第248回 AMDのデータセンター向けプロセッサ「AMD EPYC」は「お、ねだん以上」?:頭脳放談
AMDからデータセンター向けプロセッサ「AMD EPYC」の第2世代が発表された。1つのパッケージに64個のx86コアが含まれているという。Intelのデュアルプロセッサ構成のサーバよりも、1プロセッサで高い性能を発揮するという。巨大なデータセンター市場における戦国時代の幕開けか?
第2世代AMD EPYCのプロセッサ構成
1つのパッケージ内に8つのx86ダイとI/Oダイを同梱する構成。1つのx86ダイは、8個のx86コアで構成されるため、1つのパッケージ内には合計64個のx86コアが含まれることになる(写真は、AMDのWebページ「AMD EPYC 7002 Series Processors」より)。
AMDがデータセンター向けプロセッサ「AMD EPYC(エピック)」の第2世代を発表した(AMDのプレスリリース「High-Performance AMD EPYC CPUs and Radeon Pro GPUs Power New AWS Instance for Graphics Optimized Workloads」参照のこと)。Intelの金城湯池であった(今もまだ、であるが)データセンター向けプロセッサにおける戦いも第2幕、AMDの攻勢拡大局面である。
AMDは、EPYC第1世代で一応の橋頭堡(ほ)を築いたが、シェア的にはまだまだ。第2世代で拡大を狙っているようだ。一気に打倒Intelとなるかどうかは分からない。しかしこの第2世代は、巨大なデータセンター市場における戦国時代の幕開けを告げるものになるのではないかと思っている。
データセンター市場の構造はどうなっている
まずデータセンター市場について考えてみる。その市場に登場するプレイヤーは個人使用のデスクトップ機やモバイル機に比べると少々相互関係が複雑だ。
データセンターのプロセッサの上で実際にアプリを走らせているビジネスオーナーというべき主体がいる。彼らは、例えば自身のeコマースサイトであったり、彼らのビジネスを遂行するためのインフラとしてデータセンターを使ったりしているユーザーである。彼らの先に彼らのユーザー(個人であったり法人であったり)がいる。実際にデータセンターで処理されるデータを考えればそちらの方が「真のユーザー」なのだが。
しかし「真のユーザー」にとっては、データセンターの実際の所在地や、ましてはプロセッサが何かは関係ない。ただ、データセンターの可用性(落ちていたら怒る!)とレスポンスが重要である。ビジネスオーナーにしてもデータセンターが落ちていたり、レスポンスが悪かったりすれば収益に直結する。ここは一致している。
一方、ビジネスオーナーが常に考えるのはデータセンターにかかるコストの最小化である。ここが小さくできればできるほど収益が上がるのだ。なお、コストにはセキュリティも含めるべきだろう。見かけのコストが安くても、セキュリティが駄目で事件など起こすと、現代のビジネスにおいては致命傷になりかねないからだ。そこも含めた「トータルコスト」という観点になる。
さて、そのビジネスオーナーがデータセンターあるいはサーバ機を自社で保有していれば(オンプレミス)、話は少し簡単だ。だが実際にはクラウド化が進み、ビジネスオーナーは適当なクラウドに自社のソフトの処理を委託している方が普通だと思う。多分その最大のものが「Amazon Web Services(AWS)」だろう。
ざっくりといえば、クラウド(データセンター)事業者にとって、顧客であるビジネスオーナーから入ってくるお金とデータセンターにかかるお金の差額が収益になってくる。ただし、料金設定を誤ると顧客は他のデータセンターに逃げてしまう。自らの収益を最大化するためには、自身が運用するデータセンターにかかるコストを最小化することを常に考えることになるわけだ。
それで、「仮想マシン密度」とか「仮想マシン1台当たりの運用コスト」とか、個人使用のPCなどでは聞かない指標が次々と登場してくることになる。ハードウェアのコストも買い切りなのかリースなのかで会計処理は変わると思うが、単純な高い安いではない。電気料金や不動産の賃料まで全てを盛り込んだ「仮想マシン1台当たりの運用コスト」なのだ。
データセンター市場におけるプロセッサへの要求
ここでようやくプロセッサへの要求が明らかになる。端的にいえば「仮想マシン密度」を高くできるプロセッサはその1個当たりの不動産コストが小さくできるし、処理負荷に対する消費電力が小さいプロセッサは電気料金(半端ない金額のはず)を下げられる。
その次に登場するのが、エンタープライズハードウェアの製造・販売業者である。代表選手としてはHPE( Hewlett Packard Enterprise。法人向け事業会社)を挙げたい。彼らの顧客は、データセンター事業者であったり、オンプレミスのビジネスオーナーであったりするわけだから、トータルコスト最小をアピールしなければならない。
現状、最終的にはIntel機なりAMD機なりを納入することになるはずだが、法人営業が「単なるハードウェア売り切り」になることはまずないと想像する。ファイナンスに関するところから、運用サービスやメンテナンスその他、「いろいろ」あった後のIntelなりAMDなりのプロセッサ選択になるはずだ。
ハードウェアの売り方もいろいろ、新設でなく既存のリプレースであれば言外の制約もあったりするだろう。企業の調達の場合、年間の予算もあり、そのくせ業績悪化であれば予算が吹き飛んだりもするし、結構時間がかかるのではないかと想像する。ただ、費用対効果にシビアな顧客ばかりのはずなので、AMD機のレートがよいという定評になれば、確実にシェアが伸びていくに違いない。
AMD EPYCは「お、ねだん以上」?
そこでようやくAMDの攻め口である。これは筆者の勝手な意見だが、ここでもAMDはAMDの伝統的な戦術「お求めになりやすい価格なのに性能はちょっと上」を取っているように見える(どこかのインテリア家具大手の「お、ねだん以上」と同じだ)。
端的なのは、「ソケット1個でソケット2個に対抗できる」とアピールしているところだ。簡単に説明しておくと、サーバ機ではCPUソケットを2個持つようなボードが一般的だ。何十個ものプロセッサコアを1枚のボード上に載せて、さらにコアを仮想化して仮想マシンの数を稼ぐ。仮想マシンの数が多ければ「仮想マシン密度」は高くできる道理だ。
モデル名 | AMD EPYC 7702P | Intel Xeon Gold 6262V |
---|---|---|
プロセッサ数 | 1 | 2 |
コア数 | 64×1 | 24×2 |
最大メモリ容量 | 4TB | 2TB |
最大メモリ動作周波数 | 3200MHz | 2400MHz |
I/Oレーンの最大数 | 128 | 48×2 |
PCI Expressリビジョン | 4.0 | 3.0 |
TDP | 200W | 135W×2 |
SPECrate 2017_int_base | 319 | 242 |
ソケット当たりのソフトウェアライセンスコスト | ×1 | ×2 |
価格 | 約4425ドル | 約2900ドル×2 |
AMD EPYC 7702P×1個とIntel Xeon Gold 6262V×2個のシステムを比較した表。表は、AMDのWebページ「AMD EPYC 7002 Series Processors」の表を参考に作成。なお、執筆時点でIntelの2ソケットシステム用第3世代Xeonスケーラブル・プロセッサは未発表のため、ここでは第2世代のXeon Gold 6262Vと比較している。
単純なコア数増大ならば、AMDであれば「Threadripper」、Intelであれば「Xeon Phi」などあるではないか、といわれるかもしれない。しかし、それらの目的は違う。Xeon Phiは、主としてHPC向けのメインCPUに付加するアクセラレータである。Threadripperはデスクトップ機用だが、どちらもある1つの問題を複数のコアで並列に処理して速度を稼ぐための計算のための多コアである。
それに対してデータセンター向けでは、それぞれのコア、仮想マシンはバラバラで相互に無関係な仕事を担うことが多いと思う。メモリ、I/O(ディスク)に対する「幅」が必要なのだ。それで2個のソケットそれぞれに多チャネルのメモリを接続し、ソケット間は高速のインターコネクトで接続することで、2個のソケット合計の多数のコアを合計の多チャンネルのメモリサブシステム上で動作できるようにしている。
ただ、1個より2個の方がボード全体のコストは高くなることは言うまでもない。対して、AMD EPYCは、もちろんソケット2個用の製品も用意しているが、同系列製品にソケット1個モデルもラインアップしている。多分、AMDが言いたいことを代弁すれば、「自社のソケット2個品よりもちょっと遅いけれど、Intelの2個ソケットの対抗品種とは速度同等にできるよ(コスト削減)」ということだろう。
第1世代のAMD EPYCでも、対抗品種(似たレベルの性能、似た価格帯)のIntel Xeonスケーラブル・プロセッサに比べて、コア数増大、メモリ容量増大などのメリットがあるとされており、ソケット1つでソケット2つに対抗できるケースがあるといっていた。この部分はブレていないようだ。
これを支えているのは、AMDの方がIntelよりも微細なTSMCプロセスを使えること、かつ異なるプロセスのハイブリッド構造のパッケージを採用していることだろう。Intelの対抗品種と比べると、AMDの方がコア数が多く見える。現行のデータセンター向けIntelプロセッサの主力が14nmプロセス品なのに対して、今回の第2世代のAMD EPYCのCPUチップは7nmである。また、インテルは一部上位機種で2つのダイを1パッケージにした品種を出しているが、AMDは、全面的にマルチチップパッケージだ。主力は7nmのCPUチップを8個、I/Oチップは14nmで1個を1パッケージというスタイルだ。本当のところのAMDのコストは分からないが、8コア入りの同一「単位チップ」を並べていろいろバリエーションを作れるのは効率がいい感じがする。
AMDはデータセンター向け市場のボリュームゾーンに対して、費用対効果のよさという正攻法でジワジワ攻めている、という印象を受ける。プレイヤーがIntelとAMDのみであれば、これに対するIntelの次の手を見るだけだが、先に「戦国時代」幕開けと書いたのは、もう1つの勢力が勃興しそうだからだ。
データセンター事業者の大立者Amazonは、現行、Intel機もAMD機も併用しているようだが、Armコアのサーバ用チップの製造に乗り出しているのは、頭脳放談「第238回 AMDが狙うデータセンター市場は前門のIntel、後門のAmazon?」で書いた通りだ。
まぁ、Amazonの巨体であれば、Armコアのチップをサーバに採用したからといって、当面IntelとAMD併用は変わらないとは思う。しかし他にもArmコアでデータセンターを狙っている半導体ベンダーがある。IntelとAMDの争いの裏で、ジワジワとArmコアが市場を蚕食してしまう可能性も大いにある。ましてや今やArmコアの裏にはNVIDIAがいるのだ。天下三分か。しかし、この業界ではたまに、三者のどこが勝つかなと見ていたら、一気に新勢力が勃興し市場を塗り替える、ということもある。変化はこれからだと思う。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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