第220回 ルネサスがIDTを買収する目的の裏を読む:頭脳放談
日の丸半導体の生き残り(?)ルネサス エレクトロニクスが米国半導体大手のIDTを約7330億円で買収した。数年前に大規模なリストラを行ったルネサスがなぜ今、大型買収なのか、その目的を想像してみた。
「赤くなったり、青くなったりしているマイコン屋(半導体会社)はだ〜れ?」というナゾナゾの答えが分かるだろうか? 業界人ならすぐにその名前を思い浮かべることだろう。日本半導体を背負って立つ「ルネサス エレクトロニクス」に他ならない。ただ、ここ10年以内に業界に入った「若手」にはピンとこないナゾナゾかもしれない。
21世紀の初頭、日立製作所と三菱電機の半導体部門が合併して「ルネサス テクノロジ」になった頃は、「赤のロゴ」であり、NECの半導体部門がさらに合併して「ルネサス エレクトロニクス」になり、「青のロゴ」に変わってからでもすでに10年以上経過している。
そのルネサスが大規模なリストラを実行したのは5〜6年前のことにすぎない。当時、ルネサスを離れたエンジニアのほとんどは、NEC、日立製作所、三菱電機といった立派な会社に入ったはずが、所属組織丸ごとルネサスに転籍となっていた人々であった。このリストラは新聞ネタにもなり、世間的にもショックな出来事であった。狭い業界である。そこに巻き込まれた知り合いも多い。
しかし、それから数年、業績も復活し、今やルネサスは米国の半導体会社を次々と買収している。2018年9月11日(縁起が良い日とも思えないが)に発表されたのが、シリコンバレーの老舗、Integrated Device Technology(IDT)の買収である(ルネサスエレクトロニクスのプレスリリース「米国Integrated Device Technology社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ」)。この買収を、当時、会社を離れた人々がどのように感じているのか知りたいとも思ったのだが、聞いてしまうとこの原稿の分量が3倍くらいになりそうなので止めておくことにする。ルネサスの内情など知らぬ人間が、妄想のままに勝手なことを書かせていただく。
IDTってどんな会社?
まずは買収先(買収の細かな手続きはともかくルネサスの100%子会社となる)であるところのIDTについて見てみよう。創業以来40年くらい経過したシリコンバレーの「老舗」である。前回の「第219回 謎の会社『Mellanox』が好調の理由」に続く話となるが、IDTも業界人は知っているが、そうでない人々にはほとんど知られていない「謎」の会社だ。最近の売上高は1000億には届かない。
この会社のロゴはなかなか印象的なもので、「半導体ウエハの上に積分記号」が乗っているように見える図柄だ。由来は知らないが、積分(動詞)ならIntegrate、ウエハを縦横に切り分けたものがDeviceだから、会社名をそのままロゴにした感じだ。IDTの最近のロゴはちょっと洗練された2色のデザインになっている。そのせいで丸の部分がウエハだとはすぐには分からないけれども、昔のIDTロゴは、丸の中に縦横に線が走っていて、素朴ではあるけれどもいかにも半導体ウエハそのものだった。
筆者のようなマイコン屋がIDTを身近に感じていたのはかなり昔だ。IDTはMIPS系のプロセッサを製造し、RISCビジネスの立ち上がりのころには、その市場の一角を占めていた。その後、子会社を通じてx86プロセッサビジネスにも挑んでいた時代があるのだ。それもふた昔も前の話になる。
今でも何かの制御のためにプロセッサを内蔵する製品があるのかもしれないが、基本、ミスクドシグナル、つまりはアナログとデジタルの両方にまたがるような製品群の会社である。アプリケーション分野を見るならば、車載、データセンター、無線、ネットワーク、HPC分野もある。結構幅広く見えるが、主要製品は渋い。いわゆる「タイミングソリューション」だ、高速のクロック信号を発生したり整えたりするような機能を中心に、それらのクロックに連動して動かないとならないようなインタフェース部分などが中心だ。どのアプリケーションでも必要なチップであり、汎用性も高いからいろいろな部分に使われるものの、主役ではない、渋い脇役といった役回りのものが多い。
ルネサスのIDT買収の目的は?
買収に際して、当然、ルネサスからプレスリリースが出ている(ルネサスエレクトロニクスのプレスリリース「ルネサスがIDTを買収し、組み込みソリューションで世界をリード)。それを素直に読むならば買収の目的は前向きなものだ。ルネサスの自社製品と補完性が高い製品群を取り込んで、自社のマイコンなどと組み合わせてソリューションで提供したい、という点が1つ目の目的だ。データエコノミー(端的に言えばデータセンターと通信インフラ)に事業拡大したいということが2つ目だ。
しかしだ、「素直に」読んでいても引っ掛かるところがある。「事業領域を拡大するとともに、産業・自動車分野でのポジション強化を実現します」という一文だ。結局のところ「自動車」なんじゃないか。
知っての通り、今のルネサスは「自動車」あっての会社である。車載なくしてルネサスは立ち行かない。こういう場合、想像するに社内では「車載にあらずんば人にあらず」か「車載ファースト」というべきかの体制が出来上がるんじゃないかと思う。
過去を思い出すに「携帯」の成長に乗れていたころの日本半導体の多くで「携帯ファースト」というべき体制が出来上がっていた。まさに「携帯にあらずんば」体制。携帯以外のビジネスは肩身が狭く、「携帯以外に」何を投資するのだ、という感じ。携帯の市場の変化とともにそんな体制は崩壊した。
自動車産業の未来は知らないが、「車載命」の体制下で、車載とは関係ない「事業拡大」に大枚(約67億ドル、1ドル110円換算で約7330億円)をはたくか? と疑問を抱くと、まずないんじゃないか、と想像する。
すでに自動車分野では確固たる地位を占めているのだから、それほど急激な拡大は望めない。それよりも自動車産業そのものの変化、内燃機関から電気へ、人間から自動運転へといった「土俵」の変化に際して、「持っているもの」を失いたくない、というのが一番じゃないか。携帯などは、土俵が変わって振り落とされた典型例ではないか。
IDT買収の裏にはルネサス本丸の「車載」を防衛することにある?
生命線である「車載」に他社が攻め込んでくるのを防ぐために、まずは「絶対防衛線」を引きたい。すると1つ目のソリューション提供も、車載用マイコンAだけを売っていた相手に周辺デバイスBも売ることで売り上げをA+Bに拡大したい、というより、Bを他社に取られて母屋であるAまで踏み込まれないように、戦線を外へ押し出しておきたい、という風にも読める。
さらに勘繰れば、直近というより数年先くらいのスパンで、何か電気自動車向けなど車載と言いつつ新機軸市場で大きな動きがあり、その戦いのためにIDT製品が必要になった、というような具体性があるのではないだろうか。IDTの前に買収したのがパワー(電源)系アナログの「Intersil(インターシル)」だったことからも、そんな気がする(ルネサスエレクトロニクスのプレスリリース「ルネサスがインターシルを買収し、世界をリードする組み込みソリューションプロバイダーへ)」)。
そんな疑いを抱くと、買収といいつつ割と防備強化的なものとも思うのだ。「おまけ」として車載以外への「事業拡大」というのはあり得るだろうが、車載で効果を発揮しないと本末転倒か。
ただ、ちょっと気になる数字もある。ここ数年のIDTの数字だ。売上的には伸びてはいるが、どうも利益は減っているように見える。直近は赤字か? 立ち回っている市場は拡大しているけれど、他社との競争も激しくてもうかっていないのではないかと思われる。
IDTに出資している投資家にしたら、この辺、売り時と見たのではないか。そこにカモと言っちゃ申し訳ないがルネサスがやってきてシャンシャンと話がまとまったんではないかと妄想が広がる。何か暗躍するキャピタリストや証券会社が目に浮かぶようだが真相は分からない。ま、買収し、もくろみ通りの効果が上がればもちろん大正解だ。
しかし、ババをつかんだとなると何年か後にはまた苦しいことになるのではないかと危惧する。やはり日本のマイコン業界ではルネサスは大立者で、その影響範囲は広い。青のロゴを変えることなく、予定通りうまく行ってくれるのが日本の業界的には一番なのであるが。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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