第257回 TSMCが熊本に半導体工場を建設 でも本当に半導体不足なの?:頭脳放談
TSMCが熊本に半導体工場を建設すると発表した。足元では半導体不足が続いており、これで半導体不足も解消される、という報道も見かける。でも、待ってほしい。本当に半導体は不足しているのだろうか? 半導体不足の原因を筆者なりに推測してみた。
![TSMCの半導体工場内部](https://image.itmedia.co.jp/ait/articles/2110/22/wi-tsmc01.jpg)
TSMCの半導体工場内部
TSMCは、2021年第3四半期決算説明会で2022年着工、2024年操業開始を目指して、熊本県に半導体工場を建設すると発表した。ただ、この工場は最先端プロセスではなく、22〜28nmプロセスのものになるという。こうした半導体工場の建設が、今の半導体不足を解消する、という報道もあるようだが、本当に半導体は不足しているのだろうか?(写真は、TSMCの資料画像から)
TSMCの熊本進出が話題になっていた(TSMCの日本国内の半導体製造工場設立については、「財務報告 -2021Q3」で発表されている。詳細は、EDITED TRANSCRIPT「2330.TW - Q3 2021 Taiwan Semiconductor Manufacturing Co Ltd Earnings Call」参照のこと)。TSMCの工場は、日本での半導体製造の復活に資すると思うが、まだ先の長い話である。
足元では半導体不足が続いている。半導体の需給のバランス回復には、「2022年後半までかかる」とか、「いや2023年までかかる」といった報道が続いている。コロナウイルスからの脱却が「見えて」きて、需要の回復が著しく、「不足」「不足」の声が響き渡っているように感じられる。
しかし、個人的にはそういうニュースにかなり違和感があるのだ。半導体不足のせいで完成品の製造を減産せざるを得ない。だから「半導体をもっと作れ!」といのは、少々短絡的過ぎるのではないか、と思ってしまうのだ。
特定の半導体製品が不足するのはなぜ?
現実に自動車やスマートフォン(スマホ)、そして家電に至るまで、いろいろな製品が半導体不足の影響で減産しているというニュースが流れてくる。確かに特定の半導体製品が手に入らなくて減産をせざるを得ないという状況はあるのだろう。
しかしだ、1つの完成品を作るために必要な半導体製品は、1種類ではない。SoCプロセッサやメモリ、電源、アナログ、センサーなど多種多様な半導体製品が多数必要だ。当然、半導体だけでなく受動部品だって必要だ。
SoCといわれるようなメイン部品は、最先端微細なロジックプロセスで、限られたメーカーでしか作れない。メモリも微細プロセスが必要だが、ロジックとは工場が異なる。電源やアナログなどは、線幅は太いが、それぞれの製品に特化したプロセスを使っているだろうし、センサーなどにはMEMSプロセスも使われている可能性もある。
工場もいろいろ、メーカーもバラバラである。それがみんな同じペースで不足しているのであれば、ある意味バランスが取れて余るものはないはずだ。
しかし、報道によると不足しているのは、先端のSoC製品であったり、車載MCUであったりと、特定の半導体製品である。完成品の生産量そのものが減っているのであれば、供給に問題のなかったデバイスにとばっちりを受け、行き先がなくなったデバイスが在庫になって積み上がる、といった事象が起きてもおかしくない。
普通、在庫が積み上がるのは、不況で需要が落ちたときだ。今回のように需要が急回復している局面で在庫が積み上がる心配など不要、といわれる。でもそんな単純な問題でもないように思われるのだ。
サプライチェーンの混乱が半導体不足の一因?
背景には世界的なサプライチェーンの混乱がある。
コロナウイルスの「出だし」の頃、航空ネットワークがパッタリと止まった時期は、航空機に依存する半導体の物流は大混乱だったと思う。混乱がもたらしたのは納期の大幅遅延である。
納期の遅延は、途中の仕掛り在庫の増大と見てもよいだろう。しかし、航空貨物の混乱は、一時に比べると収まってきていると想像する。半面、海運はかなり滞っている状態のようだ。重量の重い完成品は海運を使うことが多い。現在は、どちらかというとサプライチェーンの入り口の半導体よりも、出口の完成品の物流側が目詰まりしている状況と考えられる。
また、中国の電力危機および物価上昇の問題もある。中国は世界の半導体の需要の半分ほどを飲み込む巨大な製造拠点だ。人から聞いた話なので数量の裏付けなどは不明なのだが、結構、電子機器の組み立て工場も停電で止まることがあるらしい。
組み立てが止まったら完成品の数量が減るだけでなく、半導体は在庫になって積まれてしまうはずなのだ。まぁ、中国の地場の半導体工場も同じようなペースで止まっていれば、どっちもどっちでバランスするが……。
また、エネルギー価格を中心とした物価上昇で局所的な市況減速の話も聞く。先端半導体不足はともかく、コモディティ製品がダブついてもおかしくない状況だと思う。
実は半導体は余っている?
そう思って「不足だ」という大声の中で「ちょっと違う」ニュースを探してみた。まずは韓国の状況が気になった。Samsung(サムスン電子)は、先端のSoCでも大手だが、ご存じの通りメモリデバイスは韓国勢のシェアが圧倒的だ。
どうも、そのメモリ市況が軟調なようだ。スマホであれ、サーバであれ、プロセッサの横にはメモリがなければ成り立たない。その値段が下がっているということは、メモリの実需が落ちているということだろう。先端のプロセッサやSoCの数量が足りないから完成品を製造できなくて、メモリの行き先が減ったということであれば、先ほどの心配した傾向ということになる。
SoCプロセッサであれば、「特定の完成品=特定のSoC」という1対1の関係で他に代替がない。しかし、メモリは近年カスタム化の流れがあるとはいえ、SoCに比べたら「汎用」である。似たものがアチコチの仕向け先に使える分、ダブつきが見えてきやすいデバイスだと思う。その原因はともかく、部品需要が落ちている1つの兆候にも思われる。
また、今回の半導体不足で批判の矢面に立たされている半導体製造最大手、台湾のTSMCからも別な話が出ている。TSMCいわく、「車載半導体を60%も増産し、車の製造台数より多く出荷しているのに、いまだ不足だといわれているのは心外だ」というような話だ。誰かが在庫を必要以上にため込んでいるのではないか、過剰な在庫と判断したら出荷を絞る、といった結構キツイ話だ。
自動車の減産のニュースはあちこちで聞く。しかし、TSMCにしたら、自分らが製造しているMCUの数は正確に把握できる。一方で自動車メーカーの生産数量が何十万台も変動したら大ニュースだ。見積もろうと思ったら生産数量の見込みが大きく外れることはあるまい。TSMCにしたら自社のMCU製造数を仕向け先の自動車メーカーの生産台数と比べて充足率はだいたい見当が付いているのではないかと思う。TSMCの動きを見ると、サプライチェーンの中で「在庫を積み上げている」動きが本当にあるのだと思う。
半導体不足の原因はサプライチェーンの長さにあり
長年、半導体の営業をしてきた古い人々は気づいているのではないだろうか。半導体不足が叫ばれると、いろいろなルートから実需の何倍もの注文が入ったことを。
大忙しで半導体工場がフル稼働するのだが、突然パッタリ注文が止まって在庫が積み上がるというシーンだ。注文が入ってから半導体工場でウエハーが流れ、組み立ててテストを通って出荷されるのには数カ月かかる。ここ1年も需給の逼迫(ひっぱく)が続いてきたから、現在は平時より時間がかかっているのではないかと思う。
その上、コロナウイルスの影響やら、政治的な動きやらで、完成品組み立ても細る傾向にあり、製造時間もその後の完成品物流にかかる時間もまた長くなっているのだ。パイプに入ってから出てくるまでの時間がすごく長くなっている。サプライチェーンのパイプの中に滞留しているいろいろな状態の「在庫」がどのくらいあるのか、みんなよく分からなくなっているのではないか。
サプライチェーンを逆にたどって考えよう。末端の顧客(商社や販売店などのレベル)からの完成品の注文が巡り巡って半導体の注文にトリガをかける。注文に応じて半導体が製造されて、完成品メーカーに出荷され、組み立てられて完成品が出荷される。それが物流ルートを流れて末端の顧客に到着する。
このパイプラインを通り抜ける時間が、かつてないほど長くなっている状態だ。「神の見えざる手」は需給を調整してくれるが、その調整のフィードバックがかかるまでに長い時間がかかるのだ。その時間の間にパイプの中の仕掛品は流れてしまう。コイルの中の電流のようにスイッチを切ってもすぐには止まらないのだ。「不足」「不足」と言っていると、気が付いたら在庫の山、という危険性は大いにあると思う。
半導体そのものの需要は長い目でならせば、増えるし供給も増える。ただその変化の時定数は年単位だと思う。現在いろいろと話題に上る半導体工場の新設ニュースは、そういうタイムスパンの話として整合性があるのだ。
それに対して、需給の調整や在庫の時定数は月単位くらいの現象である。月単位で少な過ぎたり、多過ぎたりといった変動を繰り返す。月単位での短い周期の変動とはいえ、特定の会社の業績やら何やらへの影響は絶大だ。短期的な業績悪化で振り落とされるところも出てくるくらいだ。
今回の半導体不足の不穏なところは、もともとフィードバック制御の遅延が大きくて需給関係がオーバーシュート、アンダーシュートしやすい半導体のサプライチェーンに、コロナウイルスやら、政治やら、本来半導体の需給に無関係であったもろもろが積み重なって遅延をより大きく、振れ幅をより大きく増幅していることにある。
昔だって「売れている」半導体の生産にブレーキを踏むのは遅れがちであった。気づいたときには在庫の山が積み上がっている、いうのはままあったことだ。在庫解消はゆるゆると始まるが、在庫が積み上がるときは一気だ。するとそこまでにもうかっていたはずの利益は吹き飛び、従業員各位のボーナスは悲惨になるのだ。今回の「半導体不足」からの出口の見極めは相当に難しそうだ。不足は2022年末まで続く、いや2023年だという話に煽(あお)られていないで、そろそろ出口戦略を描くべき時であるのかもしれない。そんなことは分かっている、既に手は打ってる? ホントか?
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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