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第270回 日の丸半導体再び? 最先端半導体製造会社「Rapidus」への懸念頭脳放談

経済産業省の旗振りで次世代半導体の設計、製造を行う新会社「Rapidus」が設立された。2nmプロセスの次を狙う設計、製造技術の開発を行い、その量産を見据えた拠点になるという。経済安全保障の観点から半導体不足が問題視されていることと関係しているようだ。しかし、Rapidusには幾つかの懸念材料もありそうだ。

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次世代半導体プロジェクトの体制
次世代半導体プロジェクトの体制
図は、経済産業省のプレスリリース「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組について公表します」の関連資料より。

 2022年11月11日、日本半導体としては珍しく新聞の一面に掲載されるニュースが飛び込んできた(経済産業省のプレスリリース「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組について公表します」)。「次世代半導体の製造基盤確立へ競争優位目指す」という「Rapidus(ラピダス)株式会社」の設立である。

 日本勢はとっくに脱落していたはずの最先端の半導体製造技術を確立し、ファウンドリ会社を目指すというのだ。そして冗談ではない証拠として、トヨタ、デンソー、NTT、ソニー、ソフトバンク、キオクシア、NEC、三菱UFJがそれぞれ出資するとともに、国が700億円もの補助金支給を決定している。

Rapidus株式会社の出資会社一覧
Rapidus株式会社の出資会社一覧
Rapidusには、ソニーやソフトバンク、トヨタ自動車などそうそうたるメンバーが出資を行っている。図は、経済産業省のプレスリリース「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組について公表します」の関連資料より。

 その背景には、ここ数年のコロナ危機でみなさんがようやく明確に認識するに至った「半導体不足があらゆる商売に影響する」という「経済安全保障」という視点がある。端的に言えば、「1個100円の半導体が足りないばかりに、1台数百万円の自動車が売れなくなる(作れなくなる)」という事実にようやく危機感を持ったということだろう。

 既にいろいろな人が語っていると思われるが、「先端半導体の製造」を目指すという方針の前に横たわる経済合理性的な観点からの懸念点をまずおさらいしたい。その上で、経済安全保障、いやウクライナ戦争で明らかになった「半導体がなければ、現代兵器は作れない」件も考えれば、「安全保障そのもの」といっていいかもしれない観点も踏まえて、それを乗り越えられるのかどうか、勝手な期待を書き連ねてみたい。もちろん、筆者は日本半導体の復活に大きな期待をかけている。

経営面でのRapidusの懸念

 まずは経営面からの懸念点を述べたい。時代はさかのぼる。バブル崩壊後、日本半導体がズルズルと後退していた局面では、先端プロセスへの投資の決定の遅さと抑えた投資金額が決定的だったと勝手に思っている。

 好不況の激しい半導体市況の中で、ともすれば絶不況期に巨額の投資が必要になる先端半導体製造に、日本の経営者は躊躇(ちゅうちょ)したのだ(というより、例えば重電機器出身の経営者の人がそういう半導体のバクチ性に共感できたとは思えない)。

 ツーレイト、ツーリトルが続いた。先端半導体を追いかけるのに、グズグズと時間を使ってタイミングを逃し、投資額を圧縮していたのでは先端には到達できないのだ。今回の新会社が「早い決断」「巨額の投資」をできることに期待したい。

営業面でのRapidusの懸念

 次は営業面からの懸念点だ。先端のファブが作れたとしても、そこへ製造を委託する会社がなければ商売にならない。

 現状、最先端の半導体工場の巨大なキャパを埋めるほどの数量を注文しているところは限られている。スマートフォン用のSoCを製造している会社、グラフィックスカード用のGPUを製造している会社、PC用のCPUを製造している会社くらいだ。

 サーバやHPC(スーパーコンピュータ)は最先端のイメージがあるかもしれないが、プロセス的には1つ前くらいのプロセスが使われることが多い。

 また、自動車向けの半導体は、いままでの常識だと数世代前くらいの「枯れた」プロセスが好まれる傾向にある。機能的にはアナログ混載(無線、電力、インタフェースを含む)やらフラッシュ混載といったオプション的なプロセスが必要なことが多いからだ。

 最新鋭のプロセスは小さいトランジスタで高速なロジックは作れても、オプション的なプロセスはまだないことが多い。そのうえ、車載は長期の信頼性、安定性、長期供給が必須だ。

 どんどん先に行ってしまう最先端プロセスを追いかけるのが足の短いコンシューマー分野相手のスマートフォンやPCなどばかりなのは、そういう理由による。

 現状、日本には最先端プロセスを追いかけているような大口需要家はいないと思う。海外の最先端プロセスの需要家にアプローチをかけるのか、国内の需要家への最先端プロセスへの需要を喚起するのか。新会社はいまのところ、多分後者みたいだけれども、そう簡単にマッチするとは思えない。ファウンドリ会社に大人数の営業マンは不要だが、ウルトラCのB2B営業、トップセールスに期待したい。

技術面でのRapidusの懸念

 その次が技術面からの懸念点だ。最先端のプロセスをリードしていた会社でも、一時のIntelのようにつまずくことがある。超微細な物理現象を、新たな製造装置と新たな材料を使って制御するのはそれだけ難しいということだ。ブランクありと認めている新会社が、そこを乗り越えるのは簡単なことではないだろう。

世界の最先端半導体の現状
世界の最先端半導体の現状
図は、経済産業省のプレスリリース「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組について公表します」の関連資料より。

 しかし、当初の新会社に集う技術陣はキラ星のプロセスの専門家だろうから、日本半導体の復活に向けてそこを乗り越えることはできるかもしれない。

研究開発拠点(LSTC)の主要メンバー
研究開発拠点(LSTC)の主要メンバー
次世代半導体の量産技術を研究する拠点「LSTC」を設立し、理化学研究所や産業技術研究所、東京大学などから専門家を集めて、2nm以細の半導体にかかわる技術開発を行うという。図は、経済産業省のプレスリリース「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組について公表します」の関連資料より。

 とはいえ、競争力のある商売にするには、「プロセスはOK」というだけでは十分でない。だいたいプロセス担当は一枚一枚のレイヤーの専門家であることが多い。ウエハから始まって、配線層とその上の保護膜に終わる縦積みの何十層ものレイヤーそれぞれにプロがいる。端的にいうと断面見ている人たちなのだな。

 けれどもトランジスタを作って目的とする回路の性能を出す、という観点では「縦積みのレイヤーを上から見て」回路を設計する回路担当も必要なのだ。もっと言えば、最先端プロセスが完成した、といってそこから製品開発を進めていったのでは遅いのだ。

 シリアル開発したのでは、実際に製品を製造できるころにはプロセスが最先端でなくなっている。ファウンダリに製品製造を委託する側に、プロセスを使うためのライブラリとかデザインキットなどを先行して提示してサポートしていかなければ、工場は完成しても流すウエハはテスト用のサンプルばかりということになってしまう。

 そういう利用サポート面は、超高額の製造装置の購入を含むプロセスに比べると、一桁も二桁も必要な資金は少ないはずだ。しかし、やみくもにアウトソースにお金を出しても海外ベンダーにばらまいてばかりで得るものが少ないだろう。新会社には、見識と技術力を持ってコントロールしてもらいたい。

日本のプロジェクトに対する懸念

 怒られるかもしれないが、もう1点、補助金を出してもらう日本のプロジェクトにありがち(?)な現象について勝手なことを書かせてもらいたい。

 プロジェクトには多くの「プロ」が必要だ。まさか新卒や未経験者を採用して役にたつとも思えない。関係各社の研究所などでバリバリで活躍している人たちに出向で来てもらう、というような対応になるのではないかと思う。

 お国の資金が潤沢に出ている間はいい。みなさん自分の専門の研究を潤沢な資金でできるのだからハッピーだ。

 しかし、国の資金が細ったり、あるいは事業化に向けて苦しい胸突き八丁になったりすると、そういうバリバリの人たちは知らない間に元に戻っていくことがある。そして代役登場、いっちゃ悪いがチョイ窓際の人が「片道切符」で出向させられてくるのだ。みんなで頑張るのだけれど勢いがうせる。どことは言わない、そういう例を見ている。新会社の人事のコントロールにも期待したい。

 いろいろと勝手なことを書き連ねてしまったが、そういうアレコレを吹き飛ばしてしまう観点が安全保障だ(あえて「経済」を頭につけない)。安全保障でガッツリお金を出す、剛腕を振る人がいるのであれば、上記の細かい話はみんな吹き飛ぶ。多分、日本では経済安全保障と安全保障では担当省庁が異なるので、そう簡単にはいかないだろうが。

中国とロシアの半導体安全保障はどうなっている?

 ここではロシアと中国が事例になろう。ご存じの通りロシアは今回の戦争で先端兵器を自国で十分に製造できずに苦しんでいる。その一因が半導体にあることは明らかだ。ロシアに半導体の製造技術がないわけではないが、かなり特殊で、ごく一部の品種に限られているはずだ。ウクライナ国境近くのSOS(シリコン・オン・サファイア)工場が爆破されたなどといううわさも聞いた。かなり苦しんでいるのが明らかだ。

 一方、中国はというと、着々と対応を進めているような気がしてならない。中国の場合、最先端プロセスをキャッチアップしようと長年努力を積み重ねてきた。米国がいろいろと障壁を設けて、手がらみ、足がらみで邪魔してきたが、20年前は巨大なギャップのあった最先端プロセスとの差が、いまではあと一息くらいまでにつまってきている。

 プロセスだけではない、その上で製造するチップそのものも長足の進歩をとげている。プロセッサ分野の面に限ってもそれは明らかだ。自国設計のプロセッサでスーパーコンピュータランキング首位をとったのは大分以前だ。

 しかし、中国国内でも今のところ主に使われているのは欧米ソースのx86(x64)とArmだろう。欧米の制裁でロシアなどは、PCの更新もできないみたいだが、中国は違う。国内にx86とArmのソースを抱えているからだ。その経緯は置いておくが、何となれば欧米と手切れになっても自国で最低限のシステムは作れる。

 本気でお金を投入すればx86やArmの対抗を育成することも不可能ではないだろう。また、x86やArmの次ということでRISC-Vにも力を入れている。最近の安価なRISC-Vシステムを見ると中国製品がすごく多い。これらが全て中国政府の意向にそった安全保障観点からの推進ではないかもしれない。しかし、実質的に安全保障は進んでいるように見える。


 最後にもう1つ勝手なことを。Rapidus(ラピダス)という社名、何とかならなかったのか。半導体業界には、元OKI、現Rohmの傘下にラピス(LAPIS)セミコンダクタあり。英語表記じゃRとLなので混じらないけれども、日本語だと「ラ」で始まり「ス」で終わる。日本語で検索するとき混ざりそうだなと思う。ラピスの方はあまり景気のよい話を聞かないし。すみません。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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