たった1日連絡しなかっただけで契約解除ってどういうことですか!?:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(107)(3/3 ページ)
システム開発プロジェクトの途中で認識の齟齬が発生したベンダーとユーザー企業。至急の打ち合わせを求めるユーザー企業にダンマリを決め込んだベンダーは、その後、大変なことになる。
東京地方裁判所 令和2年2月26日判決より(つづき)
本件システムの製作進行に関する認識の差異が表面化して議論となり、今後、実運用に足りるシステムが完成できるのかを不安に思ったユーザー企業がベンダーに対し、本件業務に含まれるものの内容を教えてほしいと質問したところ、ベンダーは突如として連絡を絶ったことが認められる。
ベンダーは、ユーザー企業から本件業務を請け負った請負人の立場にあったのであるから、上記の質問(ユーザー企業からの業務内容に関する質問)を受けたのであれば、それに誠実に回答すべき本件請負契約上の義務があったというべきところ、上記の質問を受けるまでユーザー企業との間で頻繁なやりとりをしていたにもかかわらず、上記の質問を受けるや、1日間以上にわたって被告に何らの応答もしなかったのであって、これによれば、ユーザー企業において今後のシステム製作に強い危機感を抱いたのはもっともなことであり、ベンダーに依頼していたシステム開発を停止するとの判断に至ったことについてはやむを得ない判断であったというべきである。
裁判所は、ユーザー企業からの契約解除には理由があり、ベンダーの損害賠償は全て棄却する旨の判決を出した。
質問に誠実に答えるのも専門家の義務
「たった1日連絡を絶っただけで、契約を切られるのか? それではオチオチ風邪もひけないではないか」と思われた方もいらっしゃるかもしれない。無論ここには、それまでのいきさつも含めた裁判所の総合的な判断があったと思われる。
ユーザー企業とベンダーの間には理解の齟齬があり、システム検収時期を迎えていることもあって両者は早急に打ち合わせを行う必要があったし、質問に答える必要もあった。それにもかかわらず、ベンダーの態度はユーザー企業の契約の目的を果たそうというものではなく、どちらかといえば逃げ腰に見受けられた。裁判所はそんなところも見て判断したのであろう。
本連載で何度となく申し上げてきたように、システム開発請負契約において仕事を完成させることとは、「発注者であるユーザー企業の契約の目的に資する、業務に使えるシステムを納品すること」である。
無論、ユーザー企業のシステム化要件が誤っていたり、不十分であったりしたためにシステムが完成しなかったということもあろう。しかしそうした場合でも、ベンダーはその要件の誤りや過不足を指摘したり、代替案を提案したり、期間延長や追加費用を要望したりすることが求められる。それがITベンダーの専門家責任というものであろう。
もしもユーザー企業に対する信頼が完全になくなってしまって、もうこれ以上仕事は続けられないと考えるのであれば、「契約の条件とは異なるので、これ以上の仕事は続けられません」と正式に申し入れれば、そこまでにかかった費用の回収も可能だったかもしれない。
断りの連絡だけでも入れておけば……
ところが、本件のベンダーは、契約の目的に資するシステムを作ることのないまま、正当な理由もなく連絡を絶ってしまった。これはいかにもまずい。
「もっとお金と時間をください」と言っていれば、それだけでも専門家としての責任、プロジェクト管理義務を果たしたことになったかもしれないし、「これ以上は仕事ができません」と言っていれば、契約上の費用は取れなくても損害賠償として費用請求は可能だったかもしれない。何も言わずに連絡を絶ったのでは、そこまでの仕事も、作ったモノもなんら評価されることなく「逃げた」と評価され、費用も全く回収できない。誠に残念な結果である。
結局は相互の信頼関係の問題である。たとえ要件が不備でも、プログラムに不具合が多発しても、とにかく相互の連絡と相談を欠かさず、最低限の信頼関係を保っておけば、プロジェクトが失敗しても、いくばくかのお金は取れるだろうし、うまくすれば追加費用をもらってシステムを完成させられたかもしれない。
その信頼をつなぐのは、連絡と相談、情報共有だ。質問があれば答える、文句があれば言う、反論があればきちんと反論する。そうしたことを行ってさえいればよかったところで連絡を絶ってしまうと、失敗の原因を一方的に押し付けられてしまう。本裁判はそうした結果だったように思う。
どんなにつらい状況でも、相手とケンカをしていようとも、会話の窓口だけは閉じてはいけない。文句でもケンカでも愚痴でも、とにかく窓口を開けておくことが大切なようだ。
細川義洋
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
個人サイト:CNI IT Advisory LLC
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