口うるさいプロマネはチェンジだ!:コンサルは見た! 偽装請負の魔窟(1)(3/3 ページ)
システムと人間のトラブル模様を描く「コンサルは見た!」。Season5(全11回)は「偽装請負」が招く悲劇を描きます。美咲と白瀬は、心身ともにボロボロになっていくエンジニアたちを救えるのか――?
先輩、ご相談というのは?
ところ変わって、A&Dコンサルティングの会議室。
イツワのシステム本部で布川が山谷や田中に叱責(しっせき)を受けていたのと同じころ、澤野翔子はA&Dに後輩の江里口美咲を訪ねていた。美咲は翔子より3つ年下で、新人のころに指導員としてコンサルのノウハウや心構えを翔子が一からたたきこんだ後輩社員だった。
翔子はA&DコンサルティングのITコンサルタントだ。長く米国の銀行でBPRの仕事に携わってきたが、プロジェクトが一段落ついた2カ月前に帰国し、サンリーブスに出向して、イツワ銀行の勘定系プロジェクトに参加していた。翔子自身は今後も海外での仕事を希望していたが、A&Dの株主でもある大矢からの依頼だったこともあり、A&Dの幹部は最も信頼できるプロマネとして翔子に白羽の矢を立てた。
「翔子先輩!」
同僚の白瀬智也と共に会議室に入った美咲は、澤野翔子の懐かしい顔に声を上げた。普段よりトーンの高い少女のような声に白瀬が目を丸くする。
「美咲、久しぶり」
皺のないグレーのスーツに白いシャツのボタンを一番上までとめた翔子の姿は、最後に会った3年前から全く変わっていない。
「こちらは澤野翔子先輩。私の師であり憧れよ」と、美咲が白瀬に紹介した。
「止めてよ。そんな大したもんじゃないわ」と翔子は首を振るが、美咲の目は相変わらず輝いていた。
「2カ月前に帰国されてたんですよね。どうして今まで連絡をくれなかったんですか?」
「ごめんね。帰国後すぐに次の客先に常駐してプロマネやることになっちゃって。新しい職場だし、いろいろと勉強することが多くてね」と言いながら、翔子の視線が白瀬に移った。
「こちらは?」
「ああ、これは弟子の白瀬です」
涼しい顔で言う美咲の言葉に、白瀬の太い眉がつり上がった。
「弟子って何だ? 俺は3つも年上だぞ?」
「年なんか関係ないでしょ!」
美咲の声は普段通りに戻っていた。
「まだコンサルになって1年もたたないヒヨッコで、アタシがいなけりゃ何にもできないくせに……。弟子でも上等な方よ!」
「何を!」
2人の掛け合いに、翔子は声を出して笑った。薄い色の口紅を引いた控えめな唇から、歯がのぞいている。
「仲がいいのね。白瀬さん、スゴい体ね。何かスポーツを?」
「大学時代はラグビーをやってました。本当は『アフロディテ』という化粧品会社の人間なんですが、ITや経営企画の勉強をするために、こちらに出向しておりまして」
「以来、私は、この筋肉マンのお守り役なんです」
「おい!」
「あはは! まあ座ってよ。このままじゃ話しにくいから」
こんなに声を上げて笑うなんてこと、帰国して以来一度もなかった――翔子は会議卓の向こう側に仲良く並んで腰掛けた2人を見ながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
ひとしきり会話が弾んだ後、美咲がPCを広げながら尋ねた。
「それで先輩、ご相談というのは? サンリーブスというか、イツワのプロジェクトで何か問題が?」
途端に翔子の表情が曇った。この数週間、イツワのプロジェクト室で見せ続けてきた暗い顔だ。
「ええ……」
「何でも言ってください。翔子先輩の悩みなら、ぜひお力になりたいです」
「そうね、ありがとう。じゃあ、1カ月くらい前のことから順に話すわね」
翔子はPCの画面にグループウェアのカレンダーとメールを表示させながら、話し出した――。
つづく
「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」第2回は、2020年10月13日掲載です
書籍
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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