LINE、DeNA、ミクシィに聞く「私たちはこうやってテレワークを実現した」:「BIT VALLEY 2021 #07」セミナーレポート
テレワークが当たり前になり、働き方は大きく変化した。自宅でもオフィスにいるときと同じように働けるようにするため、IT担当者は日々頑張っている。だが、「今やっていることが正しいのかどうか他の企業の事例を知りたい」というIT担当者もいるだろう。そこで本稿は、2021年11月に開催された「BIT VALLEY 2021 #07」のセッションから、著名な企業が実施している「泥臭い作業」の実態を紹介する。
コロナ禍によって働き方は大きく変化した。テレワークが普及し、「出社しないことが当たり前」になった企業は多いだろう。出社しなくても業務ができるため、都心から離れた場所に引っ越した人もいる。AnityAの中野 仁氏はこうした働く環境の変化について「“Any Time”、“Any Where”、“Any Device”、“AnyOne”と、さまざまなものに『Any』が付くようになった」と表現する。
この変化を支えているのはIT担当者だ。テレワークの環境を整えることはもちろん、勤怠管理や発注申請などのオンライン化やリモートでの問い合わせ対応、オフィスの見直しなどやるべきことは多岐にわたる。全てを一気に解決することは難しいため、少しずつ、一つ一つ片付けていく地味な作業が必要だ。
だが、「どこから手を付けたらいいか分からない」「今やっていることが正しいのかどうか他の企業の事例を知りたい」というIT担当者もいるだろう。そこで本稿は、2021年11月に開催された「BIT VALLEY 2021 #07 Guide to Work From Anywhere 」のセッションから、著名な企業が実施している「泥臭い作業」の実態を紹介する。
時間、場所、デバイス、一緒に働く仲間、明確に「Any」がついた
セッション「Work From Anywhereを実現するはたらく環境とコミュニケーション」では中野氏がモデレーターとなり、ここ2〜3年の変化を振り返る。
「働く環境の前提が大きく変わったため、IT担当者はさまざまな課題を急いで解決しなければならなかった。従来の境界型セキュリティはテレワークに不向きなため、新しいセキュリティの仕組みを構築する必要がある。『座席数を削減する』『経理機能をオンラインに移行する』などオフィスの設備や役割を見直すことも重要だ」
中野氏は続けて業務の進め方について触れる。
「同じ時間にオフィスに集まって仕事をするのではなく、違う場所、違う時間で働くようになった。非同期的な働き方に変わったため、コミュニケーションも非同期に適したものに変えなければならない。どのデバイスからでも同じように業務をするためには、『SaaS』(Software as a Service)といったクラウドサービスを積極的に利用する必要もある」
LINE、DeNA、ミクシィはどんな施策に取り組んできたか
「いつでも、どこでも、どれからも、誰とでも仕事ができる環境」を構築するために、IT担当者が解決すべき課題は山積みだ。中野氏は「全部は一気にできない。ならばどこから登るのか」と問い掛ける。
この問い掛けに答える形で、各企業のIT担当者は「働く環境を整えるために実施したこと」について説明する。
セッションに参加したのは、LINEの吉野一也氏(IT支援室 室長)とDeNAの大脇智洋氏(IT戦略部 部長)、ミクシィの加藤徳英氏(はたらく環境推進本部 社内IT室長)だ。
LINEの取り組み
吉野氏が所属するEnterprise ITセンター(IT支援室の上位組織)は「働きやすさNo.1の企業を目指し、より良い環境を提供し続ける」ことをミッションに掲げている。吉野氏の業務はグローバルに展開するLINEのグループ会社で使うITサービスの企画、導入、運用だ。
「LINEグループの社員数はアカウントベースでいえば8700アカウント。海外子会社や業務委託の従業員を加えると2万4000アカウントほどになる。その中でも主にコミュニケーションや情報管理、製品導入、開発基盤の整備などを実施している」(吉野氏)
LINEがコロナ禍で実施した取り組みとしてはオフィス移転がある。移転に伴い、座席はフリーアドレス化。出社とテレワーク、勤務時間などをチーム単位で設定できる「LINE Hybrid Working Style」という新しい働き方を実現する制度を始めた。吉野氏は「コロナ禍前に『Zoom』を全社で導入できていたため、スムーズにテレワーク体制に移行できた」と当時を振り返る。
一方で、経理業務の移行には工夫が必要だったと吉野氏は言う。
「出社日ごとに交通費精算すると経理の負荷が増えてしまう。そこで『出社したかどうか』を自動的に判定するシステムを構築した」
この課題を解決するために発足したプロジェクトメンバーが構築したシステム「Office Attendance」は、社内無線LANや社内システムの利用履歴から「出社」を判定して交通費を自動算出するというもの。開発当初は幾つか問題もあったが、「現状ではほぼ正確に『出社』を割り出せている」(吉野氏)という。
「今後の課題はBYOD(私物デバイスの業務利用)の利便性とセキュリティ、メンバー間のコミュニケーションとモチベーション維持の方法を確立することだ。既にオンラインホワイトボード『miro』、プロジェクト管理ツール『Trello』は導入しており、現在は『Azure Active Directory』(Azure AD)の導入を進めているさなかだ。SaaSなどクラウドサービスの認証に利用したり、『Microsoft Intune』と組み合わせてモバイルデバイスのセキュリティを向上させたりする予定だ」
DeNAの取り組み
大脇氏が所属するIT戦略部は「MAKE CREATIVE」というビジョンを掲げ、「ITで事業・経営にDelightをもたらす」をミッションにしている。大脇氏はその中で、DeNAグループ全体のIT戦略を統括する立場で業務効率化を推進している。アカウント数は、海外子会社や業務委託も含めて約4000、PCの運用台数は約5700台になるという。
「2021年は『ワークスタイル変革』と『生産性向上・コスト最適化』という2つの方針を掲げた。前者はオフィスでなくても仕事ができる環境整備、後者はセルフサービス化、ITコストコントロール強化、共通部門の効率化などだ」
コロナ禍の対応としてまず挙げられるのは「Slack」とZoomの全社導入だという。大脇氏は「SlackとZoomがテレワークで欠かせない2大ツールだと感じた。2020年2月までに全社導入できていてよかった」と振り返る。
2020年2月にコロナ対策本部を設置し、「これまで週2日までだったテレワークを週5日に変更」「PCやモニターの持ち出しルールの緩和」などを実施した。2020年5月には紙帳票の電子化に着手。「Adobe Sign」を導入して契約書、請求書などのペーパーレス化を進めたという。
「ペーパーレス化が進んだことでオフィスに出社する必要がほとんどなくなったのはいいが、勤怠情報が分からなくなった。そのため、勤怠管理のクラウドサービス『ラクロー』を導入した。並行してフリーアドレス化も進めたが、コロナ禍が長期化する予測がたったため、2021年8月に本社をヒカリエからスクランブルスクエアに移転させることにした」
新しいオフィスは出社とテレワークを組み合わせたハイブリッドな働き方を想定しており、座席数も移転前の3割程度に抑えているという。「ただ座席数を減らすだけではなく、移転を機に電話やFAXもインターネット化した」と大脇氏は語る。
「今後の課題はZoomライセンスコストの最適化と、入社と退職もリモートで実施することになるため、そのプロセスの見直しが必要だと考えている」
ミクシィの取り組み
加藤氏は自身の役割を「自称IT用務員」と表現する。社内ITの管理を中心にしており、「戦略というよりはオペレーション寄りのポジション」と加藤氏は説明する。アカウント数は子会社や協力会社を含めると約2000アカウント。PCの運用台数は約3200台になるという。
ミクシィの「テレワークへの移行」は非常にスムーズだったと加藤氏は語る。
「ミクシィは、今日では“標準システム”ともいえる『Gmail』、Slack、『Microsoft 365』をコロナ禍以前から導入していたため、既にSlack中心のコミュニケーションが社内に根付いていた。そのため、テレワークへの移行もほとんど問題がなかった」(加藤氏)
コロナ禍前後で変化したことといえば、それまで4カ所に分散していたオフィスを1カ所に集約したことだ。
「もともと移転を考えており、コロナ禍前にそれが終わったという感じだ。オフィスソフトやメールも既にクラウドサービスに切り替えていたので、コロナ禍といっても特別何かをした印象はない。実際にやったのは、ガイドラインの設定やデスクトップPCを従業員宅に配送するなど業務環境の整備、Microsoft Intuneなどを使ってセキュリティを強化するなどだ」
加藤氏はミクシィの特徴として、「各事業部でクラウドサービスなどの個別契約を認めていること」を挙げる。
「事業の種類や関連先が多様なため、各事業部の判断でクラウドサービスを自由に契約できるようにしている。全社サービスはもちろん提供するが、それで不足があれば各事業部がそれぞれ補填(ほてん)できる体制になっている。こうした体制を取っていることもテレワーク移行がスムーズだった要因だと考えている」
現在は「コロナ後に人が戻ってきたときの準備を検討しているところ」だと加藤氏は語る。
「ミクシィはフルリモートが完成形だとは捉えていない。できればオフィスに集まって仕事をしたい人もいるため、状況に合わせて選択できることが重要だと考えている。とはいえオフィスやPC機材への投資との兼ね合い、『ミクシィでずっと働くこと』の訴求バランスなども考慮しなければならないので引き続き検討を続ける」
「テレワーク移行手順」の最適解は?
中野氏は各社の取り組み状況を聞いて次のようにまとめた。
「急速にテレワークにシフトする中で、最優先はやはりセキュリティとインフラだ。次にZoomやSlackなどのコミュニケーションツールを導入し、『コミュニケーションのパス』を変える。その上で勤怠や経費精算などのシステムを見直し、出社しないで済むようなプロセスやアプリケーションに変更する。テレワークへの移行はおおよそこうした流れで進めるのが最適解なのだろう」
無事テレワーク移行を成功させた3社だが、最も「山場」となった作業や取り組みは何だったのか。吉野氏は「(まだ実現に至っていないが)勤怠管理の自動化」と答えた。Slackなどの利用状況から勤務時間の候補を出すことを模索しているそうだ。
大脇氏は「一気にルールを変えたこと」だと言う。それまでのルールで例えばPC持ち出し申請をさせると、時間がかかり、承認作業の負担が大きくなる。そのためセキュリティ部門とも調整して一気にルール変更とオペレーションを進めたという。
加藤氏は「フルリモートではなくハイブリッドワークを許容していたため、その兼ね合いが難しかった」と言う。GPU搭載のデスクトップなど簡単には持ち運べないものをどのように扱うかに苦労したそうだ。
中野氏は最後に「今後取り組みたいこと」について聞いた。
吉野氏は「現在Azure ADを導入中なので、うまく活用した環境を構築するのが目下の目標」と答えた。大脇氏は「ペーパーレス化を相手方も含めて実現したい。紙媒体をスキャンしてPDF化するために外部サービスを活用するのか、自前で体制を構築するのか検討しているさなかだ」とさらなる生産性向上を語る。加藤氏は「通勤は無駄だと思うが、オフィスに価値がないわけではない。価値を出せるところには価値を出せるように、きちんと掘り下げて取り組みたい」とハイブリッドワークの追求を目指す考えを示した。
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