第242回 MacのArm採用はIntelからArmへの時代の流れ?:頭脳放談
AppleがMacのCPUをこれまでのIntelアーキテクチャからArmベースの自社開発のCPUに移行すると発表した。Macは、これまでも何度かCPUアーキテクチャを変更しており珍しいことではない。理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」もArmベースであり、時代がIntel系からArm系に動いているのだろうか?
MacがArmベースの独自プロセッサに移行することを発表
Appleは、Macのプロセッサをx86からArmベースの独自プロセッサ「Appleシリコン」に移行することを発表した。スマートフォンで独壇場のArmが、PCの世界にも踏み込み始めている。「Apple、MacのAppleシリコンへの移行を発表」より。
頭脳放談「第206回 ImaginationはAppleに捨てられ会社を売る?」でも書いたが、Appleは度々「やる」会社である。多くの日本企業では、成し得ないような劇的な変化を、である。今回のMacにおけるCPUアーキテクチャの変更の話だ(Appleのプレスリリース「Apple、MacのAppleシリコンへの移行を発表」)。
Intelのx86系から、Armベースの自社開発CPU(「Appleシリコン」と言う呼び方が特徴的である)へも、これまでもAppleが度々行ってきた変更のまた1ページと位置付ければ、大きな驚きはない。ただ、そういう変化をしたくてもできない会社と比べたとき、その落差に驚かされるのである。
それができるわけは、完成品ハードウェアに基盤を持つIT企業としては珍しいAppleのビジネスモデルにある。普通のPCハードウェア企業はと言えば、ハードウェアと一部のファームウェアは自社で作っていても、その上のソフトウェアレイヤーは他の組織、例えばMicrosoftに頼っている。
それどころか、製造しているハードウェアのコンセプト(仕様といってもよい)は、「業界標準」にのっとっている。それゆえ、異なるメーカーのハードウェア同士に互換性があり、利便性が生まれるわけだ。だから自社独自の仕様は、ごくごく限られた細目に限られる。そして、業界標準を主導しているIntelなどの一部の会社をフォローせざるを得なくなる。
それに対して、Appleは自社のOSを自社のハードウェアに載せて売っている(製造そのものは外部委託のはずだが)。何にも増して、製品としてのコンセプト(これは複数の製品群にまたがる)を全て自社で決め、それに関連するサービスのレイヤーまで運営できていることが大きい。
動かしている全体から見たら、プロセッサアーキテクチャの変更などさまつな変更に見えてくる。実際、何年も前からスマートフォン用などのCPU搭載SoCを自社開発してきているのだから、他社「シリコン」を自社シリコンに変えるのは自然な流れだろう。
2020年はArmにとって特別な年に?
一方、Armから見ると、2020年はエポックメーキングな年として記憶されることになるかもしれない。Armと言えば、スマートフォンで世界制覇をして久しい。組み込み用途でもトップに君臨している。だが、コンピュータらしいコンピュータ、PC(この場合はMacも含めた一般名詞としてのパーソナルコンピュータ)や、HPC(ハイパフォーマンスコンピュータ、スーパーコンピュータ)では過去のプレゼンスはそれほど大きくなかった。
2020年、MacのCPUがArmベースのAppleシリコンになることでパーソナルコンピュータ市場でも確固としたプレゼンスを確保できることになるだろう。また、狙って取ったものではないと言いつつも、理化学研究所の計算科学研究センターが導入中のArmコア採用のスーパーコンピュータ「富岳」が、ランキング1位になったことでHPC業界におけるプレゼンスも確立できたように見える。
蛇足だが、頭脳放談「第241回 CoreとAtomを重ねて実装、新プロセッサ『Lakefield』の技術的挑戦」で、Armにできて、Intelにできなかった小型低消費電力の部分をIntelもできるようになった、という趣旨を書かせてもらった。どっこい、Intelの牙城であった大型、高速といった部分へは逆にArmが攻め込んでいたわけだ。
MacにおけるArmと富岳におけるArmの方向性は、真逆というくらい違うように思われる。別にArmが意図して、そうしているわけでなく、Armを採用したAppleと富士通−理化学研究所の方向性の違いが反映されているだけなのだが。
解体されてしまい、再利用もできなかったらしい先代の「京」は独自のソフトウェア世界であったため、利用が広がらなかったと聞く。これの反省を踏まえたのか、富岳ではArmならではの「オープン」なソフトウェア利用の世界を目指したようだ。富岳におけるArmは外に開くための入口のようだ。
それに対して、MacにおけるArmコアのAppleシリコンは、iPhoneに代表されるAppleの世界観を推し進めるための道具であり、Appleというクローズドな世界のインフラだ。それゆえ、Armとはいえ、Apple自社開発の独自の高性能コアであり、独自のGPUであり、独自のAIハードウェアを搭載することになる。
Macが採用するCPUアーキテクチャの変遷
AppleがMacのCPUを替えたことは何度かある。初代のMacintoshは、当時の業界に衝撃を与えたパソコンだった。白黒のGUI画面をマウスで操作する小さなマシンの斬新さとカッコよさは見事だった。そのCPUはMotorolaの「68000(68K)」だ。当時のパソコン業界では、ライバル会社のほとんどが16bit時代のIntel 86系CPUを採用していた。だが、8088クラスと比べたら、レジスタ長が32bitであった68Kが優位なのは明らかであった(パッケージのデカさだけも圧倒された)。
しかし、その後の68K系列の新規開発が遅れ、自社のもくろみに合わないと見切ったAppleは、当時、隆盛だったRISCに舵を切る。IBMのPowerアーキテクチャになびくのだ。当時のMotorolaは、68Kの大口カスタマーであったAppleを失いたくない一心(?)で、自社開発のRISC「88000(88K)」を対抗馬に担いだ。それでも「POWER」に負けそうになって妥協が成立、中身はPOWER、外側は88Kベースという「PowerPC」の登場である。これで Power Mac(Macintosh)の時代が続く。
IBMも徐々にPOWERに割けるリソースが減ったものと思われる。一方、Motorolaの半導体部門は、分離されてFreescale Semiconductorとなり、さらにFreescale Semiconductorは欧州の覇者NXPに買収されることになる。
そんな流れを嫌ったのだと思う、長いこと競合してきたWindows系PCのCPUであるIntel製CPUにスイッチするのだ。この時も結構驚かれたように記憶している(頭脳放談「第61回 Intel採用でAppleが得るもの」参照のこと)。
そして今回だ。Intelを捨てArmベースの自社開発シリコンとなる。多分、CPUのすげ替えにこれほど経験豊富なコンピュータメーカーは他にないだろう。Appleによれば、2年間をかけて移行を行うという。その間、IntelベースのMacも併売され続けるので、ユーザーは好みの方を買えばよいわけだ。
MacとHPCのそれぞれが選んだ先にArmがあった?
長々とMacのCPU交代の歴史を書いたが、実はこの歴史、妙にHPC(スーパーコンピュータ)のCPUの変遷ともシンクロしているところがあるのだ。
さすがに16bitマイクロプロセッサの時代には、PCのCPUとHPCは交わることはない。当時、HPCは独自開発のプロセッサであった。
HPCでもマイクロプロセッサ系のチップの利用が始まるのは、RISCが一世風靡(ふうび)する時代からだ。その中でIBMが主導したPOWER(PowerPCではない)は、HPC業界でもプレゼンスが高かった。いまだにPOWERを使ったHPCがTOP500(1位から500位まである)の中に幾つも見つかる(2020年6月のランキングは「TOP500 List - June 2020」参照のこと。トップ10の中でも2位、3位、6位、9位がPOWER採用)。
しかし、HPC業界でもインテル採用が多くなる。確かに最近のトップランキングを見ると、中国製のCPUだったり、SPARCだったりと、非IntelのCPUが一部で目立つことは目立つ。
が、ランキングでも中下位のマシンを見ていけば圧倒的にIntelアーキテクチャなのだ。やはり、コスパを考えるとデータセンター向けなどに似たような装置が大量に製造されているIntel CPUだったのだ。
しかし、それも変わりつつある。まずはアクセラレータとしてNVIDIAのGPU搭載がはやり、最近では同じx86でもAMD製品が台頭してきている。Intelのプレゼンスは相対的に低下している。そして、ついにArmコア機のトップ奪取である。トップ奪取を目的に作られた汎用(はんよう)性に乏しい特殊なCPUでは、一時トップを取っても中下位機やサーバ機などへとシェアを伸ばしていくことは難しい。だが今回はArmである。もともと下からコツコツ上がってきたものだ。コスパのよいマシンにすることには向いている。
MacとHPC、それぞれ勝手に種々の選択肢を検討した結果が、結局似たような傾向を示す。それは不思議でも何でもないように思われる。その時点、時点での最適判断の結果が、市場は異なれ一致する、ということであろう。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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