検索
連載

SASEの選択はどうすべきか? JFEエンジニアリングの考え方と導入効果羽ばたけ!ネットワークエンジニア(82)

企業ネットワークは「作る」から、サービスを「選ぶ」時代になった。JFEエンジニアリングはSASEによるネットワークの刷新を進めている。サービスをどんな考え方で選択し、所期の目的を達成したのだろうか。

Share
Tweet
LINE
Hatena
「羽ばたけ!ネットワークエンジニア」のインデックス

連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 連載第77回「企業ネットワーク40年の歴史とこれからの考え方」で述べた通り、企業ネットワークは回線やネットワーク機器を組み上げて「作る」時代が終わり、サービスを選択し、組み合わせて「使う」時代になっている。サービスをどんな考え方で選択し、どんな使い方をするか、という点で企業は独自性を発揮し、効果的なネットワークを実現できる。

 JFEエンジニアリング(本社 東京、代表取締役社長 福田一美氏、社員数 約1万1000人)は、SASE(Secure Access Service Edge:ネットワークとセキュリティ機能を統合してクラウドで提供するサービス)を導入し、ゼロトラストセキュリティを実現するとともにネットワークを刷新したことを2024年9月に発表した。その詳細について、DX本部 ICTセンター デジタル基盤部部長 佐藤正也氏、担当課長 柄澤直己氏、副課長 齋藤優樹氏、藤原光希氏に伺った。

SASE導入の背景と選択の考え方

 JFEエンジニアリングの従前のネットワークには、大きく3つの課題があった。

  1. データセンターにインターネット接続を一元化しているため、「Microsoft 365」や「Box」などインターネット上のサービスの利用が急増し渋滞が頻発、オンライン会議での音質の劣化やサービスの遅延を招いていた
  2. ネットワークが複雑化し、DX(デジタルトランスフォーメーション)に対応した安全かつ迅速なネットワークの拡張が困難になった
  3. データセンターでの境界防御型のセキュリティ対策を取っているため、セキュリティの保証が困難なローカルブレークアウトができなかった。また、標的型攻撃メールなどによる内部への侵入リスクが高まっていた

 これらの課題を解決するために、SASEでネットワークを刷新することとした。SASEとして知られているサービスは複数あるが、それらの中からどのサービスを選択するか、JFEエンジニアリングは2つの考え方に基づいて検討した。

1. 1つのSASEで十分なセキュリティ機能とネットワーク機能を確保する

 SASEの中にはセキュリティ機能が優れていても、SD-WAN(ソフトウェア定義型WAN)としての機能が不足しているものがある。逆にSD-WANとして優れていてもセキュリティ機能が不十分なものもある。前者の場合はSASEとは別のSD-WANが必要になるし、後者の場合はSD-WANとは別のセキュリティサービスが必要になる。2つのサービスを使うことは、ネットワークを複雑にし、運用性や拡張性が損なわれる。

 そこで、JFEエンジニアリングは1つのSASEでセキュリティ機能もネットワーク機能も充足できることを選択の条件とした。

2. 従来のプライベートIPアドレスに基づくネットワーク資源(AWS:Amazon Web Services、拠点内LANなど)を生かし、移行を容易にする

 データセンターや各拠点にはプライベートIPアドレスを使った既設のLANがある。それらを生かして容易に移行できることを2つ目の条件とした。

 複数のSASEを比較評価した結果、この2つの条件に最も合致するサービスとして「Cato(ケイト)Cloud」を選択した。

Cato Cloudによるネットワーク

 Cate CloudはイスラエルのCato NetworksのSASEで、それを適用したJFEエンジニアリングのネットワーク構成が下図だ。


図 JFEエンジニアリングのネットワーク構成

 Cato Cloudは全世界に設置されたPOP(Point of Presence)で構成されている。POPの数は2024年10月時点で約130だ。2024年4月1日のCate Networksのニュースリリースによると、日本では東京に3つ、大阪に2つのPOPがあり、札幌に6つ目のPOPが設置される予定、となっている。

 POPは単なるインターネット上のアクセスポイントではなく、ルーティングやQoS(Quality of Service:通信帯域などの制御)などのネットワーク機能に加え、図中にある各種のセキュリティ機能を備えている。

 拠点に設置するSocketは、拠点のネットワークをインターネットでPOPに接続するエッジデバイスだ。完全なゼロタッチプロビジョニングにはなっておらず、JFEエンジニアリングではある程度初期設定したSocketを現地に送付している。現地ではSocketにインターネット回線を接続するだけで自動的にPOPに接続される。

 図にある通り、主要な拠点はSocket、インターネット接続回線ともに冗長化されており、トラフィックは自動的にロードバランスして送受される。回線は異経路化して信頼性を向上させるため、NTT系光回線と電力系光回線を使用している。AWSは仮想アプライアンスであるvSocketで接続している。

 拠点のSocketから直接インターネット上のサービスに接続する「ローカルブレークアウト」は行っておらず、POPで「インターネットブレークアウト」している。これにより、セキュリティを保ちながらインターネットに接続するとともに、データセンターへのトラフィック集中を解消している。

 小規模拠点や建設現場の事務所はシングル構成だ。小規模拠点では法人向けのブロードバンド回線を使用しており、現場事務所は現地の環境によってブロードバンド回線、モバイルデータ回線(LTE/5G)などを使い分けている。

 テレワークでは、PCにCatoクライアントを搭載してPOPに接続している。

 JFEエンジニアリングはCato Cloudによるネットワークで先述の3つの課題を解決し、データセンターへのトラフィック集中の解消とユーザーエクスペリエンスの向上、ネットワークのシンプル化と拡張性の向上、ゼロトラストを含むセキュリティの強化を実現した。それだけでなく、ネットワーク速度の向上、新規拠点開設の容易化と時間短縮、管理ポータル(Cato Management Application)によるリアルタイムなトラフィック監視、制御(アプリケーション単位、ユーザー単位)などのメリットを享受している。

 ただし、JFEエンジニアリングが全てについて満足しているわけではなく、かゆい所に手が届かないような点はあるそうだ。Cato Cloudは現在も発展を続けているサービスであり、その過程で改善が期待される。

 現在は国内の自社拠点を収容しているが、今後、国内のグループ会社や海外拠点の収容を計画している。

SASEの選択をどう考えるか

 サービスを選択する上では、明確なポリシーを持っていることが重要だ。JFEエンジニアリングは、「1つのSASEで必要なセキュリティ機能、ネットワーク機能を充足する」「プライベートIPアドレスに基づくネットワーク資源を活用し移行を容易にする」というポリシーで選択した。机上調査だけでなく、PoC(Proof of Concept:概念実証)で詳細な実機検証を行い、サービスの長所、短所を十分知った上で選択している点も大事なポイントだ。

 他方で、別のポリシーでサービスを選択している事例もある。セキュリティ機能、ネットワーク機能のそれぞれについて自社に最適なサービスを選択する、という考え方だ。結果的にSSE(Security Service Edge:SASEからネットワーク機能を除き、セキュリティに特化したサービス)とセキュリティ機能を持たないSD-WANを組み合わせる形態が採用されることになる。2つのサービスを使うので、設計や運用の負荷はシングルベンダーより大きくなるが、高機能が期待できる。

 シングルベンダー指向のポリシーを取るか、マルチベンダー指向のポリシーを取るかは企業が何を重視するかで決まることであり、一方が他方より優れているとはいえない。

 企業は自社にふさわしいポリシーを明確にし、検証を含め、的確な選択ができる実力を持つことが大切だ。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る