第189回 IoTデバイスの電源どうしますか?:頭脳放談
IoTデバイスは、長期間にわたって電池交換などをせずに使える方がよい。そこでPsiKickが開発している、受信する電波そのものを電源する超低消費電力の無線技術に注目したい。
このところIoTネタが続いているが勘弁していただきたい。IoTでも金になるのは「集めた後のデータを使ってどうビジネスするかだ」ということは分かっているつもりだが、今回の題材もハードウェア、それも見掛け上、かなり地味な電源と無線という分野である。しかし、この筋はもくろみ通りにできたのならばインパクトの大きさはかなりなものがあるとみた。
以前からIoTデバイスの電源と通信の重要性については指摘してきたつもりだ(頭脳放談:第173回 IoTで気になること、それは電源と通信の関係)。2016年の半導体関連の学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」で、まさにそのような電源と通信の重要性を体現したようなデバイスを発表したスタートアップのファブレス企業が現れた。その名を「PsiKick」という。
またまたシリコンバレーで金を集めた(まだ集めている途中)の会社のようだ。今のところ社員は二十数人だそうだ。見たところ、大手半導体ベンダーで設計をしていたそれなりのメンバーを集めているようだ。まぁ、それだけいればベンチャーなら一通りのことはできるだろうし、「ISSCC 2016」で発表したともなれば、金もまだまだ集まりそうだから人はすぐにも増やすのではないだろうか。
同社がISSCC 2016で発表したのは、大きなくくりではとても渋い分野と言わざるを得ない「ビーコン」用のデバイスである。端的な応用分野のイメージとしては、体に付けて持ち運ぶけれども、電池交換などはあまりしたくないものである。例えば、時計とか生体計測用のセンサー装置とか、キーレスエントリのような認証デバイスとかに仕込んで使うようなものだ。
スマートフォンとかモバイルの装置、あるいは建物なり車なりに組み込んだホストから無線で呼びかけたらそれを受信して起き上がり、隣で深い眠りに入っているSoCなどを起動させる。実際の処理は起動したSoCの方がやることになるのだろう。
超低消費電力を要求する無線装置は結構多い。例えばキーレスエントリなどは最低でも初回の車検期間の3年くらいの長い電池寿命が求められる。デバイス側から信号を送ったときに双方向通信するだけの装置ならば、送信回数を減らせば電池も持つが、ホスト側からの何らかの呼び掛けに答えなければならない場合は、長い電池寿命を実現するのはかなりきつい。常にホスト側からの呼び掛けを待って、受信回路をオンにしていれば、何も呼び掛けの信号が来ていなくても電気を消費してしまうからだ。
微弱な無線信号を受信するためには、まずはアンプが必要で、アンプというアナログ回路は電気を多く消費するものなのである。だから、電池を積んだ多くのシステムでは、小まめに受信回路の電源を切り、電池をセーブする。オンの頻度を下げれば電池は持つが、呼び掛けても応答しない時間が長くなって使い勝手が悪くなる。頻度を上げれば電池が持たない。そこで期待されるのが何らかのエネルギーを収集して動作し続ける無線デバイスである。
電源としてすぐに思い付くのが太陽電池であるが、暗闇では動かないといった弱点もある。PsiKickが今回発表したのは、受信する電波そのものを電源にして起動するバッテリーレスの無線デバイスである。ただし主たる仕事は呼び掛けを受けたら、横で深い眠りについている主たるチップをたたき起こすような仕事だけのチップだ。多分、現段階では主たるチップ(SoC)の方まで手が回っていないようなので、そちらはバッテリーで動かすのだろうが、将来的にはそちらもバッテリーレス化を狙っている雰囲気がありありだ。
実は広い意味でのバッテリーレスの「無線」というのはかなり普及している。皆さんが持っているスイカやパスモといったICカードに入っているパッシブ型のRFIDの技術を思い浮かべてもらいたい。
パッシブなRFIDの場合、外から電源でありかつ信号の搬送波でもある電磁波を与える。改札口やコンビニなどでは、IDなどを読み取るとともに、カードの中の制御チップを動かしてメモリを書き換えたりしている。普通の無線とちょっと違うのは、カード側から能動的に電波を出さないことだ。
送信器(リーダライター)から送っている電力は効率よく伝送できるとは限らないので、やっている仕事の割には大きい。その送信側から送られてくる電力を「吸い取る」ことで送信側に返事をしている、という感じだ。そのためもあって送信電力が比較的大きい割には遠くまで届かない、速度が遅い、周囲の環境に影響されやすいといった欠点があるが、電池がいらないという最大の利点で普及している。
一方、能動的(アクティブな)無線デバイスでも、空中を飛び回っている各種の無線のエネルギーを回収して動作するデバイスというものがないわけではない。いろいろな試作例などは聞いたことはあるのだが、一般に普及しているものはないように思う。放送電波などから電力を吸い取ったりすると法律や倫理の上で問題になるからだろうか。
PsiKickが発表したのは、Bluetooth Low Energy(BLE)規格、つまりはごく普通に普及している規格を使う能動的な無線に対するデバイスである。能動的なといっても今回のは呼び掛けに答えて起動する、という限られた役割だから現時点で大まかな見方をすればその役割は、RFIDとそれほど変わらない。
しかし、モバイルとかウェアラブル用途で一般に普及している無線規格でやってきたのはとても実用的だ。ネットワークに接続するのは簡単だから、IoTデバイスとしての展開もまた容易なはずだ。これが特定用途向けの無線規格だと途中に高価なゲートウェイ装置のような専用装置をかませることになって展開が限定される。
このPsiKickという会社は、サブスレッショルドを操り、超低消費電力の無線技術とアナログ回路技術、無線に限らずいろいろな物理現象から電力を得られるエナジーハベスティング技術、電源技術などを組み合わせて本当にバッテリーのいらないIoTデバイス、当然実用的で商品となるもの、を作ろうともくろんでいる会社のように見える。
世の中、ありとあらゆるところに各種のセンサー類が設置されることになるであろうと考えて、何億台、何十億台どころか、もっと桁違いに多いはずのそのボリュームを狙おうとしているわけだ。ただし量産になったときの価格は安くないと駄目だが。その第一歩として名刺代わりのバッテリーレスのビーコンのようだ。方針には賛成する。が、どこまでやり切れるか。お手並み拝見というところか。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
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