、FHCに対して、「銀行持株会社(BHC)」よりも広い範囲の「本源的な金融業務または付随業務」を容認するものだが、FHCはFRB(米連邦準備制度理事会)の個別認可を得て「金融業務の補完的業務」に従事できるようになった。
一方、EUは、1989年からユニバーサルバンキング制度を採用しており、業種に関係なく一般事業会社の議決権を100%まで取得・保有できる。ただし、自己資本比率規制上、一定の制約は設けられている。
日本の規制の現状はどうか。日本でもこれまで、金融グループを巡る制度改革が行われ、銀行グループの業務範囲は拡大されてきた。しかし、翁氏は、「銀行子会社などの業務範囲規制は“限定列挙方式”になっているなど、欧米と比較すると、やや柔軟性・拡張性に欠ける枠組みだった」と指摘する。金融審議会では、邦銀でも決済高度化などの観点からベンチャーなどへの出資を認める方向で検討が進められている。
また同時に、銀行の健全性に及ぼす影響などを考慮して、投資可能額に何らかの上限を設けることや、限定列挙業務以外の業務のリスクの性質や大きさ、銀行業とのシナジーの有無などを個別に検証して認可する枠組みの検討もする必要があるという。
翁氏は、新たな枠組みについて、「米国FHCを参考に、健全性が高く、実効性のあるリスク管理が行われている銀行持ち株会社に出資を認めるようにするなどの検討が必要になる」と説く。その一方で、当局による個別認可方式を採用する場合には基準が明確である必要があり、透明性の欠如、当局の裁量の拡大といった課題をどう補完するかを検討する必要があるとしている。
EC事業者を中心に新たな金融サービス提供の波が
日本でも、近年、電子商取引(EC)市場が急速に拡大する中で、楽天やヤフーなどの事業会社によるネット決済ビジネスへの参入が活発化している。最近では、ECモールなどによって得られた膨大な販売情報や決済情報、出店者情報などを活用して、電子商取引と金融サービスを融合させた新たな金融サービスが登場しつつある。
例えば楽天は、2013年に出店者向けのネット決済サービス「楽天スーパービジネスローン」の提供を開始。2014年には楽天市場の振込先口座を「楽天銀行 楽天市場支店」に一本化している。またヤフーは、2007年に出店者向けネット決済代行サービス「Yahoo! ウォレット」の提供を開始。2015年には、商品の販売情報や顧客評価を基に審査するジャパンネット銀行による出店者向け新型融資の取り扱いを開始している。
世界に目を向けると、近年、欧米を中心に「P2Pレンディング」による融資ビジネスが急拡大している。P2Pレンディングとは、ネットを介して個人の貸し手と借り手を結び付ける融資手法であり、銀行を通さずに融資ができることから、現状の金融システムに大きな影響を与えると見られている。中国でもP2Pレンディングのビジネスが活発化しており、2015年には、中国のアリババもP2Pレンディング最大手の米国レンディング・クラブとの提携を発表している。翁氏によると、金融審議会ではまだP2Pレンディングについて踏み込んだ議論はなされていないが、いずれは新たなルール作りが必要になるという。
取り組みが遅れる邦銀のネット決済ビジネス
米国においても、もともと銀行は規制によってECモールを直接運営することは認められていなかった。しかし、2000年代前半に、ネット決済ビジネスなどの普及を踏まえ、銀行による「バーチャルモール」の運営が認められるようになり、多くの銀行がECモール事業に参入し、ネット決済ビジネスを積極的に手掛けるようになった。
一方、日本では、銀行は規制によって今でもECモールを運営することが認められていない。そのため、電子商取引との親和性が高いネット決済ビジネスは、EC事業者だけではなく、銀行にとっても有望な成長分野であるにもかかわらず、銀行自身はこれまで積極的に取り組んでこなかった。
2015年12月の金融審議会の報告では、銀行のネットショッピングモールの運営を認める方向が示されており、「今後はネット決済ビジネスを巡って“新たな競争”が起こるかもしれない」と翁氏は予想する。
日本の金融業界と規制当局に求められること
米国、欧州、中国に大きく後れを取っている日本の金融システム。FinTech時代に見合う金融システムの構築に向けて、金融業界と金融規制当局は、今後どのように対応すべきなのだろうか。
日本の金融グループは、金融持株会社を中核に、地方銀行を含む金融機関の統合を進めながら、さらなる多様化、国際化の道を歩みつつある。金融グループの業務の現状を見ると、銀行本体の業務の収益比率は低下する傾向にあるが、現行法の下では、金融持株会社は金融機関の主要株主の一形態にすぎない。翁氏は、「単体の金融機関がバラバラに戦略を立案するのではなく、金融持株会社には金融グループ全体をカバーする新しい戦略を立案する役割が求められている」と指摘する。
金融持株会社は、新しい役割の下で、グループ全体のリスク管理を強化することが求められる。「金融規制当局は、子会社の業務範囲は柔軟化し、持株会社によるグループ共通業務の統合的な実施を実現する必要がある」と翁氏は強調する。
もう一つ、金融業界に求められているのは、日本の環境の変化への対応だ。低成長、人口減少、高齢化の影響は極めて深刻であり、金融機関の収益環境は厳しくなる一方である。そうした中、金融業界は、各金融機関の経営資源を有効活用すると同時に、足りない経営資源については外部から積極的に取り入れ、新しい顧客ニーズに対応していく必要がある。
また、各金融機関は経営効率化と両立する金融ITの活用を進めると同時に、顧客ニーズを踏まえて、積極的にITを活用した新しいサービスを提供していく必要がある。翁氏は、「IT技術を使うことを目的とするのではなく、経営戦略に照らしてITを何のために使うのかを考えることが求められる」とアドバイスする。
一方、金融規制当局に対しては、国際的なIT革新の動向を踏まえて、従来の金融業以外のさまざまな担い手によるイノベーションもサポートすることを前提とした対応が求められている。また、「規制によって安心を確保する」という考え方だけではなく、先進的な技術革新やデータ分析を駆使して利用者が安心して新しい技術を活用できる柔軟な規制の在り方を模索する必要もある。
翁氏は、「多様なビジネスモデルの継続的な創出を前提とするダイナミックで適切な規制の在り方はどうあるべきか、規制監督当局の発想の転換も迫られている」と力を込める。
翁氏が指摘しているように、FinTechの台頭が、日本の金融業界や規制当局に変化を促すきっかけになっていることは確かなようだ。
次回は、金融庁の取り組みについて
本特集の次回は、FinTechをめぐる金融庁の取り組みについてのセミナーのレポート記事をお届けする。
特集:FinTech入門――2016年以降の金融ビジネスを拡張する技術
「Finance(金融)」と「Technology(技術)」を足した造語である「FinTech」。その旗印の下、IT技術によって金融に関わるさまざまな業務や処理を利便化し、ビジネスの拡大を図る動きが国内金融業界から大きな注目を浴びている。大手銀行からスタートアップまで「FinTech」という言葉を用い、新しいビジネスを展開するニュースが相次いでいる。言葉が氾濫する一方で、必要な技術について理解し、どのように生かすべきか戦略を立てられている企業は、まだ多くないのではないだろうか。本特集では金融業界がFinTechでビジネスを拡大するために必要な技術要件を浮き彫りにし、一つ一つ解説していく。
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