コンピュータを使わないアンプラグドな体験と容易にできるプログラミング環境があれば、小学生も教師も楽しく学べる:特集:小学生の「プログラミング教育」その前に(1)(2/2 ページ)
政府の新たな成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され多くの議論を生んでいる。本特集では、さまざまな有識者にその要点を聞いていく。初回は大阪電気通信大学 教授の兼宗進氏に話を聞いた。
「プログラミング的思考」と「コンピュテーショナルシンキング」
「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」では、「プログラミング教育」「プログラミング的思考」について下記のように位置付けている。
プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、発達の段階に即して、次のような資質・能力を育成するものであると考えられる。
【知識・技能】
(小)身近な生活でコンピュータが活用されていることや、問題の解決には必要な手順があることに気付くこと。
(中)社会におけるコンピュータの役割や影響を理解するとともに、簡単なプログラムを作成できるようにすること。
(高)コンピュータの働きを科学的に理解するとともに、実際の問題解決にコンピュータを活用できるようにすること。
【思考力・判断力・表現力等】
・発達の段階に即して、「プログラミング的思考」(自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力)[5]を育成すること。
【学びに向かう力・人間性等】
・発達の段階に即して、コンピュータの働きを、よりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を涵養(かんよう)すること。[5]いわゆる「コンピュテーショナル・シンキング」の考え方を踏まえつつ、プログラミングと論理的思考との関係を整理しながら提言された定義である。
「プログラミング的思考」について定義があいまいで整理されていないことで「コンピュテーショナルシンキング(*)でいいのでは」という議論を呼んでいる。この点について、兼宗氏も「いろいろな人から質問されることが多かったが1週間くらいで沈静化した」と話す。
*「コンピュテーショナルシンキング」
Microsoft ResearchのVice PresidentであるJeannette M. Wing氏が2006年に発表したエッセイ。公立はこだて未来大学の中島秀之氏が「計算論的思考」として翻訳したPDFで、その考え方を日本語で読むことができる。
「プログラミング的思考の方は、ソースコードを書くというイメージが強いです。一方で、コンピュテーショナルシンキングは、CSアンプラグドやプログラミングも含めて、コンピュータ科学の考え方で、社会で起こる事象や物事を整理して考えていくことと理解しています。
ただ、その辺りの言葉の定義はあまり心配しなくてもいいかなと思っています。そのうちに、きちんと定義してくれるのではないでしょうか。教育の方針については議論が一段落しましたので、われわれ技術者、科学者としては、自分たちにしかできない良いツールを作ったり、アンプラグドのような良い教材を考えたりということに特化した方がいい。そうした役割分担の中でコンピュータ教育を進めていくことを期待しています」
「プログラミング的思考」の定義があいまいで議論を呼んでいる文部科学省の発表だが、「アンプラグド」の観点を取り入れていることには一定の評価を得ている。「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」では、以下のように、CSアンプラグドを取り入れる方針を示している。
「プログラミング教育を実施することとなった教科等においては、上記の指導事例集等を参考に、各教科等の指導内容を学びながら、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験[10]することを、各教科等の特質に応じた見方・考え方を働かせた「主体的・対話的で深い学び」の中で実現し、各教科等における教育の強みとプログラミング教育のよさが相乗効果を生むような指導内容を具体化していくことが望まれる」
[10]こうした体験については、コンピュータを活用して行うことが原則になると考えられるが、「アンプラグドコンピュータサイエンス」の考え方のもと、コンピュータを使わずに紙と鉛筆で行う教育も提案されているところであり、小学校段階における具体的な教材や指導方法、その効果等について検討が求められる。
兼宗氏は今後10年の情報教育をどうするかについて、中央教育審議会で話し合ったときにも、CSアンプラグドのような取り組みが必要という見解を述べていた。それらが小学生向けにも採用されたようだ。
現場の先生とエンジニアやコンピュータの研究者が時間をかけてコミュニケーションをとることで教材作りもうまくいく
プログラミング教育を実際にどう取り入れていくかは、現場に任されている。高校では「情報」の教師、中学校では「技術・家庭」の教師がいるのに対し、1人の担任がほぼ全ての授業を実施する小学校では、誰がその役割を担うかがはっきりしない。文部科学省の方針としても、プログラミングを体験する時間は「総合的な学習の時間」に含め、国語、算数、理科、社会、音楽、図画工作、体育などの各教科の学習に「プログラミング的思考」を生かす時間を含めることを打ち出している。
兼宗氏は、高校をはじめ、小中学校など向けにも研修などを実施してきたが、CSアンプラグドのような取り組みはまだごく一部にとどまっている。小学校の教師も、自分がプログラミングを教えるという実感はまだないのが現状だろう。CSアンプラグドを各教科の学習に生かすことはできないのだろうか。例えば、先の「いちばん軽いといちばん重い」では「量と測定」(小学校3年生で重さを扱う)、「それ、さっきも言った!」では「国語」(言葉や文章のパターンを認識する)など、各教科との関連を示している。
これについて兼宗氏は、「そうですね。生かせます」としつつ、今後求められる教材の作成について、次のように補足する「現場の先生だけで教材を考えていくのは簡単ではないと思っています。私がこれまで取り組んだ中で感じたのは、現場の先生とエンジニアやコンピュータの研究者が時間をかけてコミュニケーションをとっている場合はうまくいくということです。ただし、ものすごく労力が掛かります。それを全国各地でバラバラにやるのは非効率ですし、うまくいくとも限りません。そこで、うまくいった事例を作り、少しずつ広めていく。そういった取り組みを地道に続けていくのが近道だと考えています」。
教材作りに関しては、兼宗氏も自身の授業の経験を踏まえて、常に新しいものを開発している。事前にインストールすることなく授業で利用できるプログラミング環境「Bit Arrow(ビットアロー)」を共同研究者と協力して開発したばかりだ。Bit ArrowはHTMLとJavaScriptを使ってWeb開発用のコーディングと、その結果を実行できるSaaSだ。さらに、ドリトルとC言語にも対応している。普通のコンパイラはプログラムを機械語に変換するが、Bit ArrowはJavaScriptに変換する。ブラウザ上でJavaScriptとして動くのでJavaScriptのプログラムと同じ速度で動く。
実行した瞬間にサーバにプログラムが提出されるようになっており、生徒はいちいち課題をメールなどで提出する必要がない。「工夫した点としては、現在の小中高のネットワーク環境は貧弱でインターネットの通信が途切れたり、遅くなったりする問題があるので、生徒が作成したプログラムを、Web Storageでローカルのブラウザに保存しておいて、ネットワークがつながったときにサーバと同期するようにしています。ドリトル対応やドキュメントの整備などを行い、2016年8月以降に正式リリース予定なので、ぜひ先生には使ってほしいですね」。
必修化に伴い、カリキュラムはどう変わるのか。それに対し、教育の現場の最前線に立つ教師はどう対応していけばいいのか。兼宗氏は最後にこうアドバイスしてくれた。
「CSアンプラグドもドリトルもそうですが、うまくいっている授業や教材の事例はたくさんあります。いろいろな学校での成功事例をそのまま使っていただければ間違いなく良い授業ができるようになっています。ですから、コンピュータ科学の教育にしても、プログラミングの教育にしても、問題なく楽しい授業ができるようになると安心してほしいと思います。例えば、ドリトルには1時間で学べるプログラミング体験の教材があります。それに沿って進めればプログラミングの知識がない先生方でも楽しい授業ができますので、ぜひ取り組んでみてください」
特集:小学生の「プログラミング教育」その前に
政府の成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され、さまざまな議論を生んでいる。そもそも「プログラミング」とは何か、小学生に「プログラミング教育」を必修化する意味はあるのか、「プログラミング的思考」とは何なのか、親はどのように準備しておけばいいのか、小学生の教員は各教科にどのように取り入れればいいのか――本特集では、有識者へのインタビューなどで、これらの疑問を解きほぐしていく。
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