Suicaに学ぶ、「働き方改革」でかえって負担が増える理由〜“誤った自動化”は高確率で失敗する〜:久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(9)(3/3 ページ)
今回は働き方改革について考えてみる。政府肝煎りの働き方改革、これは掛け声だけの精神論や、自動化システムを導入するだけで実現されるものではない。実はこの推進には、Suica導入までの歴史がとても参考になるので、これを一緒に探ってみたい。
自動化成功のカギとは?
前半は、旧国鉄/JRの施策を非難してきたが、筆者は、(その前身であるイオカードも含めて)Suicaがもたらした乗車プロセスの改善は、優れた業務改革(イノベーション)の代表例だと考えている。もちろん、非接触型ICカードFelicaの技術革新が、裏からこの業務を支えているのだが、技術論を先行させてユーザー体験を置き去りにしてきた、それ以前の『まやかしの自動化』とは明らかに一線を画している。
さて、ここで皆さんと一緒に確認しておきたいことがある。それは、この成功へのカギは『そもそも論』へのこだわりなのではないかという点だ。どういうことか?
思い出してみよう。“そもそも”乗客が取りたい行動とは何だったのか? それは、現在地から目的地へ移動することである。その過程で電車サービスを使ったのなら、その使った区間に応じて対価を支払うのは必然だ。しかし、その取引成立のために、切符を買うという行為は“そもそも”本当に必然なのだろうか? 乗り越し運賃の精算と出札行為は“そもそも”本当に別々に行う必要があるのだろうか?
これらの答えはもちろんNOだったわけだが、こうしたユーザー目線で“そもそも論”にまで立ち返る姿勢が、ユースケース(ユーザーの行動とその目的)を正確に理解することを助け、ひいては不要な行為のそぎ落としと複数行為を一体化させる発想を生み、簡素でありながら行動の目的達成までを素早く完結させる業務プロセスを生み出すことにつながるのではないかと思う。
“そもそも論”の姿勢がないと、いたずらに技術論を先行させてしまったり、部門の壁の前で玉砕したりして、ユーザーに寄り添った業務プロセスを実現するという軸がブレてしまう。逆に言えば、この姿勢を貫き通せれば、おのずとシンプル、スピード、完結性を兼ね備えた、優れたユーザー体験を持つ業務プロセスにたどり着けるように思う。
企業で考えるならば、既出の異動・結婚・出産などに伴う家族構成や住所変更の例を思い出してみると、変更申請は必然でも、それを人事・総務・経理のシステムに別々に出すことは必然ではない。変更入力は一度に1カ所で済ませ、データを各システムへ裏で自動反映させるぐらいのことはしたい。こうすれば、ユーザーの作業負荷軽減、担当者の応対業務解放と、システム間のデータ一貫性の担保、修正のための二次業務の発生根絶が図れるのだから。
(もう少しAIが発達する必要があるが)日常のスケジュール管理・勤怠管理・経費精算・メール機能にもメスを入れたい。従業員がスケジュールに沿って業務活動を行うだけで、勤怠管理、経費精算、営業日報を個別に実施する必要がなく、それぞれ(下書きぐらいまでは)自動作成されるようなプロセスを実現したいものだ。
ここで話を再度整理しよう。既に述べた働き方改革3つのポイント、
- 働き方改革の推進には、業務自体を減らすという本質的な取り組みが不可避である
- 業務を減らすには、自動化による業務解放が有効な手段である
- ただし、現行業務の安易な自動化はユーザー体験を高めないので、業務解放施策が期待した成果を上げない公算が高い
は全て正しいが、これまでの議論を踏まえて総括すると、
教訓3:働き方改革の1つの在り方とは、ユースケース(ユーザーの行動とその目的)の正確な把握と、行動目的を最短距離で達成する業務プロセスの再定義とを土台とした、真の自動化である。こうして得られた高度なユーザー体験(シンプル、スピード、完結性)こそが、ユーザーの生産性向上と、担当者の業務解放を実現する。
すなわち、真の働き方改革とは業務改革と同義であり、ユーザー目線に十二分に留意した業務解放であるというのが筆者の立場だ。誤ったITによる自動化で失敗しないように!
経営層にも事業部門にも喜ばれる自動化は、あなたにしかできない
そろそろ話を本連載の主役である「あなた」に移そう。
今回不要な業務はそぎ落とすべしと主張した。それが自動化の前の踏み絵だと。しかし、企業の業務はそんなに単純に削除できないという反ばくもおありだろう。現存する業務は、それなりの根拠や恣意、過去の経緯に根差しているのだからと。それらを否定するには組織人としての覚悟もいるし、部分最適では優先順位付けも難しい。
しかし、思い出してほしい。われわれの仮想敵国はディスラプターだ。ディスラプターは、初めから優れたユーザー体験を武器に、あなたの業界に参入し、あなたの企業の既存顧客を虜にしていく。この状況下で、社内で忖度などしていたら、あっという間にあなたの企業は負け組に追いやられてしまうだろう。
そして、もう1点考慮する必要がある。それは、Suicaの業務改革は15年以上の歳月を要した点だ。それは進化の結果論で、偶然の産物なのかもしれない。しかし、あなたがディスラプターに対峙するときは、業務改革は意図的に、しかも1年ぐらいの短期決戦で実現する必要がある。そうでなければ、その改革が手遅れになってしまうかもしれないからだ。
よって、取るべきアプローチとしては、手当たり次第に業務改革、働き方改革に手を出すのではなく、売上、利益を伸ばすためにメスを入れるべき社外業務はどれか? それらとひも付く社内業務はどれか? を見極め、優先順位の高い物から着手するのはどうだろうか。
しかるべくビジネススポンサーの後ろ盾を得て、これは! という重要業務のプロセス再定義に、全体最適とユーザーの目線で取り組むわけだ。こうした全体俯瞰の視野は、業務部門内の組織のしがらみに縛られないIT部門の人間の方が、かえって意外と合理的な目を持てるのではないかと、筆者は心密かに期待している。Think Big IT! 大きく考えよう!
さて今回、優れたユーザー体験の4要素のうち、透明性については言及しなかった。しかし実のところSuicaにも透明性の機能がある。どこからどこまで電車に乗り、どこのレジで幾ら使ったかの使用履歴を参照できるのだ。ところが、この機能はいらない、邪魔だと、既婚者を中心に筆者の男友達は口をそろえる。「こんな便利な機能がいらないなんて、筆者には全くわけが分からない」という“ポジショントーク”で今回は締めさせてもらおう。筆者の家内も本連載を読んでいる可能性があるので。
著者プロフィール
久納 信之(くのう のぶゆき)
ServiceNow ソリューションコンサルティング本部 エバンジェリスト
米消費財メーカーP&Gにて長年、国内外のシステム構築、導入プロジェクト、ITオペレーションに従事。1999年からはITILを実践し、ITSMの標準化と効率化に取り組む。itSMF Japan設立に参画するとともにITIL書籍集の日本語化に協力。2004年からは日本ヒューレット・パッカード株式会社、その後、日本アイ・ビー・エム株式会社においてITSMコンサルタント、エバンジェリストとして活動後現在に至る。「デジタルビジネスイノベーション=サービスマネジメント!」が標語・座右の銘。EXIN ITILマネージャ認定試験採点を担当。著書として『アポロ13に学ぶITサービスマネジメント』『ITIL実践の鉄則』『ITILv3実装の要点』(全て技術評論社)などがある。
鉾木 敦司(ほこき あつし)
ServiceNow ビジネス推進担当部長
日本ヒューレット・パッカード株式会社に19年間勤務。顧客システム開発プロジェクト、ハードウェア・プリセールス、ソフトウェア・プリセールス、プリセールス・マネージャー、ソフトウェアビジネス開発に従事。2017年より現職。一男三女の父であり、30年後も多くの日本企業が世界中で大活躍する野望実現のため、サービスマネージメント・プラットフォームの重要性啓蒙活動にいそしむ。電気情報通信学会発表論文に『OSS市場と市販製品の動向-市場成熟度が製品シェアに与える影響』がある。
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