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AWSの撤退は「5G失敗」の証拠ではない 企業が“意図せず”作ったプライベート5Gの正体羽ばたけ!ネットワークエンジニア(92)

AWSは2025年5月にプライベート5Gサービスを終了した。企業はプライベート5Gを見限るべきなのか、それとも活用する道があるのだろうか。

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 AWS(Amazon Web Services)が、2022年8月から提供していた「AWS Private 5G」のサービスを2025年5月20日に終了した。

 AWS Private 5Gは、スモールセルの基地局、サーバ、RAN(Radio Access Network:無線アクセスネットワーク)ソフトウェア、5Gコア、SIMカードで構成されており、ユーザーが指定した場所に数日でプライベート5Gを構築できることを売りにしていた。無線は、免許が不要な米国独自のCBRS(Citizens Broadband Radio Service:市民ブロードバンド無線サービス)の周波数帯を使っていた。

 クラウド界の巨人であるAWSが始めた簡易に使えるプライベート5Gなので発展するものと期待していたが、無線周波数帯の制約やサードパーティーのハードウェアへの依存などの課題があり、構想通りのサービス展開ができなかったという。

 AWSをもってしてもプライベート5Gを普及できなかった。では、日本国内でプライベート5Gはどのような状況で、企業はプライベート5Gを活用する余地があるのだろうか。

「電波の強さ」を生かすのがローカル5G実用化の近道

 ローカル5Gは、企業専用の機器を使用する立派な専用ネットワーク、プライベート5Gだ。本連載はローカル5Gの実用事例として、この半年で九州電力の発電所用ローカル5Gと、大林組ダム工事現場のローカル5Gを紹介した。

 九州電力の事例は、広大な発電所をローカル5Gの電波の面的な広域性を生かし、少ないアンテナ数で効率的に無線ネットワークを構築しているのが特徴だ。大林組の事例は、3次元的に大きな空間をカバーできるローカル5Gの特徴を生かしている。どちらも「ローカル5Gの電波が遠くまで届く」という利点を生かしている。

 NECは、広い展示会場のブースをインターネットに接続するネットワークをローカル5Gで実用化した。これも広域性を生かした例だ。

 5Gのうたい文句(あくまでもうたい文句であり、いまだ実現していない)である、「超高速」「超低遅延」「多端末接続」とは無関係な「電波の強さ」を生かすのがローカル5G実用化の近道のようだ。

 映像通信とAIを組み合わせた工場でのユースケース、遠隔医療診断などのスマートなユースケースは実証実験が数多く行われたが、実用事例はあまり目にしたことがない。

 ローカル5Gは、制度化から5年以上経過してやっと普及の緒に就いたところ、という状況に見える。

キャリアのプライベート5Gサービスは実用化の入り口

 日本の携帯電話事業者(キャリア)の中ではソフトバンクがいち早くプライベート5Gのサービス提供を始めた。仮想的なプライベート5Gができる「ネットワークスライシング」を使った「プライベート5G(共有型)」を2023年3月に、ユーザー側に専用の機器を設置する「プライベート5G(専有型)」を2024年3月に提供開始した。プライベート5G(専有型)の構成は、下図の通りだ。


図1 プライベート5G(専有型)の構成
5G Core(5G Core Network):端末の認証、セッション管理、位置管理などを担う中枢
RADIUS(Remote Authentication Dial In User Service):ユーザー認証
UPF(User Plane Function):ユーザーデータパケットの転送
CU/DU(Centralized Unit/Distributed Unit):「親局」と呼ばれ、複数のRU(下記参照)を収容し、変復調などを処理する
RU(Radio Unit):「子局」と呼ばれ、デジタル信号をアナログ信号に変換し、アンテナから無線周波数(RF)を送信、また受信する。Sub6用RUは複数のアンテナを数10メートル離して接続できる。ミリ波用RUは無線機と大量のアンテナが一体化されており、Massive MIMO 、ビームフォーミングで高速通信を実現する
境界用SW:ソフトバンクが設置するイントラネットと接続するためのネットワークスイッチ

 プライベート5G(専有型)では、Sub6とミリ波の両方が使える。Sub6はミリ波ほどの速度は出ないが、電波が広範囲に届き、アンテナが安価なのが特徴だ。そのため、モバイルロボットのように広範囲に動く装置で使うのに適している。

 ミリ波は高速で高精細映像の伝送に向いているが、直進性が強く空間減衰(距離が伸びると減衰する)が激しいため、電波が遠くに届かない。位置を固定して近距離の映像を撮影するカメラで使う場合などには適している。一般的にミリ波のアンテナは、Sub6のアンテナより、はるかに高価だ。

 住友電気工業(以下、住友電工)は2025年7月30日(水)〜8月1日(金)に、東京ビッグサイトで開催された次世代通信技術展示会「COMNEXT 2025」にソフトバンクと共同でプライベート5Gを活用したソリューションを出展した。その内容について、住友電工 情報ネットワーク研究開発センター 無線システム研究部 ワイヤレスアクセスグループ グループ長 小河昇平氏に話を伺った。

 展示されたソリューションは、「フォークリフトと人との接近警告システム」とAI(人工知能)搭載型5G端末(開発中)を用いた「高精細映像伝送システム」だ。

 フォークリフトの接近警告システムは、フォークリフトと周辺作業者の映像をプライベート5Gで伝送し、MEC(マルチアクセス エッジ コンピューティング)のAIが両者の移動方向や位置を監視する。危険な接近を予想した場合は、5G端末のエッジ処理により、DO(Digital Output)端子に接続したLEDランプを点灯させて低遅延で警告する。システム構成は下図の通りだ。


図2 フォークリフト接近警告システム

 図2にある「IGW5111」は、住友電工が開発した5G端末(ルーター)で、2025年6月に製品化された。Sub6とミリ波、両方に対応しており、防塵(じん)/防水対応なので屋外でも利用できるという特徴がある。

 高精細映像伝送システムは、住友電工が開発中のAI搭載版5G端末上で、住友電工独自のAIを用いた画像圧縮処理を行い、高精細映像のデータ量を、従来方式と比較して最大で90%低減できる。これにより、安定した映像伝送を実現する。

 住友電工としては今後、プライベート5Gおよび5G端末実用化を推し進めるそうだ。

 ソフトバンクのプライベート5Gサービスで実用事例がどの程度あるかは分からないが、キャリアのプライベート5Gは実用化が始まったばかり、という印象だ。

「意図せず」作られているプライベート5G

 キャリア5Gを使ったプライベートネットワークは、既に大きく広がっている。企業が意図してプライベート5Gを作ったのではない。

 2020年から、コロナ禍で多くの従業員に在宅勤務をさせるため、「リモートアクセス」が急増し、「軒先」(のきさき)だったリモートアクセスの方が「母屋」(おもや)のイントラネットより大きくなった。コロナ禍が苛烈だった2020年から21年は、在宅勤務率90%の企業も珍しくなかった。リモートアクセス90%、イントラネット10%ということだ。

 リモートアクセスが5G主体になると「プライベート5G」ということになる。在宅勤務の経験で「仕事はどこにいてもできる」ことが証明され、コロナ禍対策とは関係なく、「働き方改革」を目的とした意図しないプライベート5Gが広まった。

 意図しないプライベート5Gは、普通のキャリア5GをプライベートIPアドレスで使うだけだ。ローカル5Gのような高価な機器は不要だし、「ネットワークスライシング」など使わなくてもよい。

意図して、キャリア5Gによる「プライベート5Gシフト」を進めよう

 ローカル5Gの制度化、キャリアの5Gサービスが始まって5年以上経過した。モバイル村の人たちが唱えた「超高速」「超低遅延」「多端末接続」はうたい文句のままであり、5年たっても実用事例は少ない。この点だけ見れば、5Gは失敗といえる。

 しかし、企業は5Gを自然に使って、意図せずプライベート5Gを広げている。これからは「意図して」プライベート5G比率が80%、90%となる企業ネットワークを設計、構築すべきだ。下図はプライベート5G比率100%の構成例だ(5Gが使えない場所では、4Gを使用)。


図3 プライベート5G/4G 100%の企業ネットワーク構成例
DAS:Distributed Antenna System ビル内で5G/4Gの電波を受信可能にするアンテナシステム
フェムトセル:電波の届かない場所にブロードバンド回線を使って設置する小型基地局。4Gのみ
レピータ:アンテナからの電波を受けて電波の届かない部屋で増幅して送出する装置。4Gのみ

 これまでキャリア5Gを大々的に使う上でネックだったのは、通信料(パケット料)だ。しかし、KDDIと日本HPが提携して実現した「eSIM Connect」のように、実質月額750円でパケット使いたい放題のサービスが登場している。個々のスマホのパケット容量をプールして効率的に使う「パケットシェア」も利用できる。プライベート5G比率を高められる料金プランが整ってきたのだ。

 いつでもどこでも、PCやスマホがキャリア5Gでイントラネットにつながり、自社で固定回線やルーターなどのネットワーク機器からなる自社専用ネットワーク=古いプライベートネットワークを持たなくてよい時代になっている。企業ネットワークが「空気のような存在」になれる時代になったといえる。

 皆さんの会社でも「意図して」キャリア5Gによるプライベート5Gを目指してはどうだろう。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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