5つのステップでうまくいく! 関係者の価値を最大化する方法(後編):DX運用のためのITIL 4(4)
DX時代の運用管理者を対象に、ITIL 4の生かし方を解説する本連載。第4回は、前回に引き続きITIL 4の資格体系の一つ、カスタマージャーニーに関する7つのポイントを取り上げ、それがどのように顧客や関係者の体験を向上させるかについて解説した資格体系の一つ「DSV(Drive Stakeholder Value:利害関係者との価値の創造)」を取り上げる。
前回は拡張されつつある資格体系ITIL 4のうち「DSV(Drive Stakeholder Value:利害関係者との価値の創造)」の「サービス関係モデル」と「カスタマージャーニーマップ」の概念について紹介しました。今回はその7つのポイント(ステップ)を具体的に解説します。
※ITILはAXELOS Limitedの登録商標
ステップ1:探求(Engage)
「サービス消費者とそのニーズ」「サービスプロバイダーとその提案」の理解、市場の理解、市場の絞り込みに取り組みます。この段階は、利用者のニーズや要望、問題点を理解し、深く洞察するプロセスです。サービス提供者は顧客の現状を探ることで、どのようなサービスが必要かを特定します。組織の目的を達成するためには、内外の要因やリスクを適切に理解し、それに基づいた意思決定を行うことが不可欠です。
内外要因の理解とリスクの可視化
外的要因を理解するためのツールとしてPESTLE分析が挙げられます。これは政治(Political)、経済(Economic)、社会(Sociocultural)、技術(Technological)、法律(Legal)、環境(Environmental)の6要素を分析する手法で、組織の外部環境を総合的に評価します。
一方、内的要因についてはサービスマネジメントの4つの側面(組織、情報技術、人、パートナーサプライヤー)やSWOT分析(強み、弱み、機会、脅威)を通じて洞察を得ることができます。これにより、組織の内部リソースや課題を把握し、対応策を立案します。
リスクアセスメントとリスクプロファイリング
リスクアセスメントは、特定されたリスクの重要度や影響を評価する過程です。リスクプロファイリングを行い、残存リスクの緩和や受容戦略を策定します。ここで、組織の強みはさらに強化し、弱みは適切に管理または強みへの転換を図ります。また、新しい機会を積極的に特定し、潜在的な脅威には十分な注意を払いながら管理します。
ゴールデンサークル
組織の深層的な目的や動機を明らかにするために用いるのがゴールデンサークルです。「何をしているのか」「それをどのように実行しているのか」、そして最も重要な「なぜそれをしているのか」の3つの疑問を通じて、組織の核心を理解するのに役立ちます。
サービスプロバイダーの活用
組織のサービス提供能力を強化するために、適切なサービスプロバイダーの選定が重要です。エンゲージステップ完了時に、最も適した1社または複数のサービスプロバイダーを選定します。この選定には、業界の標準やレファレンスアーキテクチャの準拠度合い、さらにはサービスの必要性も考慮されます。
持続可能性とトリプルボトムライン
持続可能性は、経済的成長だけでなく、社会的発展や環境的責任も包括する考え方です。トリプルボトムラインは、これら3つの要素(経済、社会、環境)をバランス良く成長させることを指します。
既存顧客の重要性
新規の顧客獲得はもちろんのこと、既存の顧客の価値は非常に高いです。新規客の獲得はコストがかかりますが、既存の顧客は再購入の可能性が高く、ブランドのアンバサダーとして新規の顧客を勧誘してくれる可能性もあります。
ステップ2:エンゲージ(Engage)
コミュニケーションおよび協働する、サービス関係のタイプを理解する、サービス関係を構築する、サプライヤーおよびパートナーを管理することに取り組みます。顧客や利用者との関係を築くステップです。対話やコミュニケーションを通じて、信頼関係を構築し、双方の期待や役割を明確にします。
3つの傾聴モード
傾聴にはさまざまな方法がありますが、特に重要なのが以下の3つのモードです。
1.内的傾聴
主に指示を受ける際やレビューを行うときに有効。自身の中で情報を吸収し、明確に理解することを目指します。
2.集中的傾聴
要件の議論や意思決定の際に重要。スピーカーの言葉や意図に集中し、深く理解することを目的とします。
3.全方位的傾聴
営業や問題解決、サービス設計、チーム作業のまとめなど、多岐にわたる場面での使用が推奨されます。話される内容だけでなく、背景や文脈も広く捉えることを意味します。
エンゲージの種類
組織間の関係性は、以下の3つの段階に分けられます。
1.基本的な関係
短期的、リアクティブな関係。情報共有は最小限で、コミュニケーションは単一チャネル。解消しやすい関係です。
2.協力的な関係
信頼をベースとした関係。顧客のニーズや要求を深く理解し、価値の向上を共に追求します。
3.パートナーシップ
最も深い関係性。双方が共通の目標や価値を共有し、密接な信頼関係を築き上げます。
サービス関係の深化
サービス消費者とサービスプロバイダーとの関係を強化することで、最適な価値を実現することが可能となります。サービスプロバイダーは、サプライヤーとの関係においてはサービス消費者の立場になり、サービスの品質や満足度向上を求めることになります。
組織の意思決定やサービスの品質は、適切な傾聴や関係性の構築によって大きく影響されます。内外要因の理解やリスクの可視化と並行して、これらのスキルや考え方を取り入れることで、より質の高いサービス提供や意思決定が可能となります。
ステップ3:提案(Propose)
需要と機会の管理、顧客要件の特定と管理、サービス提供物とユーザー体験(UX)の設計、サービス提供物の販売および取得に取り組みます。サービス提供者が顧客のニーズや要望に基づいて、具体的なサービスや解決策を提案する段階です。
サービスのキャパシティー管理
サービスプロバイダーは、事業活動パターン(PBA)を利用して、サービス消費者の活動をパターン別(繁忙期、閑散期、季節イベントなど)に分類、理解します。このPBAは以下の方法でキャパシティーを管理します。
1.ビジネスキャパシティー管理
顧客からのキャパシティーに関する需要計画を立案します。
2.製品およびサービスのキャパシティー管理
エンドツーエンドのキャパシティーを具体的に管理します。
3.コンポーネントキャパシティー管理
各製品、サービスのコンポーネントに関するキャパシティーをモニタリングや調整します。
さらに、価格格差を利用することで需要をコントロールするイールドマネジメントや、課金ルールを利用者の望む行動へ誘導することが求められます。
要求仕様の透明性
従来の方法では、プロセスの早い段階で要件を確定させていましたが、現代のアプローチでは、透明性を重視し、関係者全員が参加することで要求仕様を決定します。具体的には、サービス提供の三角形(顧客、ユーザー、サービスプロバイダー)を通じて、期待と要件を調整することが求められます。さらに、MVP(Minimum Viable Product)を利用してフィードバックを収集し、ユーザーストーリーを6つの理想的な形式(独立、交流、価値、推定、小規模、テスト可能)に基づいて構築します。
顧客、ユーザーとの共同作業
リーン思考やアジャイル開発の手法を用いて、顧客やユーザーとの協力の下、無駄を省いた業務フローを整理します。これにより、開発プロセスの効率や品質が向上します。
販売方針の策定
サービス提供物を設計した後は、適切な販売方針を策定することが重要です。内部販売においては、サービス利用率の向上、コミュニケーションの改善、サービスカタログやサービスデスクを活用した利用拡大がキーとなります。外部販売においては、マーケティングが不可欠です。特に規制の厳しい業界や、調達チームを持つサービス消費者、RFI(Request For Information)やRFP(Request For Proposal)の要求がある場合など、独特のアプローチが求められます。
ステップ4:合意(Agree)
価値共創の合意と計画立案、サービスの交渉と合意に取り組みます。提案されたサービスや解決策について、顧客や利用者と合意を得る段階であり、契約やサービスの条件、価格などの詳細が確定します。
サービスバリューの推進要因
サービス価値は、サービスプロバイダーとサービス消費者との間のやりとりで生まれます。具体的には、「商品移管」「リソースへのアクセス」「サービス活動」の3つの要素から成り立っています。これらは、サービスが顧客にどのような利益や体験をもたらすかを示しています。
サービスのやりとりの手法
サービス提供には、価値創造の流れや顧客との間での取り決めが必要です。バリューストリームをマッピングして、サービスの流れや顧客の要件を明確にし、サービスレベルの測定基準に合意することで、価値創出の枠組みを確立します。
サービスの特性
サービスには固有の特性と、提供過程で付与される特性の2つが存在します。
1.サービス固有特性
これは製品のリソースに基づき、機能性や性能、アーキテクチャ、インタフェース、コストなどを指します。
2.サービス付与特性
これはサービスのデザインや提供方法に基づくもので、価格やリスク、サービスの透明性、モニタリング、報告、柔軟性、社会的責任などが含まれます。
合意の形態
サービス提供における関係性は、義務、合意、約束などさまざまな合意の形態に基づいています。
サービスの価値共創は、サービスの特性や提供の方法、そして関係者間の合意や期待に基づいています。これらの要素を適切に組み合わせることで、真の価値を持つサービスを実現することができます。
ステップ5:オンボーディング(Onboard)
オンボーディングの計画立案、ユーザーとの関係性構築、エンゲージメントと提供チャネルを整備、サービスの利用権限を付与、顧客とユーザーをオフボーディングに取り組みます。顧客や利用者をサービスに導入する段階であり、サービスの利用方法や利益を最大化するためのガイダンスを提供します。
サービス消費者とサービスプロバイダーの関与の強化
サービス消費者がサービスを開始する際の「オンボーディング」が中心的な役割を果たします。これはサービス利用開始のための一連の手続きや準備活動を指し、サービス提供者が完璧なサービスを提供するための前提となります。目標設定や測定基準の定義、リソースの特定、計画のレビューと受け入れなどが含まれます。この過程での主要な目標として、新サービスへのスムーズな移行やサプライヤーの切り替え、ユーザー数の増加対応などが挙げられます。
ユーザージャーニーの実現とオフボーディング
ユーザーエンゲージメントを最大化し、優れたユーザー体験を提供するためには、ユーザージャーニー全体の最適化が不可欠です。これはユーザーがサービスを使用する各段階での体験を意味します。このためには、全てのチャネルでユーザーを特定し、体系的にユーザーデータを収集、分析し、それを活用して最適なサービスを提供することが必要です。
サービスの能力向上には、ユーザープロファイルに基づくトレーニングの提供やユーザーニーズに対応した研修の提供などが有効です。
オフボーディングはサービスの終了段階を指し、契約終了やユーザーの離任などの理由で行われます。顧客のオフボーディングは契約終了に伴いサービスプロバイダーが実施し、ユーザーのオフボーディングは合意済みのプロセスに基づいて実施されます。
サービス消費者とサービスプロバイダーの関係強化は、サービスの始まりから終わりまでの一連のプロセスを通じて行われ、その中でオンボーディングやユーザーの最適化が特に重要な役割を果たします。
ステップ6:共創(Co-create)
サービスマインドセットの促進、継続的なサービスのやりとり、ユーザーコミュニケーションの育成に取り組みます。顧客や利用者と共同で価値を創出するプロセスです。双方の知識や経験を活用して、サービスの改善や新しい価値を生み出す活動を行います。これを達成するためのキーは「共感」と「マインドセット」、さらには実践的なサービスの「やりとり」や「ユーザーコミュニティー」の育成にあります。
サービスの共感
これは、サービス関係の確立、維持、改善を目的とした能力のことを指します。具体的には、当事者の関心、ニーズ、経験を深く理解し、その上で予測することを意味します。この共感を持つことで、ユーザーとの信頼関係を築き上げることが可能となります。
サービスマインドセット
これは組織全体の文化や考え方を示すものです。サービス提供時の行動を規定する共有価値や従うべき原則を持つことで、組織全体としてユーザーの期待を超えるサービスを提供することが期待されます。
サービスのやりとり
サービス要求が明確にルールと条件で合意され、関係者全員に周知されるプロセスを意味します。ここでの鍵は、サービスデスクの活用です。サービスデスクは、ユーザー要求を効率的に処理するために各プラクティスを組み合わせたものです。特に苦情やインシデントが発生した場合、迅速な対応と価値の共創が重要となります。この際、影響を受けるユーザーに対して透明性のある誠実なコミュニケーション(真実の瞬間)を持ち、理解と共感を示すことが必要です。そして、UXを向上させるために、一時的にルールを緩和することも考慮されるべきです。
ユーザーコミュニティーの育成
サービスプロバイダーのサポート負荷を軽減するための重要な手段です。ユーザー同士が情報や経験を共有する場として、ナレッジベースやエキスパートチームと連携することで、サポートの効率化が期待されます。また、ユーザーグループ自体が運営するコミュニティーには、サービスプロバイダーのサポートが必要な場合もあります。その際、コミュニティーの管理者をスーパーユーザーとして任命することで、スムーズな運営が期待されます。
サービス消費者とプロバイダーの関与を計画的に強化することで、ユーザーとのつながりを深化させ、サービスの質を向上させることができます。
ステップ7:実現(Realize)
サービス価値の実現、追跡、アセスメント&報告、評価、カスタマージャーニーの改善、サービスプロバイダーの価値実現に取り組みます。サービス提供者と顧客が共同で目指した価値や成果を実現する段階です。このステップで得られた結果やフィードバックは、再び探求の段階へとフィードバックされ、サービスの継続的な改善や進化を促します。
サービス関係のタイプ別価値実現のアプローチ
1.基本的な関係
ここでは相手側の成果に対する関心が低いです。顧客がコストに無関心な場合、サービスの追跡や判定は不要ですが、コストを気にしている場合、VOCR(Value、Outcome、Cost、Risk)分析が必要となります。サービスのアウトプットに関しては定期的に報告されるべきです。
2.協力的な関係
このレベルでは、消費者はサービスプロバイダーから提示された証拠に大きく依存します。そのため、双方で合意、約束に基づくVOCR分析が行われるべきです。また、サービスレベル達成状況のレビュー、KPIレポート、顧客分析などが必要になります。
3.パートナーシップ
この関係では、消費者とサービスプロバイダーがパートナーとして、幾つかのVOCR分析を共同で行います。さらに、サービスレベルの達成状況、KPIレポートや顧客分析も実施されます。
アセスメントと報告
サービスプロバイダーは、顧客のニーズや期待を十分に理解するために、サービスパフォーマンスの測定基準を消費者の指標や目標に合わせて調整すべきです。一方、顧客は、提供されたサービスが自らの戦略的目標にどれほど貢献しているかを、定性的、定量的に分析する必要があります。
コストの追跡には、ハードウェアのコスト(HW)、ソフトウェアライセンスコスト(SW)、契約の支払い(SI)、スタッフコスト(WF)などが含まれます。
課金の方法としては、原価のみの回収、バッファー余力を含んだ利幅付きの回収、コスト負担の平準化のための相互補助、再投資に必要な利益を計上する収益などが考えられます。適切な課金、請求を行い、利害関係者に投資の現状を報告することが重要です。
DSVは、顧客や利害関係者との関係を構築し、価値を最大化する方法に焦点を当てています。サービスのライフサイクル全体にわたる顧客とのエンゲージメント、顧客要求の理解、適切なサービス提供、顧客満足度の向上について扱っています。ぜひ活用してみてください。
次回は、HVIT(High Velocity IT、ハイベロシティーIT)の資格について解説します。
著者プロフィール
中 寛之
アクセンチュア株式会社 テクノロジーコンサルティング本部 インテリジェントクラウド イネーブラー グループ アソシエイト・ディレクター
ITサービスマネジメントの専門家として15年以上のコンサルティング経験を持ち、SREを扱う組織のco−Leadを担う。多くの業界で経験を有し、特に金融業界での運用コンサルティング案件、クラウド戦略案件を数多く手掛け、ITサービスマネジメントの高度化、ロードマップ策定、運用組織変革、SaaSツール導入などに強みがある。
ITIL 4に関して、豊富なコンサルティング経験に加え、講演、寄稿を通じてマーケットへ情報を発信するなど造詣が深い。ピープルサート社からの依頼に基づく、ITIL 4/DevOps/DevSecOps/SRE等のフレームワークのアドバイスとレビューも担当している。2022年に『ITIL 4の基本 図解と実践』(日経BP社)を刊行した。
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