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課題だらけの建設業界でDXの波を生み出す、「学びの場作り」の大切さIT人材ゼロから始める中小企業のDXマニュアル(4)

DXをどのように進めたらよいか分からず、焦りを覚えている中小企業のDX担当者や経営者のモヤモヤを吹き飛ばし、DX推進の一歩目を踏み出すことを後押しする本連載。第4回は、人材不足などの課題が多い建設業界の中小企業が始めた、DXのための取り組みを紹介する。

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 前回の記事では、医療現場でのDX(デジタルトランスフォーメーション)の実態とその成功への道筋について紹介しました。医療業界と同様、未曽有のの人員不足が課題となっている業界の代表が建設業界です。

 今回は、建設会社ファンテックの取り組みを通し、建設業界が抱える課題、DXに関する構造の問題、そしてDXに向けた道筋について探ります。

苦境を乗り切るための業務改善の取り組み

 ファンテックは、大阪府箕面市を拠点とし、関西、中国、四国圏を中心に基礎工事全般、主に杭基礎工事の施工と施工管理を提供している建設会社です。販売店を担当する三国産業を含めるとグループで約60人が従事しています。

 2015年、経理、総務に異動した加藤直史さん(現在、同社専務取締役)は、ITによる業務改善に着目していました。

 手始めに、会計ソフト「freee」の導入に踏み切りました。これまで紙で行っていた経理業務を、試行錯誤を重ねながら、数年かけてクラウド移行することに成功しました。

 手応えを感じていた2021年、ファンテックは大きな苦境に立たされます。社員の大量離職という事件が起きてしまいました。それを受けて給与制度の抜本改革を推進するなど、加藤さん自身も膨大な業務量に見舞われる中、新型コロナウイルスに感染し、1週間の隔離生活を送ることになりました。

 くしくも時間に余裕が生まれた加藤さんは、プログラミング言語「Google Apps Script」(GAS)に目を留めます。ファンテックでは「Google Workspace」を導入しており、スプレッドシートをはじめGoogleアプリケーションを用いた業務の自動化を実現できると考えました。また、会計ソフトfreeeと連携することも好感触でした。

 ある日、コミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」(ノンプロ研)で、GASでfreeeを操作することを目的とした「freee API講座」が開講されることを知り、すぐさま入会をしたのが、2021年9月のことでした。

 もともと深夜までの残業が当たり前だった加藤さん。しかし、不要な仕事を洗い出して学習時間を捻出し、プログラミングに没頭するようになりました。

 以降、ノンプロ研で初心者GAS+freee API講座の講師を担当するなど、破竹の勢いで学びを高め、活躍するようになりました。加藤さんのモチベーションは、人材不足に対する大きな危機感と、コミュニティーを通じて触れたプログラミングの楽しさでした。

建設業界の課題とその背景

 建設業界の人材不足への対応は、他業界以上に喫緊の課題となっています。

建設業界の雇用者数と採用状況

 厚生労働省の「一般職業紹介状況|有効求人倍率」の調査によると、全職業の有効求人倍率は2017年度から2021年度まで1.06〜1.42で推移しているのに対して、建築・土木・測量技術者は同期間で5.61〜6.69と、採用難易度が高い状況が続いていることが分かります。

 建設業界では、雇用者の高齢化が進んでおり、定年などによる離職者数が増える一方で、新卒・中途採用で若い世代を確保しきれてないことがこの背景にあります。

 若年層から就職先として敬遠されていた理由は、建設業界ならではの働き方の事情がネックになっていました。

週休2日に移行できない理由

 国交省「建設業における働き方改革について」によると、働き方改革以前の2016年度の労働時間のようすを確認することができます。

 建設業は全体よりも年間総実労働時間が336時間以上、年間出勤日数が29日も多いことが分かります。

 他業界で働いていると驚くべき話ですが、いまだに建設業界全体では4週4休、つまり週休1日での労働も多く見受けられるのです。なぜ、他業界と同じく週休2日に移行できないのでしょうか。これには2つ理由があるといわれています。

 1つは日給制です。建設業界では6割以上が日給制といわれており、休日を増やすことによるしわ寄せが、労働者の給与に跳ね返ってしまうという点があります。

 もう1つは、工期の長期化です。収益性を考えると短期でプロジェクトを完了する方が有利です。しかし、休日を増やすことは、工期が伸びることにつながりますから、収益面でマイナスに働いてしまうのです。

業界的に「密結合」、自社のアジリティを発揮しづらい構造

 さらに、これら改革が進まないのは建設業界のピラミッド型下請け構造も影響しています。プロジェクトを受注し、推進するのは、ゼネコンとよばれる業者です。元請けとも呼ばれます。

 実際の施工業務は、多数の工程の組み合わせになります。それらは専門技術を持っている下請け業者が請け負いますが、その多くは中小企業です。ゼネコンはこれら下請けの工事業者と取りまとめて工事全体を指揮します。

 つまり、多くのさまざまな企業が、密に協力しながら1つのプロジェクトを支えているのです。

 これまでの連載で、中小企業であれば、むしろアジャイルにビジネスの在り方を変えて、DXを進めやすいと伝えてきたわけですが、多くの企業が協力して絡み合っている建設業界ではそうはいかないという事情があります。

 自社だけが、働き方改革やDXを断行すると決めた場合、ゼネコンをはじめ協力企業と摩擦が発生する可能性が出てきます。そのための調整コストが発生し、場合によっては取引や収益にマイナスの影響が出てきてしまうこともありえます。

 つまり、プロジェクトに関わっている企業群が密結合になっているので、自社のアジリティを発揮しづらいという課題があるのです。

課題解決に向かうための2つの光明

 この建設業界の課題は深刻ではありますが、2つの光明が見えてきました。

 1つは建設業への時間外労働時間の上限規制の適用が開始されること、もう1つは業界DXのうねりを生み出す取り組みです。

時間外労働時間の上限規制の適用

 2019年4月働き方改革関連法に関連して、2019年4月から全産業を対象に「時間外労働時間の上限規制」が段階的に適用されてきました。多くの産業では適用済みですから、すでに当たり前に運用されていて、長時間労働の対策効果として実感されている方も多いことでしょう。

 しかし、建設業界は、これに対応するための環境改善に時間がかかると想定されることから、この時間外労働時間の上限規制の適用に5年間の猶予が与えられていたのです。その猶予期間の終了が2024年4月に施行されることになっています。

 これ以外に、国交省も業界団体も、建設業界の労働環境の改善に向けてさまざまな施策を打ち出しています。乗り越えるべき課題は多いながらも、建設業界全体としては改善に向かうでしょう。

業界全体でDXのうねりを生み出す

 再度、ファンテックの加藤さんの活躍に話を戻しましょう。

 コミュニティー「ノンプロ研」に入会した加藤さんは、プログラミングをはじめIT技術の可能性とともに、「楽しく学ぶ場づくり」に大きなヒントを得ることになります。

 別のインタビューではこのように語っています。

 「もともとはプログラミングを学ぼうと思って入ったノンプロ研でしたが、それに加えてコミュニティーとしてのすごさも学びたい、そして退職者の波に歯止めをかけたい! という意識に変わっていきました」

 「そのための策として、社員にもノンプロ研に参加してもらおう! と思い付きました。学びの楽しさを会社に持ち帰れば、組織が変わるかもしれないと」

出典:「初めはすべてが異世界だった」ファンテック常務取締役・加藤 直史さんを変えた、社外コミュニティの力

 「ノンプロ研を活用した越境学習支援プロジェクト」にも参画し、6人のメンバーがコミュニティーに参加。社内でのコミュニケーションの増加、学び合い助け合う文化の育成を体感しています。

 先述の通り、建設プロジェクトでは複数の企業が強い関わりを持って進められています。加藤さんは、その点を逆手に取った、奇策を打ち出しました。ノンプロ研の「楽しく学ぶ場づくり」をお手本として、2022年7月同業界の複数の企業に声を掛け、業界内でDXを推進するコミュニティー「関西建設業界勉強会」(KKB)を立ち上げたのです。

 グループ会社の三国産業、大阪に本社を置く三和建設の3社でGoogleスプレッドシートの基礎と関数を学ぶ講座を開講。加えて、講座の受講者だけでなく各社の希望者がKKB専用のSlackに参加し、質疑応答や情報共有など、コミュニケーションをとっています。

 コミュニティーが建設業界に閉じているからこそ、課題を共有でき、お互いの取り組みの良いところを吸収できるというメリットがあります。一方で、異なる会社からの参加で、かつ各社にオープンに開かれているため、適度な緊張感を維持しながら取り組める環境を作ることができました。

 参加者のスプレッドシートをはじめとしたデジタルスキルが向上することはもちろんですが、加えて筆者が注目するのは内面的なスキルの獲得です。KKBに参加することで、参加者には漏れなく課題発見能力が芽生えるという点です。

 これまで当たり前にしていた仕事の中で、もっと改善できる、もっと価値を高められる、そのようなポイントを発見して、取り組むようになったのです。たとえ、それが小さな課題だとしても、そのような視点を持って仕事に取り組めるようになることがDXの一歩となるはずです。

建設業界でDXの波を生み出す

 建設業界のように、プロジェクトが密結合であるといった構造的な課題を抱えている場合、個社のアジリティが発揮しづらく、改革が進めづらいという問題があります。しかし、そのような状況であったとしても、打てる施策は必ず存在し、実行に移すことができます。

 1人では見える範囲も狭く、影響を及ぼせる範囲は限定的です。しかし、社内そして社外へと仲間を増やしていくことにより、一人一人の改善は小さいものだとしても、集まることで大きなうねりとなることを期待できます。

 その際に、「楽しく学ぶ場づくり」をするノウハウは大きな助けになるでしょう。ぜひ、そのようなノウハウを見つけるべく、社外へ飛び出し、コミュニティーに参加してみてください。

 次回もお楽しみに。

著者プロフィール

高橋宣成

プランノーツ代表取締役/ノンプログラマー協会代表理事

「ITで日本の『働く』の価値を高め上げる」をテーマに、研修、執筆、コミュニティー運営を行い、ITやVBA、GAS、Pythonの活用を支援する。コミュニティー「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」主宰。「IT×働き方」をテーマに運営するブログ「いつも隣にITのお仕事」は月間138万PV達成。Voicy「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」パーソナリティー。

書籍紹介

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