第210回 IntelがAMDのGPUを採用した理由はNVIDIA?:頭脳放談
IntelがAMDのGPUを搭載したモジュールを発表した。IntelとAMDはご存じの通り、x86プロセッサではライバルだ。そのライバル同士が手を結んだ理由は? 背景を探る。
昔を知らぬ若者が、Intelが自社のCPUとAMDのGPUを搭載したモジュールを売るという両社のプレスリリースを読んでちょっと驚いていた(Intelのプレスリリース「New Intel Core Processor Combines High-Performance CPU with Custom Discrete Graphics from AMD to Enable Sleeker, Thinner Devices」、AMDのプレスリリース「AMD Delivers Semi-Custom Graphics Chip For New Intel Processor」)。そこで言ってやった。「商売である。メリットがあれば誰とでも手は結ぶ。だいたいIntelとAMDは非常に仲が良く、協力し合っていた時代もあったのだ」と。
Intelの第8世代のCoreプロセッサとAMDのGPUを組み合わせたモジュール」
Intelのプレスリリース「New Intel Core Processor Combines High-Performance CPU with Custom Discrete Graphics from AMD to Enable Sleeker, Thinner Devices」より。
以前にも書いた通り、すでに30年以上もたつが、AMDはIntelの公式のセカンドソースであり、Intelの設計情報に基づいて80286までのCPUを製造販売していた時代があったのだ(「頭脳放談:第205回 Intelと互換プロセッサとの戦いの歴史を振り返る」参照のこと)。その後、手切れとなり、泥沼の紛争になった時代もあるが、近年は落ち着いたもので、ごくごくビジネルライクな関係じゃないかと想像する。
そういう落ち着いた関係になってきたのは、Intelが一時期走ったIA-64(Itanium)路線で失敗(公式にそうは言わないだろうが)し、AMDが主導したx86の64bit化路線に、Intelも乗らざるを得なくなったころからじゃないかと思う。これも今となっては古い話だ。しかし、ここに来て両者の「協業」である。短いプレスリリースなのだが、読み込むとそれぞれの立場の違いとか、思惑とかが透けて見えてくる気がする。
まず両社のプレスリリースには一言も出てこないのだが、両社とも念頭にあるだろう第三者の名がすぐに想像される。NVIDIAだ。かつてのGPU業界ではNVIDIAと、ATI Technologiesの流れをくむAMDが「2強」のはずであった。だが、現状の勢いからすると、両社はCPU業界でのIntelとAMDのポジションくらい差がついている。AMDはPC系のCPU業界でもGPU業界でも首位から大きく遅れた2位という、非常に残念なポジションになってしまった。AMDにしたら、性能差はさほどないつもりなのに、ビジネス上の差はつき過ぎていると思っているのではないか。
一方のIntelと言えば、NVIDIAを何とかしないとイケない、と手を打ち続けている割には、全然何にもなっていない、という残念な状態にある。NVIDIAが進出する先々、それに対抗できるような会社を買収し、提携と努力を行っている割には、NVIDIAは、前回取り上げた自動運転に、AIに、注目の業界をけん引するようなポジションを形成しつつある(「頭脳放談:第209回 NVIDIAが目指す完全自動運転の世界」)。このままではPC向けCPUで築き上げた自社のポジションを根こそぎひっくり返されかねない、という危機感は、今に始まったものではないだろう。
そんなIntelとAMDの両社共に、そうなる理由は内在していると思う。それは現状スタンドアロンのデスクトップPCの定番が、IntelのCPUとNVIDIAのGPUという組み合わせになっていることが象徴している。
IntelがAMDのGPUを採用した背景
まずは、Intelから見ていこう。当然、NVIDIA対抗の高性能GPUを作るという能力も選択肢もあった中で、そうしてこなかった理由は、GPUによるコンピューティングの土俵に上がりたくないという基本戦略があったのだと思う。あくまでコンピューティングはCPUである、と。
そのためだろう、自社開発のGPUは、量販機種のグラフィックス統合にフォーカスを置きGPGPU(GPUを汎用的な計算に利用する)のようなコンピューティング向けまでは持ち上げなかった。Intelの統合GPUをコンピューティングに利用するソフトウェア基盤はある(例えばMicrosoftのC++AMP:C++ Accelerated Massive Parallelism)のだが、使ってみれば分かる。IntelのGPUは非力なので、マルチCPU上でSSEやAVXを駆使した方が速い場合の方が多いのではないかと思う。
逆にそうなるようにIntelがGPUの性能をコントロールしている、ようにも見える。あくまでコンピューティングはCPUというポリシーを死守したいのではないだろうか。
HPC(いわゆるスパコン)でホストCPUとは別にアクセラレータとしてGPGPUを搭載するのが流行している。Intelはそれに対しても、あくまでx86系のCPUを大量に並べたXeon Phi系を「アクセラレータ」として提供している。この方針は一定の支持を得て、Xeon Phi系の「アクセラレータ」(ホストCPUは通常のサーバ機向けのXeon)機も結構多い。
ただ、そのためGPUという領域では必然的にNVIDIAに大きく水をあけられる結果となってきた。
AMDがIntelにGPUを供給する理由
一方AMDは、メインのx86ビジネスは常にIntelと比べられる必然の中、「お求めになりやすい」プライスレンジの製品の会社というポジションが染み付いてしまっている。メインのCPUがそうなので、AMD製のCPUと組み合わされることが多い、AMD製のGPUも似た性格を持つように思われてきている。端的に言えば「ゲーマー御用達」だ。価格の割に性能は出るのだけれど、ミッションクリティカルなプロユースには向かない、というイメージである(事実がそうであるわけではないだろうが)。
結局、両社共にNVIDIAがのさばるのを許したくない気は満々のはずだが、自社の都合でなかなかそうならない。
今回発表されたモジュールは、AMDが「セミカスタム」のGPUのダイをIntelに供給し、Intelが自社のCPUダイと、メモリメーカーから買ったHBM2メモリと一体化したモジュールにしてIntelブランドで販売するようだ。
プレスリリースからすれば、ターゲット市場は「ゲーマー」(Intelはエンスージアスト、とお上品に呼んでいるが)層ということになる。モジュールの一体化メリットはかなり大きい。CPUとGPU間、あるいはGPUとGPU用のDRAM間は現段階での大きなボトルネックであり、これをモジュールの中で一体化して最適化できることは、スペース、消費電力、性能、全てにわたって好ましい。
今回、「セミカスタム」というのは、モジュール化するためのインタフェースをカスタム化した、ということだと思われる。また、HBM2メモリはGPU用のDDRより速度を出しやすい(拡張性には欠けるが)。しかしNVIDIAも同方向を向いている。NVIDIAのGPUとCPUをモジュール内で高速に接続する規格をだいぶ前にNVIDIAは発表しているし(IBMのPOWERアーキテクチャがサポートを表明している)、HBM2メモリもPASCAL世代の上位機種から採用済みだ。
なお、AMDは第一世代のHBMメモリの採用では先行したが、あまり話題にならなかった。NVIDIAもやりたいと思っているはずのPC向けのCPUとGPUとDRAMの集積を、Intelにしたら自社のCPUとAMDのGPUでやることになるわけで、鼻を明かしてやった感が強い。「感」だけでなく、当然メリットもいろいろありそうである。
IntelもAMDもかじ取りは難しい?
プレスリリースには一言も書いていないのだが、「ゲーマー」層が必要とするものと、今まさに話題になっている「VR」「AR」「MR」系が必要にするものはかなり近いのではないかと思う。コンパクトで消費電力が小さく、性能は高い今回のモジュールが、IntelやAMDの意図を越えてその手の応用に受け入れられる可能性はありそうに見える。そうなると単純に「ゲーマー」層以外の広がりが出てきてしまう。
こういうものを出せば、多分、上記のような市場をみすみすNVIDIAに取られてしまうのを防ぎ、Intel、AMD側に持って来られる可能性がある。そこでまずは相手のシェアを削る、という手に出るのだろうか。それとも後に述べるように、市場はごくごく限られたものとし、あまり広まり過ぎないようにコントロールするのか。どうなんだろう。
NVIDIAにしたら、AIとか自動運転とかに入れ込んでいる間に、自社の金城湯池、メインのグラフィックス市場にIntel・AMD連合が攻め込んでくるというのは後ろを取られた感があるかもしれない。ここでののさばりを許すと、収益が落ちる。結果、攻勢に出ている先端領域での資金不足につながろう。当然、のさばりを許さぬように手を打って来よう。
Intelにしたら、NVIDIAの攻勢の先々で競い合ってきたが、なかなかその攻勢を防ぎきれないでいる。この一手で敵の本拠地に攻め込めれば、案外攻勢をしばらく足止めできるかもしれない、と見ているのではないか。間接的だが、効果的な戦術かもしれない。
しかしだ、IntelにしてもAMDにしても、この連合は「取り扱い注意」的なスタンスを持っているはずだ。Intelにしたら、あまりAMDのGPUが定番化してもマズイ。CPUも持っているAMDだから危険度は高い。よって用途は限定するしかない。AMDのGPUがないとアプローチしにくい市場には投入するが、自社の核心的利益を生み出す市場からは排除しておきたい。それ故の「ゲーマー」市場向けの表明だろう。
また、AMDにしても、あまりIntelへの部品供給にのめり込むのもマズイ。結果として収益率の高い自社ブランドの製品が売れなくなって、Intelの下請けと化してしまうのは避けたいところだ。それにいつ何時、Intelがモジュール向けディスクリートGPUを自社生産しはじめるかもしれない。深入りしてハシゴを外されると万歳である。供給はするけれど、当面深入りはしない、という雰囲気が素っ気ないプレスリリースにありありと出ている気がする。そんな様子を眺めていると、せっかくのモジュールだが同床異夢で腰砕けになるか、どこまでやれるか。うまくいけばNVIDIAに一撃を与えられそうなのだが。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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