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今、「システムのマイグレーション」に慎重になるべき理由デジタル変革前夜のSoRインフラ再定義(2)(3/3 ページ)

デジタルトランスフォーメーションの進展に伴い、社内向け/社外向け問わず、各種ITサービスを支えるインフラにも、ニーズの変化に即応できるスピードと柔軟性が求められている。これを受けて、既存システムをより合理的な仕組みに刷新するマイグレーションが企業課題となっているが、なかなかうまくいかないケースが多いようだ。その真因とは何か? ガートナージャパンの亦賀忠明氏に話を聞いた。

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「業務が消える」ことまで意識したビジネス戦略を

 さらに亦賀氏は、これからのシステムのマイグレーションは「“既存業務ありき”で考えるべきではない」とも指摘する。デジタルビジネスの進展やテクノロジの進化の結果、「自社の既存業務が破壊される」ことも踏まえて考えるべきだという。

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「全ての企業はこのディスラプティブなトレンドへの備えを開始する必要があります。自社の既存業務が破壊されることも踏まえて考えるべきです」

 その一例として、亦賀氏は「銀行の口座番号」を挙げる。銀行の口座番号には「支店の番号」が付いている。これは「業務」という存在によって、「支店の番号」が必要なためだ。しかし、単純にテクノロジーの観点で考えれば、全てを一連の番号にしてもよいはずだ。今や全てを1つのデータベースでまかなうことは容易に行える。

 一方、ユーザーの立場からしても、そもそも支店ごとに自分の口座番号がある意味がよく分からなくなっている。ユーザーはどの支店であろうが同じサービスを受けたいし、手続きのために自分の口座の支店に行くのも本来面倒なことだ。ネットが中心になれば、これはなおさらだ。

 「店舗に行かなくてもスマートフォンやネットだけで全てができればよいのではないか」といった具合に、生まれてからスマートフォンが当たり前の世代、すなわち“スマホネイティブ”が銀行口座を持つようになれば、いちいち店舗に行く理由は分からなくなるだろう――。

 「極論すれば、店舗がいらなくなります。そうなれば支店長の役割も、営業のテリトリーの考え方も変わってきます。FinTechの本質は、ディスラプティブ(破壊)です。よって、FinTechは単にスマートフォンのアプリケーションをメインフレームと連携するといったことにとどまりません。このように、自社の今の業務が破壊され、従業員の役割をも変え得ることも前提としたトレンドなのです。米国では『自動化や人工知能といった新しいテクノロジにより銀行員の30%が職を失う』というレポートを自ら発行したCitiのような銀行もあります。この動きは、これから日本でも確実にやってきます。銀行にとどまらず、全ての企業はこのディスラプティブなトレンドへの備えを開始する必要があります

 亦賀氏は、今後のデジタルビジネスやディスラプティブなトレンドでは「ピープルセントリック」の考え方が重要になると指摘する。

 「“自社の都合や業務の都合”を前提に考えるのではなく、顧客やユーザーの視点でものごとを考えるということです。世界中の多くのユーザーは、いつでもどこでも気の利いたサービスを、早く、安く、より満足いく形で受けたい。いまどきのテクノロジー、またこれからのテクノロジーを使えば、このようなことはさらに実現しやすくなっていきます。結果として、遅い、高い、不満足な業務や企業そのものが、破壊されます。過激に思えるかもしれませんが、顧客やユーザーにしてみればごく当たり前のことです」

「デジタルビジネスの戦い」に勝つためのリテラシーを育てよ

 事実、米国企業を中心に、システムの考え方や作り方は根本的に変わりつつある。ピープルセントリックという視点を持たなければ、新しい価値・利便性を実現した「テクノロジーによるサービス」に顧客を奪われてしまうのは、UberやAirbnb、メルカリなどディスラプターの例を見るまでもなく明らかといえるだろう。

 では、自社業務の破壊すら前提にしたディスラプティブな取り組みと、それに基づくシステムのモダイナイゼーションを進める上で、IT部門はどんな役割を果たしていくべきなのだろうか。亦賀氏は、「まずはシステムの構築・運用をベンダーやSIerに丸投げすることをやめ、自立することが重要です」と強調する。

 「その手始めとなるのが松竹梅の分類です。手を付けにくい“コア松”とでも言うべきメインフレームから何とかしようと考えるのではなく、梅のシステムを見つけた上で、『適切なインフラに切り替えると、業務やコストにどのようなメリットがあるか』を経営層や業務部門に具体的に示していく。要件をダウングレードするとなれば、そのシステムを使っている部門側から批判を受けることもあるでしょう。しかし経営サイドにシステムの価値を正しく伝えることで、取り組みの後ろ盾になってもらうことが大切です」

 IT部門の意識改革も重要だ。従来は業務部門のニーズに応じてシステムを構築・運用してきたが、今後はピープルセントリック――すなわちエンドの顧客を意識することが重要となる。つまり、「自分たちのユーザー」は業務部門から最終顧客になる。その結果、全く新しいビジネスやプロセスを考えるようになる。

 「決められた作業を行うだけなら機械で実現できます。定型的なシステム構築・運用はいずれAIを使って自動化されていくことでしょう。開発者、運用者は手順通りに手を動かすだけの“作業者”ではなく、ビジネスに貢献するシステムや、それ自体がビジネスとなるようなシステムを考え、提案する“クリエーター”になっていくと言えます。SRE(Site Reliability Engineer )という役割が注目されているように、ビジネスまで含めて俯瞰的に考えることがこれからさらに求められるようになります」

参考リンク:米Google SREディレクターに聞く、運用管理の意義、価値、役割(@IT)

 日本企業のIT部門は、制度的、慣習的に“作業者”を作り出しやすい環境であったため、個人の自助努力だけでクリエーターを目指すことは難しい。従って、企業・組織の中長期戦略としての取り組みと、人材への投資により、「テクノロジー/サービスの時代における新たなビジネス競争をリードし、生き残るためのリテラシー」を獲得する努力が必要だという。

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「デジタルトランスフォーメーションを進めていくためには、経営者、リーダー、メンバー全ての領域でリテラシーを高める必要があります」

 「新しいテクノロジーのスキルを支えるのは、コンピューターサイエンス、エンジニアリング、財務会計、リーダーシップなど、ファンダメンタルなリテラシーです。企業が継続的にデジタルトランスフォーメーションを進めていくためには、経営者、リーダー、メンバー全ての領域でリテラシーを高め、企業全体でデジタルビジネスを考え、推進していく必要があります。ピープルセントリックな新しい価値を持つビジネスが続々と生み出されている今、これを当たり前のようにやっていかないと、ディスラプターに市場を奪われてしまうのは時間の問題となります」

 このトレンドはIT部門だけの問題ではなく、企業の存亡にまで発展しかねない大きな問題だ。よって、「これは明らかに経営者が認識すべき問題です」と強調する。

 「現時点において、この辺りの認識はまだまだ弱く、これは日本全体が抱える潜在的問題であると言えます。問題、問題、と言っていても始まらないので、気が付いた人から社内に伝える努力が必要です。また、現場の担当者でも、経営が分からないから何もやらない、自分は関係ないでは済まされなくなります。いずれそうした時代が来ることを前提に、リテラシーやスキルを高める努力を、個々人が“自分のこととして”行うことが求められています。これは早ければ早い方が良いです。この重要性に気が付いた人は、今から開始することをお勧めします」

 無論、企業風土や経営環境、制度などは一朝一夕に変わるものではない。亦賀氏は、「だからこそ、システムのマイグレーションにとどまらない、ビジネスのトランスフォーメーションを開始することが大切です」と指摘する。

 IT部門の従来型の視点では、「どうやってシステムを作るか、運用コストをどう削減するか」といった具合に、どうしても従来型のシステムに閉じた考え方になってしまいがちだ。だが、テクノロジーはかつてないパワーを持ってビジネスの在り方を激変させようとしている。システムのマイグレーションにまつわる目前の課題に悩み続けている向きこそ、一度今の業務システムから目を離してみてはいかがだろうか。

デジタルビジネス全盛時代、ITサービス競争に勝つ“インフラ”の最適解 〜SoEとSoRの両輪でデジタル変革は加速する〜

昨今、ITサービスのように変化対応力が重要な領域をSoE(Systems of

Engagement)、基幹システムのように安定性が重要な領域をSoR(Systems of

Record)と分けて扱う考え方が浸透してきたが、“価値あるサービス”を提供し続けるためには、SoE、SoRがそれぞれ単独で機能を果たすのではなく、耐えず連動しながらイノベーションを生み出すことが求められる。その実現に向けては、アプリケーションの開発と同時に、そのパフォーマンスを支える“ITインフラの在り方”が肝となり、ITサービス競争を勝ち抜く切り札となるのだ。では具体的に、両領域をどのように連携・改善させればいいのか――本テーマサイトでは、先進事例や動向とともに、全業種に通じる“デジタル変革の確実な進め方”を紹介する。



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