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企業が求める5Gとは――牧野フライス製作所はなぜ「KDDI 5G+AWS Wavelength」を選択したのか羽ばたけ!ネットワークエンジニア(42)

企業専用の5Gネットワークとして「ローカル5G」が注目を集めている。しかし、企業のニーズに合っているのは必ずしもローカル5Gではない。なぜだろうか。今回はプライベート5Gの先取りともいえるサービスを導入する企業の事例から、その理由を紹介する。

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 筆者は2021年4月から牧野フライス製作所で5Gネットワークの設計・構築に携わっている。同社は工作機械とそのサービスを提供するメーカーだ。本連載「プライベート5Gの先取り、『KDDI 5G+AWS Wavelength』に注目せよ!」で紹介した「KDDI 5G+AWS Wavelength」による5Gネットワークの構築を現在、実践している。

 今回は同社が2021年7月21日に発表した5Gネットワークの事例から、企業のニーズに合った5Gネットワークとは、どのようなものなのかを解説したい。

どのような5Gネットワークなのか

 牧野フライス製作所が導入する5Gネットワークの目的は、自社開発した製造支援モバイルロボット「iAssist」を安定的、効率的に運用することだ。構成は図1の通り。


図1 牧野フライス製作所が構築する5Gネットワークの構成 このモデルを「5G・MAKINOモデル」と呼び、2021年12月11日に「STEP1」が完成する

 2021年12月に完成するネットワークは図1にある3つのソリューションを含む。

(1)「工具搬送自動化」
 工具を自動搬送するiAssistでマシニングセンタの連続稼働を実現

(2)「ユニット組立自動化システム」
 「ユニット自動組立ロボット」への部品入庫、完成品払い出しをiAssistで自動化

(3)「iAssist運用管理システム」
 iAssistの稼働状況を5G対応のiPhoneでモニター

 5Gは方式によって「NSA」(Non Stand Alone)と「SA」(Stand Alone)の2つに分かれる。将来普及が見込まれる5Gコアネットワーク(コア)の製品が登場する前に、5Gネットワークの構築を可能にするのがNSAの狙いだ。NSAでは4G(LTE)コアを使用し、制御信号は4G基地局を使う。データ通信のみ5G基地局を使用する。

 図1の構成ではNSAを採用し、4G基地局とSub6(3.7GHz)の5G基地局のペアを15カ所に設置する。Sub6は6GHz以下の5G用の電波で、周波数が低いため障害物の影響を受けにくく、広範囲に電波が届く。iAssistは工場内を広く移動するため、Sub6を採用した。ミリ波は28GHz帯という高周波数で電波の直進性が強く、カバーできる通信範囲が狭いため、採用していない。

 コア設備としてKDDIの4G網の設備を使用する。iAssistの管理や認証を行うサーバはAmazon Web Services(AWS)が提供するインフラストラクチャ「AWS Wavelength」上に構築する。AWS WavelengthとAWS、「牧野フライスネットワーク」は同一のIPアドレス体系を使う1つのイントラネットとした。

AWS Wavelengthで低遅延を実現

 この5Gネットワークはこれまでにない3つの特徴があるため、「5G・MAKINOモデル」と呼んでいる。

(1)高いコストパフォーマンス

 5Gに必要な設備を全て自前で用意するローカル5Gと比較して、構築費用を大幅に抑制できるため、コストパフォーマンスが高い。高価なコア設備を自社で持たずにKDDIの4G・5G網の設備を使うこと、4G基地局を5Gのアンカーとして使うだけではなくVoLTE(Voice over LTE:4Gを使った高品質電話)にも活用して、設備の費用負担を軽減すること、などにより構築費用を低く抑えることができた。

 将来、4G設備が不要で5Gコアと5G基地局で構成する形態であるSAへと環境が変わっても、4G基地局はVoLTEで継続利用できるため無駄にはならない。

(2)AWS Wavelengthによる低遅延アプリケーションの実現

 iAssistはKDDIの4G・5G網内にあるAWS Wavelength上の仮想サーバと、インターネットを介さずに直接通信ができるため、低遅延アプリケーションを実現できる。

(3)スマートフォンの活用

 ローカル5Gの周波数帯域をそのまま利用できるスマートフォンは2021年7月現在、存在しない。しかし、本ネットワークではキャリア5Gを利用するため、iPhoneをはじめ多くのスマートフォンを使用できる。パケット通信によるモニタリングや操作にも使える他、VoLTEによる高品質な電話も利用できる。牧野フライス製作所は事業所で使っている多数のPHSを本ネットワークの構築を機に「iPhone」にリプレースする。

企業が求める5Gの特徴とは

 5Gには誰もが知っている3つの特徴(超高速、超低遅延、多端末接続)がある。だが、企業が求める5Gは少し違う(図2)。


図2 ローカル5Gの特徴と企業が求める5Gの違い

 現場のニーズを聞きながら実際に「KDDI 5G+AWS Wavelength」による5GネットワークをiAssistの開発担当やクラウド技術者、ネットワーク技術者と一緒に設計して分かったことはこうだ。

 企業が5Gに一番求めるものは「超安定」である。Wi-Fiには干渉やチャネルの競合、端末がアクセスポイント間を移動するローミングの不具合などがあり、安定性に難がある。5Gには干渉の心配がなく、端末にタイムスロットを割り当ててチャネルを占有させるため、競合もない。ローミングも得意だ。AGV(Automatic Guided Vehicle:自動搬送車)やIoT機器の安定した運用が可能になる。

 低遅延であることは大事だが、数ミリ秒といった超低遅延である必要はない。クルマの自動運転制御を想定してみよう。時速50キロで走るクルマなら100ミリ秒で約1.4メートルも動いてしまう。クルマを制動するための遅延は少なければ少ないほど良い。この場合、1ミリ秒の超低遅延には価値がある。

 しかし、秒速0.6〜0.8メートルで走行するAGVは100ミリ秒で6〜8センチしか動かない。50ミリ秒の遅延なら3〜4センチだ。この距離が危険回避で問題になることはほとんどない。数十ミリ秒の遅延で十分なのだ。

 ローカル5Gには3つの特徴に加えて「超高コスト」という4つ目の特徴がある。現在、ローカル5Gの普及が思わしくない最大の原因は高コストだ。小型で安価な製品も登場しつつあるが、それでも数千万円の費用がかかる。

 この他、ローカル5Gの免許の申請や運用のためには、5G自体の技術知識やノウハウが必要なことも企業が導入する際のハードルとなっている。

 これに対して、KDDI 5G+AWS Wavelengthによる5Gネットワークであれば、企業の求める5Gを実現しやすい。KDDIやAWSのサービスをそのまま使うだけなので、免許は不要、5Gの深い技術知識や運用ノウハウがなくても導入可能だ。読者の皆さんも牧野フライス製作所の事例を参考に、企業にとって価値のある5Gネットワークを検討してはいかがだろうか。

 最後に、特徴ある5Gネットワーク構築の機会を与えていただいた牧野フライス製作所のCIO(最高情報責任者)である中野義友氏と、一緒にプロジェクトをやっている若いメンバーに感謝を申し上げたい。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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